「たまに杏ちゃんって話してるとなんか悲しげななんとも言えない表情するよね」 「は?」 今日も長い一日がやっと終わり、かずおと一緒に帰っていた時だ。急に訳の分からない事を言い出すこいつにどう反応していいのか分からなかった。それよりもつい最近までは桜井さん、と名字で呼んでいたのに、今は名前で呼んでる事の方が気になった。 急速に二人の距離が縮まってる気がして、チクチクと胸が痛む。やっぱり好きな人には幸せになってほしいけど、あたしがこいつを幸せに出来たら、なんて。こんな自分勝手な考えはもう二度と戻って来ないように深い海にでも、ポイと捨てれたらいいのに。そんな簡単じゃない。 「気のせいじゃないのー」 「なんだよそれ!こっちは真剣にどうにかしようと思ってるのに!」 「あんたにどうにかできる訳?あんまり首突っ込まない方がいいんじゃない?踏み込まれたくない領域ぐらいあんたにもあるでしょうよ」 「俺は心配で…」 「ありがた迷惑って言葉知ってる?」 「なんでそんなに空音は冷たいんだよ…」 当たり前でしょう。あたしは目の前に居るあんたが好きなのに、そのあんたはあたしじゃない違う誰かの話をして。返す言葉が適当になってしまうのも、上手くいかないようにしてしまうのも。 こんな汚い性格してるから、かずおはあたしを見てくれないの?だったら治す事ぐらいあんたの為なら簡単な事なのに。 だいたいその桜井さんへの興味を少しくらいあたしに向けたらどうなんだ。長年一緒に居るのにあたしへの興味が低すぎるんだよばかたれ。油断すれば吐き出しそうになってしまう言葉を飲み込み、そっちの方が楽だからと告げた。 「空音?」 「だいたいあんたは優しすぎるんだよ。どこにも面倒なことにも自ら首突っ込もうとしてさ」 「なっ、面倒な事ってそんな言い方ねえだろ!」 「なに?違うの?さっきも言ったけどあんたみたいな馬鹿が首突っ込んだところで何の解決にもならないし余計にややこしくなるだけな事くらいまだ分からないの?」 いけない、と分かってても余計なプライドが邪魔をしてごめん、と謝罪出来なかった。謝罪しようとしてると悟られるのも嫌で無駄に動く口を止めようともしなかった。だからかずおはあたしをきつく睨みつけ、もういいと冷たく言い放ちその場を早足で去っていったのだ。 こんなの悪いのは全部あたしじゃないか。滅多に怒らないあいつが怒るということは本気で悩んでいたという事なのだから。 …それだけ桜井さんを想っているという事なのだから。 また胸がちくちく痛む。その原因は全てあたしにある。だからどうする事も出来なくて。あいつを追いかけてすぐにごめん、言い過ぎた、といえば済んだ話なのに。事をややこしくしてるのは紛れもなくあたしなのだ。自分で言い放った言葉が全て自分に返ってきた。 ああもう、最悪だ。 「最低だ、あたし」 自分が酷く情けなく思えて、涙が出た。ごめんね、と小さくつぶやいてみてももういないあいつにはけして届く事なんてないのに。 唇を噛み締め、どうにか涙を堪えようとしてもそれが逆効果のように更に涙が溢れてくる。それでも声を出さないようにとすれば、しゃくりあげてしまう。 もう重症なのかもしれない。 そんな時、トンと肩を叩かれた。 「空音さん!?どうしたんですか?」 ああ、なんて事だろう。 あたしの肩を叩いたのは皮肉にも彼がずっと気にかけていたあの女の子。 泣いてるあたしを見て酷く優しい音色で言葉を奏でる。それが今のあたしにはとてつもなく甘ったるくて。肩に置かれた手を思わず振り払ってしまった。 驚いた表情のあの子。あたしの心はかずおの言った通り冷たくなって、氷のようだった。それも鋭く尖った氷柱のよう。 あんたさえいなければ。 全ての原因をあの子になすりつけようとしていた。 「悪いけど、ほっといてくれない?」 「でも泣いて、」 「誰のせいよ」 「…え?」 「もういいからあたしに構わないでよ!!」 これ以上優しくされたらあなたを嫌いになれそうになくて。どうしようもなく怖かった。それなのに、それなのにあの子はあたしの手を強く握ってまっすぐあたしの目を見て言い放った。 「空音さんが泣き止むまで私、絶対貴女から離れません」 「なん、で」 「一人で泣くのなんてあまりにも悲しすぎるじゃないですか」 そう言って笑った彼女は何処か切なげで。かずおが先ほど言っていた事を今初めて理解できた。 "たまに杏ちゃんって話してるとなんか悲しげななんとも言えない表情するよね" なんでだろう。声を出すまいと我慢していたのに。そんなのとうに忘れてしまったかの様に声を上げて泣いてしまった。こんなの何年ぶりだろう。 ごめんなさい。それしか言葉が出なかった。 嫌いになれたらいいのに (かずおも、桜井さんも。それなのに皆あたしにはもったいないくらい優しくて、) 2012/01.01 空音の黒い感情書けたから満足です。 杏ちゃんまじ天使。 ← |