「ねえ、こないだ俺に馬鹿つったの空音だよね?」

「うるさいッ!」



止まらない咳、ずきずき痛む頭、終いには目眩も。
そうだ、ものの見事にあのモジャモジャ野郎に風邪を移されたのだ。
ニヤニヤと随分と楽しそうにしてる幼なじみは本当に薄情な奴だと思う。キッと睨みつけてもきっと全然効果なんてないだろうけど。



「弱ってる空音うけるわ〜」

「こんの野郎…」



病人いらつかせるとかこいつどういう神経してるんだ。早く学校にでも行きなさいよ、と口にすれば奴はきょとんとした顔であたしを見つめた。
まるで何を言ってるんだ、と訴えてるみたいで。



「今日、俺学校休んだよ?」

「は?」

「空音、両親仕事で遅いでしょ?だから俺が面倒みんの!大丈夫ユキトには伝えといたから!」



ああどうしようすごい嬉しい。それでも素直になれなくて、あっそ、なんて冷たくあしらった。
顔が赤くなってるのはきっと熱のせい、なんて思っていたら案の定変なところに敏感なあいつは、てっきりあたしの熱が上がったのかと勝手に勘違いをして、びしょ濡れのタオルをおでこにのせた。
物凄い勢いで水が目に入る。呑気に謝罪の言葉を口にするモジャモジャの頭を掴み近くに置いてあった水が並々入った洗面器にぶち込んだ。



「お前は絞るって事を知らねーのかあああ!!」

「ごめんなさいいい!」



本当、先が思いやられる。



―――……



「おい、そこのモジャ犬」

「…んだよてめぇまた喧嘩売りにきたのか」



机に突っ伏していた俺に降りかかった声は大嫌いなあいつの声だった。空音ちゃんの友達っていうから嫌々付き合ってるっつーのに。
俺にモジャ犬と憎たらしいあだ名をあいつが付けたのが3日程前。あだ名の由来はモジャというのは見たままだが、犬というのはどうやら空音ちゃんと一緒に居る時の俺が、ご主人に尻尾を振って擦り寄る犬みたいだったかららしい。本当ふざけてる。



「今日はお前一人なの?」

「うるせーよ、ヒカル。俺一人で悪かったな!」

「空音達は?」



馴れ馴れしく空音と呼び捨てにするこいつにイラつきながらも、風邪と一言呟けば目の前の茶髪はケラケラと笑い始めた。
なんで笑うんだよ、と聞いてもまだ笑いが収まらないのか返事はない。本当いちいちむかつく。
ひとしきり笑ったヒカルは涙目になった目を軽く擦り一言。



「なに?お前嫉妬?」



ぷちん。
俺のイライラが限界を超える音がした。



「てめ、まじふざけんなやこのクソガキ!」

「同級生だけどな」

「うるせーんだよ!ばーかばーか!」



荒々しく舌打ちをすれば、奴はそんなに気になるならお見舞いにでも行けば?と口にした。それはそれはとても名案なんだろうけど、彼女が俺じゃない他の誰かを想ってるのなんか一目瞭然で。
それがきっと今彼女を看病しているだろう天パなのも一目瞭然で。

本当は俺が彼女を幸せにしたいけど、それを彼女が望んでないのも一目瞭然で。

本当不公平な世の中だよ。



「…邪魔したくねぇもん、」

「はぁ?」



ヒカルの冷たい視線を感じながらもそのまま瞼を閉じ、俺は空音ちゃんの幸せそうな笑顔を思い出すのだった。



片想いの連鎖
(大事な彼女の幸せを願えなくなる日はそう遠くなかった)





2011/1125

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