例えば、全然面識のないクラスメートが虐められていたとしたら。やめてくれって叫んでるのにみんな見て見ぬふりをしていたら。…私はどうする?

──…私は、どうする?



ふと鏡を見るとやつれた自分が写った。あぁ酷い顔。虚ろな目と半開きの口。私はなんでこんな表情をしてるんだろう。虐められてるのは私じゃないのに。

私は、私は、私は、

──…私はなんて無力なんだろう。










「私、絶対貴女から離れません」


桜井さんが真っ直ぐな瞳であたしに言った。その目はとても純粋で、思わず視線を逸らした。今の最低なあたしには眩しすぎた。
嗚咽混じりに泣き崩れた後、少し落ち着いてから優しく微笑んだ桜井さんは言った。


「何が空音さんを苦しませたのかは聞きません。空音さんも辛いだろうし…」


あんたのせいよ、なんて言いかけたがこの優しさには適わなくて言えなかった。鼻を啜るとポケットティッシュを差し出された。




「…どんだけあんたは優しいのよ…」


思わず漏れる本音。悔しい事に桜井さんは聞いていたようで、また切なげな表情を見せた。


「優しくないよ、私。私は本当に無力だから」


ただの謙遜だと思ったけど言葉の雰囲気が意味深で、聞いちゃ駄目な気がしたけど思わずどうして、と聞いてしまった。


「──…中学の頃、全然面識のないクラスメートが虐められていたんです。その子は助けを求めて叫んでるのに、誰一人助けようとしません。…私も、そのうちの1人でした」

「…」

「最近その子と再会したんです。雰囲気がガラリと変わってて最初は気付かなかったけど、確かにその子でした。その子は虐められていた自分が嫌でイメチェンしたそうです。私も中学の自分が嫌いなのに、その子みたいな変わる勇気がなくて…──私は無力で最低な人間です」



無力で最低なのはあたしなのに。

よく見ると目尻に涙が溜まっていた。

──…桜井さんも辛かったんだなあ、

かずおの言う、彼女の悲しげな表情の意味が分かった気がする。今高校生の自分が中学時代を思い出すのは不自然なことじゃない。特にかずおと喋っていれば中学の事とか聞かれるだろう。その度に彼女は無理に笑おうとしたに違いない。

──…でもね、




「かずおは桜井さんのこと気にかけてるよ」

「…え?」

「たまに悲しげな表情をするって心配してる」




どうしてだろう。
あたしは何故かずおの話をしているんだろう。分かんないけど、多分慰めの言葉なんだと思う。でも言ってるあたしは辛くなってきて。泣きたくなったけど頑張って堪えた。


「本当に仲良いですよね。──かずおさんはいつも空音さんの話をしてくれるんですよ」

「え?──」

「すごく楽しそうに、昨日の出来事とか昔の話とか。かずおさんの話にいつも引き込まれます」

「…」

「──私も空音さんとお友達になりたいな、なんて」


心臓がどくんと跳ねた。まさかかずおが桜井さんにあたしの話をしていたなんて、──桜井さんがあたしと友達になりたいなんて。


──あたしは最低な奴なのに、


「…本当に、あたしなんかで良いの?」

「はい」

「あたし最低な奴なんだよ?」

「そんなことありません」


「あたし…──」



涙が溢れた。
こんな子がこんな風に思ってくれていたなんて。


「わっ、空音さん!?どうしよう…泣くほど嫌だったのかな…」


違う、と頭を振る。
目尻に溜まる涙を拭えば眩しいピンク。あたしはそのピンクにこう言った。




「──あたしなんかで良ければ宜しくね。そして──本当にごめんね…」




ふわりと笑うピンクはまるで桜の花のようだった。





その夜、かずおに謝ろうとメールを送ったが返事は来なかった。






氷は春になれば溶けるのか?





12.0117
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