すみません、と声を掛けられたので振り返ると制服のよく似合うピンク色の頭髪を持った女の子がいた。


――…あ。


さっきかずおの視線の先にいた子だ。
どきりと跳ねた心臓に落ち着け、と言い聞かせ、女の子に何か用ですか?と聞く。できるだけ悪い印象を与えないように。


「あのっ、2年B組の教室ってどこにあるか知りませんか?」


焦るような声音。でも初めて聞いたその声は、凛としていて聞き取りやすい綺麗な声だった。一方のかずおは、同じクラスの可愛い子が見たいからと跳んで行ってしまった。だからあたしは1人取り残されていたところだった。


「…あたしA組なんです。多分AとBの教室は隣同士だろうし、もしよかったら一緒に行きましょうか」


そう言うと、ありがとうございますと笑顔が向けられた。まるで桜の花が万日になったような素敵な笑顔だった。

――…かずおの気持ちも、分かる気がするなぁ。


なんて。


………
……



階段を上がり終えると、二年生の教室がずらりと並んでいるのが見えた。
A組の教室は一番奥にあった。その隣はB組。教室まで一緒に行く約束なのであたし達は再び歩き出した。
正確には歩き出そうとした時。A組の教室から頭だけを覗かせこっちを見ているのは何を隠そう、あたしの幼馴染のもじゃもじゃ野郎だった。


「空音ーっ!どうしよう、このクラスすげぇレベル高いんだけど!!」


興奮しながらあたしの名前を呼ぶな。周りの視線が痛い。他人の振りをしたくても出来ないじゃないか。

普段なら大声で怒鳴り散らしてやるところだけど、TPOをわきまえて“かずお、ちょっと来なさい”と手招きをした。説教をしてやるのだ。


「なに、空音」

「なに、じゃないわよ。新学期早々変な目で見られるようなことはしないでよね、分かった?」

「別に大丈夫じゃね?どんな目でも女子に見られるなら大歓迎だわ、俺」

「あんたが良くてもあたしが嫌なの!!」


叫んでからあたしは、あっ、と声を上げた。やっちまった…なんだかんだで大声を出してしまった…
くすくす笑いが耳に響く。またあたしは、あっと思う。隣にはあのピンクの女の子がいたんだった。


「えっと、あの、ごめんなさい、変なもの見せちゃって」

「あ、いえ。楽しそうで良いですね。お友達ですか?」


上品に口元を手で翳して笑う女の子に今更気付いたもじゃ男が、今度は叫んだ。


「あーっ!あん時のかわいこちゃん!なんで空音なんかと一緒にいるんだよ!!」


空音“なんか”ってなんだよ。このもじゃもじゃ本当にムカつく。なんであたしはこんな奴が好きなんだろう。自分のセンスを疑ってしまう。


「…別に。一緒に教室に行こうとしただけだよ」


吐き捨てるように言ってやる。だけどかずおの目はずっとピンクの子を見ていた。あたしの言葉なんか届いてなかったんじゃないか、自分で思ったのに無性に辛くなっちゃった。今朝まで仲良く登校してきたのに、それは夢だったんじゃないかって思えてきた。


「俺、かずおって言います。そんでこっちが空音。君の名前はなんて言うの?」

「──桜井杏です」

「へぇ、可愛い名前だね。さくらんぼみたい」

「よく言われます」



初対面にも関わらず盛り上がってるなあ、とかずおの横顔を見上げる。笑っていた。あたしに見せる笑顔と同じようで、どこかが違った。


「──では、あたしは教室に入りますね」

「あっ、桜井さんはB組なんですね」

「はい。いつでも遊びに来てください」

「了解!行きまくります!」


ふざけるかずおに笑顔を向けたピンクの子──桜井さんは礼儀良く頭を下げてから教室の中に入って行った。

それを見届けたかずおは、あたしの名前を呼ぶ。あの子といた時はあたしを空気にしてた癖に。都合の良い奴。



「…なによ」





「俺──桜井さんの事好きかも」





この世で一番残酷な言葉を聞いた。





好きなあいつの気になるあいつ




2011/1024

どうしてあたしはかずおくんをうるさい奴にしてしまうんだろう。
どうしてあたしは杏をめちゃくちゃ良い奴にしてしまうんだろう。


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