例えば今此処でため息しか漏らさない空音ちゃんと、例えば今此処で学校すら来ないあのもじゃもじゃの間になにかがあったとしよう。
俺はどうすればいいんだ。
いつもだったら毎回毎回間に入って二人を元通りにして、それでいいはずなのに、俺の心はなんだか複雑で。
更に言えば今回の場合はたちが悪く、空音ちゃんの目からぼろりと涙が零れやがった。今は授業中。本人は誰も自分を見てなんかいないと思ってるのだろうけど俺は見てしまったんだ。
いろいろ考えて油断していっぱいいっぱいになった結果が目から溢れてしまったことぐらい、もう何年も彼女を見てきたんだそれぐらいわかるさ。
あのもじゃもじゃにどうしようもないくらいイライラした。ぷちり、と突然紐が切れたかのように怒りが溢れてきた。俺だったら泣かせたりなんかしないのに、俺だったら、俺だったら、。

そんなこと考えても惨めなだけなことぐらい知ってるさ。
ぎり、と奥歯を噛み締めれば鈍い音が鳴った。





「なんかあったのか犬ヤロー」



急に降ってきた嫌な声に頭をあげればあの大嫌いなあいつが俺の机に呑気に腰を掛け見つめてくる。
てめぇには関係ねえだろ、と視線を外せばふーん、とそれ以上は聞いてこなかった。
それよりなんでこいつが此処に居るのか気になったが、周りから聞こえる話し声が今は休み時間なのだと知らせてくれた。
息をするくらい当たり前の様に、あの子に視線を向ける。呆然と空を眺めていた。


「……」

「…じゃあ話変えるけどよ、」



ちらりと、ヒカルの視線が俺の視線を追った。



「あいつはどうしたわけ?」



ヒカルが言うあいつとは空音ちゃんの事で間違いはないんだろう。
返事はしないで下を見る。上から笑い声が聞こえた。



「負け犬」

「あ?」

「そうやってテメーは自分の気持ちから逃げ続けてたらいいんじゃねえの?」

「何も知らねえ奴が横から口出してくんじゃねえよ」

「あぁ、なんにも知らねえよ。だけどお前が臆病な負け犬なのは俺でも分かる。負け犬は負け犬らしく尻尾まいて逃げてろや」

「んだと!!」

「いい奴ぶって自分の気持ち隠そうとしてんのイライラすんだよね。自分を変えようと努力もしねえで逃げてウジウジウジウジ。うぜぇんだよ」



言葉より先に手が出てた。ぶっ倒れるあいつ。騒ぎ立てるクラスメート。全部が全部人事の様に思えた。
マウンドポジションをとって、拳を振り上げる。あいつの口角が上がった。
何笑ってんだよ、何が可笑しいんだよ。負け犬で悪かったな。
あいつの顔面目掛けてそれ落とそうとした瞬間、



「やめなさい!!!」



よく透き通った声が聞こえた。その声の主は見ないでも分かる。
騒ぎ立てるクラスメートなんか目もくれず、彼女は俺の頬を遠慮もせずぶっ叩いた。瞬間冷えきった頭がゆっくり溶けて高ぶる感情が少しずつ落ち着いていった。
結局俺はまた彼女に助けられたんだ。俺は彼女になんにもしてやれてないのに。
"負け犬"俺にはその言葉がピッタリで、核心を突かれたからカッとなったのなんかもうとっくに気づいているのに。また俺は逃げ道を必死に探した。見つからなかった。



「ユキト、落ち着いてよ。話ぐらいあたしが聞くから。あんた朝から変だったよ?何かあったでしょ」

「…別に、」

「なんにもないわけないじゃん、あたしそんなに頼りない?」

「…いいから本当に、本当に大丈夫だから」



どんな状況でも彼女は俺の話を聞こうとしてくれた。周りから見たら今の俺はどう理由があろうと悪者なのに。
でも、言えるわけねえんだよ。原因が空音ちゃんに有るなんて言ったらきっと彼女は壊れちまう。悔しくて涙が出た。それを必死に彼女にバレないように下を向く。
するとぶっ倒れてた筈のあいつが立ち上がり俺の腕を掴む。振り払う気力なんてなかった。



「俺らの問題だから空音はちょっと待ってて」

「ヒカ、」

「話つけるから、待ってて」



そういってあいつは口端から零れた血液を拭い俺を教室から連れ出した。




思考停止
(大嫌いなあいつに悔しいけどありがとうと言ってやった。返事はなかった)




2012/0205

ひいいいいい遅れてごめんなさいいいいい。


next→音色