その表情は、少し残酷すぎる
3月某日。この日はゆかりの通う学校で終業式があった。
ゆかりも春休みが終わったら晴れて2年生の仲間入りだととても嬉しそうにしている。
この喜びを幼馴染に伝えたくていつもの場所で不動を待つ。
しかし、いくら待っても不動の姿はみえない。
学校が違うので不動はまだ終業式を迎えていないがこの時期じゃ帰りは早いはずだ。
ゆかりは携帯を見ながら周りを気にしていたが来る気配が無い。
仕方ない、と携帯を閉じくるりと振り返ったその時────
「わっ!?」
ドンッと誰かとぶつかった。
ゆかりは衝撃に耐えなんとか転ぶ事は回避でき相手の顔を見る。
「あ、明王…」
「おい、注意力が足りねえんじゃねえの?おねーちゃん」
ぶつかった相手は不動だった。いつもの様に皮肉を吐くがゆかりにとっては慣れっこだ。
「気配がなかったよ!?え、明王忍者!?」
「馬鹿かてめぇは」
はぁ、とわざとらしく溜息を吐くと不動は「ん」と下を指差す。
その行動にゆかりは首を傾げながらも下を見る。
「何かあるの?」
「違ぇ。ちょっと屈めって言ってんだよ」
ああ、とゆかりは納得するが初めからそう言えばいいじゃないかとも思った。
しかし、これもいつもの事だと言われたとおりに屈む。
「え、ちょ…」
「ちょっとそのままでいろ」
不動はゆかりの頭に手を伸ばすと勢いよくわっしわしと撫で回し始めた。
「な、なにすんのーっ!」
ばっと姿勢を正せば不動のニヤニヤした顔。
まさか年下に頭を、しかも乱暴に撫でられる日が来るとは思わなかった。
ゆかりは乱れた髪の毛を直しながら怒る。
それでも不動はニヤニヤするばかり。しかし────
「これが、最後かもしれねぇから…」
ぽつり、と呟く不動にゆかりは目を見開く。
また、あの不安感。
初詣に行ったときに感じた、彼がどこかに行ってしまう様な嫌な予感。
「あき……」
「なーんてな。ただからかってみただけだ」
ゆかりに背を向け頭の後ろで手を組む不動。
でもゆかりには冗談に聴こえなかった。
ふと、不動の首から覗いた紐が目に付いた。
「明王、ペンダントか何かしてるの?」
話題を変えたかった。この重苦しい雰囲気から早く、いつものように。
しかし不動の動きが止まった。
静かに不動がゆかりへと向きなおす。
その瞳は、笑っていなかった。
「聞きたいか」
「え…」
「もう、戻って来れなくなるぞ」
睨むようにゆかりの瞳を見据える不動。
その気迫に思わずゆかりは一歩後ずさってしまう。
その時、一瞬不動の胸元が紫色に光った様な気がした。
光はまるで欲望の色。ゆかりにはとても嫌な感じだと思う。
「それ、何……?」
「今の俺に必要なモンだ」
それだけ答えると不動の顔が歪んだ。
笑っているような泣き出しそうな、複雑な顔に。
そんな弟分の顔を見るのは初めてで声が出なかった。
震える唇でやっと紡ぎだした言葉は
「…明王、帰ろう?」
その言葉に不動の顔はいつもの顔に戻った。
ゆかりは不動の手を掴むと足早に歩き出す。
彼女は泣きそうだった。あんな顔、見たくなかった。
そして今の自分の顔も見せたくないとゆかりは振り返らない。
いつもなら話がはずむ帰り道。
でもこの日は家に着くまで二人して一言も喋らなかった。