妖怪狸はお天道様の夢を見るか?

ぼやける視界。いつか見た白の世界。
寒さに凍えながらも身体中の傷を見ないように、気づかないように、歩いた。
どこにも行けず、彷徨いつづける。

さむい さむい いたい だれか
おひさまを ちょうだい

遠くなっていく意識の中で暖かい何かが頬に触れた────



「……アマちゃん?」
「わふっ」

アオバが瞳を開くと真っ白で柔らかなアマテラスの被毛が視界に飛び込んでくる。
頬に感じたぬくもりはアマテラスの舌だったらしい。

「あ…、そうか。今はアマちゃん達と一緒にいるんだった」

むくりと起き上がり目の辺りを擦れば、目の前にいるワンコの涎とは違う雫を指先に感じた。
…いつの間にか泣いていたようだ。

「もしかして私うなされてた?」

そうだよ、と言うようにアマテラスがアオバの頬をもう一舐めする。
もう一人の同行者が大神様の首辺りですやすやと寝ているのが見えた。
綺麗なその白毛と紅い隈取りは夜の闇が相まって余計に眩しく思う。

「そっか…起こしちゃってごめんね」
「くぅん」
「気にしないでって?アマちゃんは優しいなぁ」

あはは、と小さく笑うアオバだったがその顔がすぐに曇った。
彼女はアマテラスの背中へと顔を埋め言葉をぽつり、と零す。

「私、なんで妖怪なんだろ……」

昔の彼女なら絶対に言わなかった言葉だ。
何十年も人間と共に過ごし、優しさを与えられた結果だろう。
そして────

「あなたと同じ色をしているのに、どうして私は……っ」

ぐっ、とアオバの指に力が入る。声は、震えていた。
アマテラスには感謝している。この神様がいなければ今頃この世にはいなかっただろうから。
しかし、それと同時に羨みの気持ちが体の奥底から湧き上がってくるのだ。
もちろんそんな事言える資格など自分にはない、わかっては…いるのに。

すると何かがアオバの足に触れた。
不思議に思い、彼女が顔を上げると自分の周りに花が咲き乱れている事に気付く。
アオバが呆気にとられているとアマテラスがアオバの頬へ自分の頬を摺り寄せた。
その温かさにまた、彼女の瞳から涙が落ちる。

「アマちゃん…あなたは本当に、語り継がれてきた通りの神さまなんだね……」

ぎゅう、とそのぬくもりを抱き締めれば自分がなぜ太陽に恋い焦がれたかわかった気がした。
そして、それが間違いではなかったという事も。

お天道様はこんな私ですら照らしてくれる。
そう思うだけでまた、歩ける気がした。



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