たまには運動しないと

秋。それは様々な物を連想させる季節。
読書の秋、芸術の秋、スポーツの秋、そして食欲の秋。
それによって悩める少女が一人。

「……太った」

風呂上りに何の気もなしに乗ってみた体重計。
その針はいつも以上を指していた。
そろり、とゆっくり乗ったところで変わりはしない。

「まずいなぁ…。焼き芋食べ過ぎたかな……」

ふぅ、と溜息を一つ吐きほくほくと美味しそうな焼き芋を思い浮かべた。
────が、それだけで鳴るお腹にいけないと頭を振り邪念を吹き飛ばす。

「運動、しますか!」

しかし一人でするには少し寂しい。
するとピンッとなにかを思いついたゆかりは笑顔になった。
そしていそいそとパジャマに着替えると携帯を取り出す。
発信履歴を辿りそこにあったのは『明王』の文字。
今はまだそんな遅い時間ではない。無視さえされなければ出てもらえるはずだ。

プルルルルル

『…んだよ』

「あ、明王こんばんはー。寝てた?」

『まだ寝てねぇ。何の用だよ』

「あのさ、明日の朝からランニングに付き合ってくれない?」

『はぁ?んなの一人でやればいいじゃねえか』

「だって一人でやると挫折しそうなんだもん…」

ゆかりが押し続けると不動は諦めたかのように大きく溜息を吐いた。

『わぁーたよ。その代わりなんか奢れ』

「よ、よし、交渉成立だ!」

『じゃあな』

ぷつり、と切れる電話。
不動はいつもいきなり電話を切る癖がある。それもゆかりは慣れてしまっているのだが。

「お小遣い足りますように…っ」

ダイエットはいいが別の心配が増えてしまった。
最近何かしら奢らされている気がするが相手は中学生。
向こうの方がお小遣いが少ないのかもしれないと思えば許せてしまう。

「よーし、明日に備えて早く寝るぞー!」

意気揚々と自分の部屋に戻るゆかりであったが机の上には食べかけのお菓子。

「……少しくらいな、ら…」

明日からだし、と誘惑に負け食べてしまうのであった。




翌日、いつもより早く起きたゆかりは急いでジャージへと着替える。
高校のジャージでは無く中学時代のジャージを着る事にした。
そんなに体型は変わっていないのですんなりと袖が通った。
軽く準備運動をしてるんるん、と外へ出れば見慣れた後姿。
いつもと逆だな、とゆかりは微笑んだ。

「明王ちゃんおはよ!」

「だっ!だからちゃん付けするなって…!!」

「はいはい、行こう行こう!」

軽く不動の腕を引っ張れば「ちょっと待て」と静止がかかった。

「どしたの?」

「なんでてめぇ中学の時のジャージ着てんだよ…」

「だって今のジャージは学校で使うもん」

きっぱりと言われてしまってはぐぅの音も出ない。
本当は同じジャージを着てるのが恥ずかしかっただけなのだが。

「まぁ、いい。行くぞ」

「あいあいさー」

軽く走り出せば朝独特の澄んだ空気が肺の中に入ってくる。
ゆかりは運動音痴ではないがそこまで得意ではない。
小学校の頃はサッカーにも挑戦した事もあったが、すぐにやめてしまった。

かなり走った所でゆかりが段々バテてくる。
それを見てか不動が足を止めた。

「少し休憩すんぞ」

「え?ま、まだいけるよ?」

「自分の身体のこと考えろクソババァ」

言葉は悪いが不動はゆかりを心配しているようだ。
座るとキツくなるから、と立ったまま木の下で休憩する。
不動は近くに自販機を見つけるとそこでスポーツ飲料を買った。
そしてそれを一口含むとゆかりに渡す。

「飲め」

「お、ありがとー」

ごくごく、と冷たくスポーツ飲料特有の甘さが喉を通ればゆかりの顔は笑顔になった。
そしてゆかりは何かを思ったかの様に不動の顔を見つめだす。

「な、んだよ…」

「いやぁ、間接キスだなぁって思って」

にぱぁ、と笑えばそれに反し赤くなる不動の顔。
昔からの癖でつい渡してしまったがそう言われてしまえば意識せざるを得なくなる。

「もういい!それはてめぇにやる!!」

「えー、駄目だよ明王もちゃんと水分取らなきゃー」

「いーんだよ!自分で買う!!」

そう言えばズカズカと荒い足取りでもう一回自販機へと向かう不動。
それを見てぷっ、とゆかりは噴出してしまった。
いつまでもこんな関係でいたい、そう思ったのだ。
明日も付き合ってもらおう、とぬるくなってきたスポーツ飲料をもう一口ゆかりは口に含んだ。


- ナノ -