いつもの君と歩く道
幼い頃の夢を、見た。
まだ俺の家庭が安定していた頃の夢。
いつの間にか傍にいる女がいた。
いや、今もいる。
そいつはカラカラとよく笑うヤツで、
いつも姉貴風ふかせやがって、
ベタベタとよくくっ付いてくる、
はっきり言ってうざってえ。
でも、
嫌な気もしない自分がいるのが、
とても嫌だった。
ピピピピピッ
目覚ましの音に誘われベットから手が伸びる。
そしてそれを煩わしいとでもいう様に強めに叩いた。
(……気持ちわりい夢見た)
少年はベットから身を起こすと不機嫌そうに頭を掻きカレンダーを見る。
カレンダーにはシンプルな物で、4月を表していた。
今日は少年が通う────いや、正式には通い始める中学校の入学式だ。
それを確認すると眉間に皺をよせめんどくせぇ、と呟く。
しかし、早く仕度をしないと『ヤツ』が怒鳴り込んでくることは予想していた。
渋々立ちあがり新しい制服に腕を通す。
新しい匂いがして少し、もどかしかった。
玄関から外へ出ると自分より少し背丈の高い後ろ姿が見えた。
『ヤツ』だ、と少年は苦い顔をする。
すると扉の開く音に気づいたのか『ヤツ』が振り向いた。
「明王!おはよー!!」
それは紛れもない『ヤツ』事少女の声で、しかし明王と呼ばれた少年──不動には今一番聞きたくなかった声だ。
「朝からうるせぇんだよ。人ン家の前で騒ぐな」
「だって明王中々出てこないんだもん。それに、新しい生活のスタートだよ!」
くるり、と少女は不動の前で回って見せる。
少女の纏う制服も真新しいもので初々しさを醸し出していた。
「あぁ、お前もまた一つババァに近づいたって訳か」
はんっ、と不動が鼻で笑うと少女の鉄建が頭に降り注ぐ。
「誰がババァよ!私の名前はゆかりだってば!!」
「いってえ…。てめぇなんかババァで十分だバーカ」
「また言うー!もうっ」
少女、ゆかりは頬を膨らますとそっぽを向きぽつり、と言葉を漏らした。
「昔はゆかりちゃんって呼んでくれたのになー…」
「ってめえ!それはガキの頃の話だろ!!」
「あらあら、こんな独り言に反応するなんて明王ちゃんもお子様ですねー」
「…ちっ!!」
不動は居た堪れなくなったのかさっさと歩き出す。
それを見てゆかりも笑いながら隣を歩き始めた。
「ついてくんじゃねえよ!」
「仕方ないじゃない。途中まで道一緒なんだから」
そう、不動の通う中学とゆかりの学校は途中まで道が一緒なのだ。
なぜ途中までなのかと言うと────
「私ももう高校生かー。実感わかないなあ」
ゆかりは今年で高校1年生になるからだ。
不動は中学1年生。年が大分離れているせいか不動はゆかりに口で勝てた例が無い。
「…くそババァ」
「もう一回叩いてあげようか?」
「………」
にこ、と微笑みながら拳を作ればふいっと逸らされる瞳。
力は無い為そこまで痛くも無いがわざわざ叩かれる趣味も無い。
何も言わないほうが懸命だと不動は口を噤んだ。
「じゃあね明王。入学式頑張ってね」
「入学式で何を頑張るってンだよ…」
「だって明王友達作るの苦手じゃない!駄目だよー、友達は大事だよ」
「うるせぇ、てめぇには関係ねえよ」
「いーや、お姉ちゃんは心配なの!!」
ああ、まただ。
夢で見た無駄に姉貴ぶりたがる癖。
不動の心の底から何かが沸きあがってきた。しかしその感情の名前は知らない。
「…っ俺はてめぇの姉貴面した所が大ッ嫌いだ!」
それだけ言うと不動は走り去ってしまった。
ゆかりはきょとんとしながらしょうがないなあ、と一人苦笑するのである。