答えのない帰り道


「ううー…炬燵から出たくないよー」

「てめぇが初詣行きたいって言ったんだろうが」


炬燵に頬を寄せるゆかりにあからさまな溜息をつく不動。
今日は今年最後の日。
二人は一緒にゆかりの母お手製の年越し蕎麦を食べ、炬燵でのんびりとしていた。
そしてゆかりは唐突に思いつく。

「初詣に行こう!」


そして今に至る。
一回は炬燵から立ち上がったゆかりであったがひやり、とした冷気に再び温い場所へと戻ってしまった。
不動は時計を見るともう11時30分をまわっていた。

「おら、行くのか行かねえのかどっちだよ」

ぺしぺし、とゆかりの頭を叩くが反応は薄かった。
ゆるゆるゆかりは顔を上げると不動の顔を見つめだす。

「……明王が手、繋いでくれるんなら行く」

「よし、じゃあ行かねえって事で」

「わー!嘘うそ!!行きます!!!」

しゃき、とゆかりは立ち上がり近くにかけてあったダウンを羽織る。
それを見て不動も身支度を始めた。


「……明王ー、寒いよー………」
「当たり前だろ冬なんだから」

「やっぱり手、繋がない?」

明王も寒いでしょー、と手を差し伸べるがそれを無視し不動はすたすたと前を歩いていってしまった。
慌ててゆかりが追いかける。そして無理やりその手を掴んだ。

「てめぇ!離せよ!!」

「いいじゃーん。減るもんじゃないし」

「そういう問題じゃ……んぐっ!?」

何かを言いかける不動の口にゆかりは何か放り込んだ。
口の中で溶ける触感に不動は眉間に皺を寄せる。

「……おい、俺が甘いモン嫌いな事知ってんだろ」

「いやー、あんまりカリカリしてるからさ。糖分補給!」

にこっ、と笑いゆかりはもう一つのそれ────冬限定のチョコレートを自分の口へと運ぶ。
冬にしか味わえないこの口溶けと甘さが堪らない、とゆかりは笑顔だ。


比較的近くにある神社に着くとそこはもう人で溢れかえっていた。
思わず二人は唖然とする。

「こ、こんなに人いるとは思わなかったよ…」

「かったりー……」

しょうがないので参列者に混じり並ぶが、お参りするまでかなり時間がかかりそうだ。
ゆかりは携帯を開くと思わずお、と声を漏らす。

「明王、もうすぐ年が明けるよ!」

「あー、はいはい」

一人カウントダウンを始めるゆかりに他人のふりをしたかったがこの場所では無理だ。

「3、2、1…明王明けましておめでとー!」

「おめっとおめっと」

ばんざーい!とはしゃぐゆかり。不動は冷たい視線とやる気の無い拍手を鳴らす。
そうこうしているうちに順番が近づいてきた。

「ちゃんと5円玉用意してきた?」

「ふん、そこんとこは抜かりねぇぜ」

二人で5円玉を見せ合うと小さく笑った。
そして二人の番。お賽銭を入れ、願う。

(今年も明王と楽しく過ごせますように)

ゆかりの願いはもちろんこれだ。
楽しく過ごせればそれでいい。そう、それ以上はいらないのだ。
隣にいる幼馴染は一体何を願ったのか。それを聞くのは野暮だが
出来れば自分と同じだといいな、と思ってしまう自分もいた。

「明王も願い事終わった?」

「おう。おみくじでも引くか」

列から外れ、おみくじのある場所へと向かう。
そして渡された筒を振り、出た棒を巫女さんへと渡しおみくじを受け取る。

「私小吉だってー。微妙だなあ……」

「……」

「明王?」

不動がおみくじを見つめたまま動かない。
どうしたのかと覗き込めばそこには────

「わあ!明王大吉じゃん!!すごーい!!!」

「ふんっ、まぁ俺はこんなの信じないけどな」

そう言うも不動の顔はどことなく嬉しそうだ。
自分でおみくじを引くって言ったのになあ、とゆかりは笑う。
ふ、と自分のおみくじに書いてある待ち人の場所を見た。


【待ち人:来るが苦難あり。焦らず待て】


「明王ー、なんか私恋に障害があるみたい」

「はぁ?まずてめぇ好きなヤツいんのかよ」

「いないけどさー」

だろうな、と鼻で不動が笑えば軽く叩かれる。
ゆかりも年頃の女の子なのだ。もう少し慌てるとかしてくれないのかと少し肩を落とした。

(あれ、なんで私少しがっかりしてんだろ)

んー、と考えても答えは出ずとりあえずおみくじを結ぶ事にする。

「明王は今年何かやりたい事あるのー?」

木におみくじを結びながらゆかりが問いかける。
ただ、いつものように皮肉交じりの言葉を返してもらいたかっただけなのだ。しかし────

「俺は────       」

最後の方は小さくてうまく聞き取れなかった。
だけどそれを言う不動の眼差しがいつもとは違う、ギラギラと獲物を捕まえようとする、瞳。
はっきり言って少し恐怖を、覚えた。

「……明王…?」

「なんでもねぇ。忘れてくれ」

さっさと自分の分を結び終えるとまた不動は歩き出してしまう。
追いかけなきゃ、どこかに行ってしまう様な気がして思わず走り後ろから抱きしめた。

「お、おい!?なにしてんだてめえ!!」

「あ、いや…ごめん」

つい抱きついてしまったがここは神社。
人の目が少しひんやりとした気がする。

「…いい、帰るぞ」

不動はゆかりの手を掴み今度は足並みを揃える様に歩き出した。
ゆかりの得体の知れぬ不安感が少し取り除かれいつもと同じ笑顔になった。


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