小説・短編 | ナノ


ドイツに旅立つ俺は、今日、恋人に別れを告げた。

2年の最初から付き合い出したわけだから、1年半以上と、中学生にしては長い付き合いになる。
が、それも今日で終わりだ。


最後に好きだと告げられてよかった。


彼女を初めて見たのはまだ小学生の時。地域図書館での事だった。
テニススクールの帰りに図書館に行くことが習慣だった俺は、その日も図書館へ寄っていて、そこで彼女に出会った。

持っていた本を拾ってもらった。それだけだったが、彼女の笑顔が頭から離れなかった。
今思えば一目惚れだったのだろう。

その後も何度か図書館で見かけた。
彼女は俺の事など全く覚えてはいなかったが、一緒の空間にいれるだけで、俺は満たされていた。隣に座ってみたりもした。
気にも止められなかった。

それでもよかった。
自覚の無い初恋は微熱をおびるだけで、俺の体に深くのしかかることはなく、ふわふわとただ幸福を感じていられた。


かわったのは、中学からだ。


彼女も青春学園中等部に入学ていたのだ。
しかも最初の1年は同じクラスになれた。

そこからは、無意識だったのだが必死で。
彼女がクラス委員に選ばれれば自分も立候補し、生徒会の手伝いをしていると聞けば、生徒会に立候補した。
微熱はいつのまにか彼女の傍にいればいるほど高熱に変化し、それでも彼女の傍にいようと、一番違い異性でいようと必死だった。
顔には出なかったが。


だから、彼女が告白してくれた時は嬉しかった。本当に嬉しかった。
顔には出なかったが。


天に昇るように、俺の熱は止まることを知らなかった。

テニスにしろ、趣味の登山や釣りにしろ、俺は兎に角のぼせ上がり、どうやら冷めることがないらしい。

しかし、どんなに彼女と一緒にいることを望んでも、状況がそれを許してくれないことも多かった。
テニス部部長に生徒会長。
腕の故障で九州に黙って行った事もあった。
近くにいれないこともあった。
それでも傍にいることを望んだ俺は、別れを告げることは出来ず。
彼女はとても怒りはしたが、別れを口にすることはなかった。


高熱が高熱のまま、平熱になるのに時間はかからなかった。
傍にいたい。傍にいようと思っていた。


だが、俺は決めてしまった。
ドイツで俺の為にテニスをすると。

それは、あまりにも遠い、距離。

彼女の笑顔に陰がさしているのはしっていた。
ただ見ないようにしていただけだ。

彼女にそんな顔をさせてるのは俺だ。

いつも俺に気を使って笑ってくれていた。
(最後に心からの笑顔を見たのはいつだろう)

ふたりでまともに出掛けることも出来なかった。
(彼女は色々な所に誘ってくれたのに)

好意を上手く伝えることすら出来なかった。
(彼女の言葉はいつもあたたかかったのに)


ああ、俺は熱に侵され満たされ、何もしてあげられなかったんだな。
別れはきっと正しい選択なんだ。


どうか彼女が心から笑顔でいれればいい。

下がることの無い熱は、俺に幻まで見せるけど。
幻くらいは、傍においても許されるだろう。



「幻じゃないんですけど!!」
「え?」

確かに、いた。

「どうして俺の家の前にいるんだ?」
「ドイツ行くんでしょ?準備の為に戻ってくると思って、待ってた。」
「何の為に…?」
「確認しようと思って。」
「そうか。」

口が乾く。
いつもの以上に上手く喋ることが出来ない。
もっと言いたいことが、たくさんあるはずなのに。

「[はい]か[いいえ]、もしくは[YES]or[NO]で答えてね。」
「何を…」
「第一問!!絶対にドイツに行きますか?」
「…YES」

やっぱりね、一度決めたら頑固だもんね、と言う彼女はやっぱり笑っていた。

「第二問!!私のこと…好き?」
「…」

随分低い目線から見上げられる。
瞳が赤い。少し腫れている。
俺はまた彼女を悲しませてしまったのに、近くにいるだけでこんなに嬉しい。

「ねえ…」
「…い、YES」

そう答えると、彼女も嬉しそうにした。
こんな拙い好意を喜んでくれるのか。

「じゃあ最後の問題。私と別れたい?」
「そ、それは…」
「答えて。私と、本当に別れたい?」

真正面から見据えられる。
強い瞳だ。また熱があがる。

期待しても良いのだろうか。
望んでしまっても、良いのだろうか。

「国光。」
「NO…」
「え?」
「NO…だ。悲しませることは解っている…だが一緒にいたい。」
「なんだやっぱり。じゃあ別れなくていいじゃん。」

彼女はさも当然といわんばかりに言い放った。

「俺はドイツに行くんだぞ?分かっているのか?」
「わかってるよ!!!!わかってる…でも…」

瞳が歪む。
ああ、泣くのを堪えてるんだな。
そんな強気な所も好きだった。
いや…好きだ。

「頑張らないまま終わらせることなんて、出来ないよ…何もしないまま諦めるなんて、く、国光らしくない。中1の時は…あんなに頑張って一緒にいようとしてくれてたのに。」
「な…!?」

俺が言葉を詰まらせると、彼女は瞳に涙をためたまま楽しそうに笑った。
気付いていたのか…

「気付くよ…私だけ、他の女子と態度が全然違ったし。顔は変わらなかったけど。」
「…」
「よ、ようするにね、その…あー…」

彼女はこんなにも思いを伝えようとしてくれている。

手塚国光。お前はどうなんだ?
自分の気持ちが言えるのか。


ああ、言えるさ。


「好きだ。」
「好き。」


放たれたのは同じ瞬間だった。
それでも、抱き締めるのは俺の方が早い。
力も強い。
背中に申し訳なさそうに回される腕が愛しい。

「ふ、う…うぅ…」

泣くのを我慢しなくていい。
だが上手く伝えられない俺は、ただ抱きしめる力を強くするしか出来ない。


「こ、国際電話は、時差があるっし…た、高いので、限界のと、ときだけで、我慢…ぅ、する…」
「ああ。」
「め、メールは毎日書くから…ち、ちゃんと返事、書いてね…?」
「メールは苦手だから手紙ではダメか?」
「遠いもん…来るまで時間、かかる…ぅ、ふ…」
「わかった…努力しよう。」
「うん…」

暫くはお互い黙って抱き合っていた。
苦しくはないだろうか。
それでも力を弱めることが出来なかった。

俺の熱がうつればいい。

どんなに離れても忘れないように。



「国光、好きだよ。」
「俺は…愛しているよ。」

彼女は今までで一番の笑顔で笑った。
また熱があがる。


発熱


ユートピア様へ提出。
素敵な企画ありがとうございました。





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