私には幼馴染みがいて、小さい頃はそれはそれは仲良く遊んだが、中学に入ると自然と離れてしまった。
思春期の男女なんてそんなものだろう。
子供の頃の約束など気に止めるはずもなく、後で思い出したら可愛い時期もあったもんだと笑うか、穴があったら入りたいと思うほど恥ずかしいと思うに違いない。
私は前者だとしても、彼は後者かもしれない。
寧ろ、約束自体覚えているかどうかも怪しい。
いや、きっと覚えていないだろう。
私だけ。
私だけが覚えていて、私だけが好きなんだ。
私に彼氏が出来た。
それを久しぶりにあった幼馴染みに話すと「あっそ。」とそれだけだった。
それが三日前の私と幼馴染み、財前光との会話だった。
「うん、それじゃ、バイバイ。」
携帯での通話を終え、ベッドに体を投げ出す。
彼氏と一緒にいるのは楽しい。
電話で話していても、私を好きでいてくれることがわかるし、それが何よりも嬉しい。
でも、ふとした瞬間に光ならこう話すだろうとか、光ならこうするのに、とか思ってしまう。
私はちゃんと彼に笑えているだろうか。罪悪感は日毎に大きくなっていくようだ。
「好きに、なれると思ったんやけどな…」
呟くと罪悪感はまた少し大きくなったように感じた。
私は夕食まで、と目を閉じた。
「名前おきろや。」
聞こえるはず無い声の方向を向くと、椅子に光が座っていた。
いつの間に入ったんだろうか。
「な、なんで光がここにおるん!?」
「今日ウチ誰もおらんからこっちで飯食えって。おばさんから呼ばれた。」
「ああ、そう。」
中学に上がってからあまり話してもいなかったのに、光は緊張する様子もなく、勝手に雑誌まで読み始める始末だ。
「あー、なんで私の部屋におるん?」
「別に、いつもやろ。」
それはそうだが。
「そうやけど、久しぶりやし、何か用とかあったんやないの?」
「いや、まあ別に。気にせんでええ。」
それっきり、光は黙ってしまった。
夕飯の時も光はあまり喋らなかった。
まあ光は昔から無口だから、私の親は気にしていない様だが。
母は久しぶりにあった光がまあかっこよくなってるものだからアレ食べろコレ食べろと煩いし、父は父で、名前がお嫁にいっても近所なんだしご飯はウチで、とか言い出す始末だ。
私は光が何て答えるのか聞くのが怖くて夕飯もそこそこにしてお風呂に逃げ出してしまった。
「なんでまだおるん。」
部屋に戻ると光がいた。
「別に。」
別にって、お前はどこかの女優か。
「ああ、そう。」
私もそれ以上言えない。
というか、話題がない。
小さい頃は何を喋っていたんだろう。
光と一緒にいるとただ楽しくて、時間なんて直ぐに過ぎてしまったのに。
今はこんなに長く感じる。
ただ、無言で一緒にいても気まずいということはなかった。
寧ろ、嬉しいくらいだ。私はやっぱり光が好きなんだろうか。
「なあ。」
「あ、ちょっとまって。メールきてる。」
彼氏からだ。
[今何してる?]
これはどう返そう。
まさか幼馴染みとは言え、男の子と2人でいるとは返せない。
携帯とにらみあっていると、光が後ろから覗き込んできた。
顔を歪めたかと思うと、私の手から取り上げてしまう。
「ちょ、何すんねん。」
「うっさいわボケ。誰やコイツ。」
「誰て…前に言ったやんか…」
「彼氏出来たて?」
「おん…」
光が小さく舌打ちをした。
「…自分かて、彼女おるんやろ?」
「は?」
「聞いたで。彼女おるからて、告白断っとるらしいやん。」
「ああ、」
あれな、お前のことやぞ。
耳を疑った。
「は、はあ!?」
「それに彼女とは言うてない。ただ決まったやつがおるて言うただけや。」
「な、何で!?」
「何でて、お前こそなんやねん。約束忘れたとは言わせんぞ。」
「お、覚えてるとか、信じられん…」
「信じろや、アホ。」
光は私の手を握った。
強く、強く。
「ひかる、いたい…」
「うっさいわ、アホ。」
光はこっちを向いてくれない。
きっと顔は真っ赤なのだろう。だってピアスの回りが赤くなってるもの。
よかった。光がこっちを向いていなくて。泣き顔を見られなくて済む。
涙は止まらないのに、何故か笑えた。
手を握る約束
「なあ、ひかるくん、なんでウチらってべつべつにすんでんのかなあ?」
「こどもやからしゃーないねん。」
「でも、名前、ひかるくんとはなれたくない…」
「名前ちゃん、なかんといて!!ぜったいに、おっきくなっても、名前ちゃんの手はなさんから。」
「ほ、ほんま、にぃ…?」
「ほんまやって。おっきくなってもおばあちゃんになっても、おれはずっと名前ちゃんの手はなさんから!!やくそくや!!」
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