涙にぼやけた星のあかり
おそ松から連絡をもらって思わず真顔になった。
というより、それがいけない事なのかよくわからなかったんだ。
名前も変えてるし他人の空似かもしれない。
なにより十四松が好きになった子だ。
あいつにはあいつの人生があっていつまでも六つ子が一緒な訳でもない。

ただ、放っておけないのが『お兄ちゃん』ってやつなんだろうか。

詳しく聞けば私にしか話していないとの事。
十四松といいおそ松といい、なんで私をこんなに信用してくれるのかわからない。


『了子ちゃんは『友達』としていっちばん大切な女の子だから』


十四松にはそう言われたけど友達だからって私に、だって、あんな嫌われてた私に、

「了子、明日休みか」

「…おう、一応は」

「十四松があの子に告白するらしい。だから」

知ってる、知ってるよ。さっきLINEでもらったから。
私にこれ以上なにをしろと言うのだ。相手の子にも会った事ないのに。

「…見守っていてくれないか」

いつもとは違うおそ松の真面目な声。
私は思わず目を見開いてしまった。喉から変な音が聞こえた。

「十四松からもう連絡いってんだろ。むしろお前に最初に相談したんじゃねえの?」

「な、なんでわかっ……」

「俺らが最初に頼ると言ったらお前しかいないんだよ了子」

もう言葉が出ない。ここまで信頼される訳が本当にわからない。

「そういう訳だ、明日12時に家にきてくれ。仕事中悪かった」

視界が少し滲み始めて、こぼさないように上を見た。オフィスの窓から見た空は雲が多くなってきている。
私の嫌な予感って結構当たるんだよ。



****



土砂降りの雨の中、私達は十四松を見守った。
傘なんて差したくなくて、濡れていたくて。でも私からは見えたんだよ。

────彼女さんの辛そうな、受け入れられなかった自分を責める様な泣き顔が。



その後、チビ太のおでん屋で皆で酒を煽る。
皆はいつも通り馬鹿みたいに盛り上がっているけど端っこの十四松、カラ松とおそ松に挟まれた私は輪に入れなかった。
どういう感情かは自分でもよくわからない。ただただ、辛いだけ。
そのうち私はテーブルに突っ伏した。するとカラ松の悲鳴に続いて色んな声だけが耳に入る。
チビ太が激昂したところで子供の様に大声で泣きじゃくる十四松の声が聞こえ思わず思いっきり顔をあげた。
──いつも笑ってばかりだったけど、十四松は素直だからちゃんと泣けるんだ。
なぜかそんな事を思った。

兄弟が椅子に座り直し一杯ビールを飲み干す。そして最初に切り出したのはトド松。

「…彼女の事、聴いていい、かな?」

それからぽつりぽつりと十四松が話し始める。数日前に私に話してくれた出会いの話を。

「でも…もうっ、会えないって…っ!」

もう私は十四松の方を向けなかった。向く勇気なんかこれっぽっちもなかったんだ。

「田舎に帰るらしいんだ…今夜の、新幹線で……」

どうやって声をかけたらいいかわからない空気が充満する。
それを破ったのが私の隣に座っているおそ松だった。

「…会いにいけば?まだ間に合うでしょ」

横目でおそ松を覗き見るとあいつは片肘をついて、いかにも何でも無い風に言う。

「でも、僕…」

「大丈夫だって」

おそ松が十四松の方を向く際、少し目があってしまって私は慌てて目線をテーブルへと戻した。

「だって、引っ越しする日に誰かに会うって結構面倒くさい事だよ?」

声的に笑って言ったんだろう。つらい、つらいよ。

十四松は勢いよく走って行った。それに合わせて追いかけようとする弟達を制すかの様に兄が大きな音をたてて立ち上がる。

「…駄目、俺…今日金無い」

「はぁ!?」

解せないようなチビ太の声のあと、俯いたままの私の頭に大きな掌が乗った。

「了子、辛かったろ。背負わせ過ぎてごめんな」

優しく撫でる手が、『兄』を思わせる様な口ぶりが────私の心を解きやがった。

「ふ…っ、ぐぅ……っ!」

泣きたくなんてないんだ。いい大人だし、こいつらの前なんかでもう泣きたくない。
でも、おそ松は泣くことを許してくれた。本当に、ずるい男だよ。

ぼたぼたと落ちる私の涙と押し殺す様な声。おそ松以外は私の方に目線を向けているが、一言も話そうとしない。

「普段は女として見てないけど、お前はれっきとした女だ。傍で見てきた十四松だけじゃなくて彼女の気持ちもわかったんだろ?」

もう駄目だった。私は目の前のビール瓶を掻っ攫うと一気に飲み干す。あんまり入ってないじゃんこれ。
そして恥も何も考えず大声で自分の言いたいことを叫ぶ。

「あたりまえだろ!彼女さんだってあんな悲しそうな顔してさぁ!!二人とも相思相愛だったじゃん!?結ばれちゃいけないの!?人生は漫画の様にいかないなんてわかってるけどっ、でも!こんな…っ、好きな人同士がむす、ばれないって、さぁ。素敵なことなのにさあ、残酷すぎるじゃん!!もう訳わかんないよ!!もう、わ、から……っ、うあああああああ!!!!!!!」

堤防が決壊したように、十四松の様に。私は素直なんて言葉から遠い存在だけどちゃんと…泣けたかな?
余程大きな声だったんだろう。滲む視界で慌てるチビ太と皆が何故だか懐かしかった。
おそ松だけはこれを予感していたかのように笑っていたけど…目ぇ潤んでるの見えてるからなちくしょう。

「ほんっと了子は昔から不器用だな。俺が言わなきゃ泣きもしない。悲しさは押し込めてわざと怒っているふりをする。変わんないねお前も俺達も」

涙を拭おうと下を向けば色んな手が頭に伸びてきた。
本当だ、変わんないや。きっと十四松もこうするんだろうな。でも本当にお似合いの二人だったのに、辛いな。

コト、と目の前に少し多めのおでんが置かれる。

「おら、これ食って泣き止め。トド松の靴が入ってない所だから食っても大丈夫だ」

チビ太も変わんないや、お人好しな所。

「えー?僕たちは?」

「てやんでいバーロー!今回こっちが持ってやるのは十四松と了子の分だけだチクショー!!」

「…ずるい、贔屓じゃないの?」

「まぁ、今回は仕方ないよ」

「フッ…そうだ、笑顔の似合うブラザーとフレンドは笑っていなくては……」

「十四松が戻ってきたらもう一度飲みなおしてーなー」

またいつもの空気になってきた。
十四松が帰ってきたら…きっと言葉は見つからないし泣くから頭を撫でてやろう。ぼさぼさになるくらいに。

一口食べたおでんはあったかい味と二人の涙…いや自分の涙でちょっとしょっぱかった。


人生って本当に面倒くさくてままなんないよな。
でも悪くないとも思えるんだ。あの子もそう思えればいいな。
また、会えるよ。大丈夫。

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タイトルは「ひよこ屋」様より

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