今後の人生が光り輝くように──という両親の思いから付けられたら“ヒカル”という名前。
そのまんまだという気もするが、まぁ俺はこの名前が嫌で嫌で仕方なかった。

中学の時に自分の名前の由来を親から聞いて発表するという馬鹿みたいな授業があった。俺はさっきの親の思いを発表したところ、ヒカルに何の取り柄もねーのに光り輝く訳ねーだろ、と野次が飛び、俺は虐められるようになった。
親のありがた迷惑のせいで俺の中学時代は真っ暗だった。


 
 
高校入学と同時に変わろう。
俺はそう決心し髪を明るい色に染めた。ちょっとピンを付けてみた。制服の上にパーカーを着てみた。笑う練習をした。
幸い高校には中学時代の俺を知ってる奴はいなかったから暗い過去を引きする事もなかった。でも悲しいことに、俺は他人を信じることが出来なくなっていた。だから友達と呼べる人も少なかった。
虐められていた自分をぶっ殺したくて空手を始めた。それが楽しくて仕方なくて、空手をしている時の自分は好きだった。



「…うし、」


進級して初めて登校日。
念入りにチェックするのを忘れない。鏡には真剣な顔をした自分が映った。これなら大丈夫、ナメられない、また一年生の時と同じように何事もなく過ごせると自分に何度も言い聞かせる。

ふと鏡の中の自分と目が合った。さっきまでの真剣な表情の俺は消えていた。鏡の中の自分は虚ろな目をしていて、まるで中学時代のようで。

──…パリンッ、

見ていられないから鏡をぶん殴った。キラキラと破片が飛ぶ。血は出なかったが手が痛かった。
嫌な予感がする。割れた鏡に映った俺がそう言った。


 
 
………
……



「…ヒカル君、だよね?」


自分のクラスを確認して新しく与えられた教室に入り、指定された席に座って携帯ゲームをしてたら声を掛けられたら。
何故俺の名前を知ってるんだろう、とぼんやり考えながら携帯を閉じて顔を上げた。ピンク頭が目に入った。


「あっ…やっぱり!黒中だったヒカル君だよね?雰囲気変わったから一瞬誰か分からなかったよ」


黒中、と聞いて自分の顔を引きつったのが分かった。俺が通っていた中学の名前であり、俺にとっての地獄の名前でもあった。

──こいつ…中学の時の俺を知っている。

今すぐに泣きたい気分だった。一年間俺は中学時代の自分を隠し通したのに…。もう高校生活も真っ暗だ。


「あたし桜井杏。覚えてるかな?確か二年生の時同じクラスだったんだけど…」

「…」

「それにしてもヒカル君本当に変わったねー。カッコ良くなった感じ」

「──頼むっ!!」

「…え?」


無意識のうちに俺は声を上げていた。目を丸くする目の前の女子に何故か頭を下げていて。


「俺の…中学時代の俺の事を誰にも言わないでくれ!!」



──もうプライドなんてなかったんじゃねーかなァ…。

教室内にいる奴がこっちを見ていたのにも関わらず、女相手に頭を下げている自分が恥ずかしくて情けなくて。


「…え、うん…分かった、」


女の返事を聞いて俺は教室を飛び出した。頭に今朝の鏡の中の自分が浮かんだ。何なんだよ畜生…──。


「ハァ…ハァ…」


気が付けば、中庭みたいなところに来ていた。ざわざわと風に揺れる草木。乱れた呼吸を整えようと深呼吸してみた。

携帯で時間を確認する。もう既にHRは始まっているだろう。今更戻る気にもならなかったので、このまま中庭を散策する事にした。
すると前方にうずくまっている女子を見付けた。此処からじゃよく見えないので近付いてみる。ザッザッと草を踏む俺の足音には気付いてないようだ。鼻を啜る音と嗚咽の混じった声。──あぁ、この子は泣いてるのか。


「なに?あんた泣いてんの?」


はっとした時にはもう遅い。涙を浮かべた少女が此方を見ていた。
今のは無意識でした忘れて下さい、なんて言えないから俺はその女子の隣に腰を下ろした。


「あの、」


 
 
でも──放っておけない。
中学の時の俺と隣の女子の影が重なった。彼女はきっと虐めとかそういうのではないのだろう。でも1人には出来ないから。


「──慰めてやろうか?」


俺は出来もしない事を口走っていた。


………
……



聞いたところによると、この女の子は失恋したという。まあこの子もはっきり詳しく教えてくれた訳ではないからあくまで俺の解釈だが。
もともと友達がいなかった俺は恋バナとやらもしたことなかったから、なんて声を掛ければ良いのか分からなかった。


「…そっか」

「…」


どうしたら良いんだろう、ととりあえず空を仰いでみた。沈黙が気まずかった。
何故か俺は短く、ごめんと言った。


「…どうして謝るの?あたしが勝手に話したのに…」

「…俺こういう話、した事ねぇから何て言えば良いか分かんねぇんだ」


首を傾げる女の子に申し訳なさそうに口を開いた。そしたら女の子はフッと笑い、良いのにと言った。


「そういえば…君名前は?」

「…ヒカル」

「へぇ、良い名前じゃん」


 
 
大嫌いな名前を言ったのに、なんかよく分かんねーけど、前よりずっと気分が良かった。誉められたからかな。


「あんたの名前は何て言うんだ?」

「空音。空の音って書いて空音」

「あんたも良い名前してんじゃん」

「ありがと」


名前を誉め合うなんて生まれて初めてだから、くすぐったくて吹き出すように笑った。


父さん。母さん。今の俺は光り輝けていますか?





俺の名前の由来





2011/1103

ヒカルメインのお話でした。何故か急いで書いたので色々ぐちゃぐちゃですが目を瞑ってやって下さい。え、目瞑れない程ですかそうですかすいません。




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