いつかの日にて
柔らかな風と桜が舞う神木村。
立派な御神木が立つ丘で壮絶な争奪戦が繰り広げられていた。

「アマちゃんは!異袋に!食べ物を!溜められるでしょ!?」

「あぅ!」

「私は今食べたいの!その桃ちょうだい!!」

「ぐるるる……っ!」

「サクヤの姉ちゃん、黄金の桃二ついれときゃ良かったなァ…」

「すみません…まさかこうなるとは…」


しなやかな黒髪を靡かせ困ったような顔をするサクヤとその肩に乗った 小さな大和男児、イッスン。
二人は目の前で睨みあう一人と一匹…正確に言えば二匹を見ていた。

「アマ公ォ、ここはアオバに譲ってやれよ。なにそんなに意地はってんだィ」

「わんっ!!!」

「黄金の桃は別だってェ?…アオバもいつもみたいにアマ公から肉貰ったらいいじゃねェか」

「……この間ちょっとだけ黄金の桃食べさせてもらったら美味しかったんだもん!また食べたい!!!!」

「だァめだこれ、決着つかねェや」

再び唸り声を上げ始める二匹にイッスンはやれやれ、と首を横に振る。
サクヤは何か他の物は無いかと頭を悩ませ始めた。
どうやら黄金の桃は貴重ですぐには出来ないらしい。

「姉ちゃんほっとけほっとけェ!ただの喰い意地はった奴らの小さな争いだァ。…なァんかこの光景前にも見たことあるな」

イッスンは少し前の、アマテラスが目覚めた時の事を思い出していた。

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神木村の御神木が咲き乱れた少し遠いあの日、イッスンは仲の良い女の子をアマテラスに紹介した。
ミカン夫婦と共に暮らす少女、名前はアオバ。
元から明るい彼女はアマテラスにすぐ心を開き、白き狼も嬉しさを歓迎するようにアオバの顔をペロペロと舐めたものだ。
そして彼女は言った。

「あなたのお陰で私は生きていられるんだ」と。

***
アオバは人間ではない。数十年前に瀕死の状態で神州平原にある賽の目の前で横たわっていたところ、
通りかかった若きミカン夫婦に助けられたのだと言う。
彼女は当時人の容姿をしていなく、白いタヌキ様な姿をしていた。
神木村にアオバを連れて帰った二人は我が子のように彼女を可愛がったのだ。
しかし、アオバはどこから見ても妖怪そのものだった。
そこで、村の大人達を集め審議をする事になる。…結果は言うまでもなく妖怪を村に置いておけないと言う考えが圧倒的であった。
それでも数人が必死に
「白いタヌキはどことなく白野威伝説を思い起こさせる。人間に手を出さなかったらいいではないか」と説いた。

朝まで続いた押し問答の結果、アオバはこの村に住むことを許可されたのだ。
長く生きるその間に変化の術を覚え、現在は人の姿をして生きている。
***

この時イッスンもその話は初めて聞いたため、大変驚いた。
薄々人間ではない事は気付いていたが、まさか自分より年上でこの村でそんな話があったとは。
サクヤと初めて会わせた時になんとなくぎこちない空気が流れたわけだ。

アオバとアマテラスがもふもふとじゃれあっていると洗濯を終えたミカン婆が優しい声をかける。

「シロ、夜に私の家に来てくれたら美味しいものをごちそうするからねぇ」

美味しいもの、という単語にいち早く反応したアマテラスは「わんっ!」と嬉しそうな声をあげる。
その夜、ミカン婆が言った通り長老の家に行くと三人の影があった。
その時だ、今と同じ風景を見たのは。睨み合いの唸り合いで最終的にミカン爺のゲンコツで二匹が「きゃいん!」と声をあげた、あの魔性の食べ物……────

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「婆サンの桜餅を与えれば収まるんじゃねェか?」

「あの者の桜餅なら今朝のお供えがあります!アマテラス大神、アオバ!これをお食べ下さい!!」

サクヤそう言って二つの桜餅を差し出せば、唸り声がピタリとやんだ。
そして二匹は彼女の手から不思議とまだ硬くなっていない桃色のそれを受け取るともぐもぐ食べ始める。
かくして小さな食べ物戦争は終わったのだった。

「というか最初から黄金の桃を半分にすればよかったんじゃ…?」

ぽつり、とイッスンが呟いた言葉にあんぐりと口をあけた二匹。
この後優しい玉虫色の彼が見事な刀捌きで半分に分け御神木の下にいくつかの花が咲き乱れたという。


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タイトルは「rim」樣より
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