うるさく鳴る目覚まし時計。それを無造作に止めてまた布団に潜り込んだ。いつもだったらこの辺で部屋のドアが思いっきり開き、起きろーと大きな声がする。
その声に従い布団から出て、渋々スウェットを脱ぎ捨て制服に着替える。そうしたら脱ぎ散らかして駄目じゃない、と説教をされるのが朝の日常。
なのに今日はその声すら聞こえない。空音からきたメールを放置した挙げ句、連絡を一切していないのだから当たり前だろう。だけど今回俺に非は全く無い。もうあいつがどうなろうと知った事じゃない。深く布団に潜り込む。空音の顔がチラついてもやもやしたから無理矢理目を閉じた。


俺が次に目を開けた時にはもう空は赤く染まった頃だった。結局学校はサボってしまった。なんとなく、本当になんとなく携帯を開いてみるも、着信、メール共に無し。また空音の顔がチラつく。完璧に会うタイミングや話をするタイミングを見逃した。

"あんたみたいな馬鹿が首突っ込んだところで何の解決にもならないし余計にややこしくなるだけな事くらいまだ分からないの?"

奥歯を噛み締める。その通りだ、本当にその通りなんだ。何をしようにも空回りばっかで、そういう時はいつも彼女がフォローしてくれていた。今はその彼女が居ない。
悔しかった。私が居ないと何も出来ないくせに、と言われているようで。どうしようもなく腹がたった。確かにそうなんだけど、どうもそれを認める勇気がなかった。
勝手に彼女に当たって、勝手に感情的になってまだまだ俺はガキなんだ。一度眠って覚めた頭は冷静に働いて、凄まじい罪悪感が襲い掛かってくる。
あいつに謝らなきゃ。そうと決まれば脱ぎ散らかされた中から適当に上着を引っつかみ、外に飛び出した。



「さっみー…」



外に出た途端びゅう、と冷たい風が吹く。空音の家は俺の家からそんなに遠くない。むしろ近すぎるくらいだ。5分もかからない。
変に緊張しながらインターホンを鳴らしてみる。応答はない。まだ学校から帰って来てないんだろう、とその場に座り込んだ。きっともうすぐ帰って来る。そうしたら謝ろう。



───……



「それじゃあね、ユキト君」

「おう!空音ちゃんも何かあったら言ってな」

「それはユキト君も同じでしょうが!今日は本当に心配したんだから」



遠くから聞き覚えのある声が二つ。慌てて立ち上がり声がする方に足を進めると、笑顔をユキトに向けた空音がそこに居た。途端になぜか腹から怒りが沸き上がってくる。こんなに必死に悩んでいたのが馬鹿馬鹿しく思えた。
こちらを向いた空音と目が合った。慌ててこちらに走ってくる彼女。その場に立ち尽くす俺。



「かずお、あの話があ、」

「お前は!」



びくり、と彼女の肩が揺れる。



「俺との喧嘩は心底どうでもいい事だったんだな」

「え?ちょっと何言ってんの?」

「必死に悩んでたのが馬鹿みてェ…」

「待って、何勝手に話進めてんの?あたしは…」

「お前はそうやってユキトと二人で仲良くやってろよ」



なんでムカついたのか、なんて明白だった。ユキトと楽しそうに笑っていた空音の横顔が、俺なんかいなくても構わないといってるようで。見放されたみたいで。
かずおはあたしが居ないと本当駄目だね、と笑っていた事をふ、と思い出した。その事さえも皮肉に聞こえ笑ってしまう。そうやってお前は俺を下に見てんだろ。いつも、そうやって、馬鹿にしてきたんだろ。
一度悪い方向に向いた思考はもう戻っては来ない。何もかもが俺を影で嘲笑う為に思えてきた。



「本当、最低だな」

「…………っ」

「返す言葉もねえのかよ、おい」

「………」

「聞いてんのか!!」



声を張り上げたらまた肩が揺れた。俯く彼女。なんで何も言わないんだよ。いつもの冷静で落ち着いた口調で何か言い返せよ。揚げ足なんて取り放題じゃねえか。最低なのは俺だ、って言えよ。そうすればきっとこの嫌な感情を捨てられる筈なのに。
なぁ、とまた声を張り上げたら違う声が聞こえてきた。



「お前、何やってんの?」

「ユキト、」

「え、ちょっと待って、なんで空音ちゃん泣いてるの?」

「…え」



沸騰した頭がだんだんと落ち着きを取り戻していく。目の前の幼なじみはボロボロと涙を零し、それでも泣くもんかと唇を噛んでいた。
こんな彼女見たことがなく言葉に詰まる。いつも強くて、絶対弱音なんか吐かない幼なじみが俺の言葉一つで涙を零している。



「お前の怒鳴り声聞こえたから来てみたらなんだよこれ!お前また何かしたのかよ!!」

「…なんでユキトがそんなに空音にこだわんの?だいたいなんで空音は泣いてんだよ」

「お前…ッ!空音ちゃんはお前のこと…っ!」

「やめて!!」



急に声を上げた空音を見る。唇は強く噛んでいたのか赤くなっていた。
空音が俺をなんだよ、続きを言わせようとユキトに視線を向け口を開く。だが、それはすぐに遮られた。



「もう、いいから。全部悪いのはあたしだから、ごめんかずお。本当はさっき謝ろうとしてたんだけど迷惑だったよね、ごめん。気持ちはわかったから、」

「本当にごめん」




そのまま背を向けた幼なじみ。
ずっと一緒だった幼なじみ。
初めてそんな彼女との間に溝が出来た。それも深くて真っ暗な溝が。



崩れはじめた関係
(一度出来た溝はもう埋める術はない)



2012/0305
真っ暗なかずおが書きたかった。
本当遅れてごめんなさい



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