「あー!!お前朝の奴!!」



もうHRも終わる頃だろう、と中庭を出てヒカル君と教室に続く廊下をのんびり歩きながら他愛のない会話を繰り広げてた時だ。
急にあたしのクラスから茶色の天パが飛び出してきたと思ったらこちらを指差して叫んだのだ。
中学の親友を朝の奴呼ばわりするなんてこいつはあたしに喧嘩を売ってるのだろうか。
反論の言葉を述べようと口を開こうとしたが、それはヒカル君によって遮られた。



「あ、あの時の…」

「テメッ!俺になんか言うことあんだろ!」

「髪、やべぇな」

「このやろっ!ちげぇだろ!命の恩人に感謝の言葉はねぇのかよ!」

「助けろなんて頼んでねぇもん」



目の前でどんどん喧嘩が白熱してきた。間に入って喧嘩を止めるのすら面倒くさい。だからといって放置する訳にはいかず、ただその場に突っ立って喧嘩を鑑賞してみる。
そういえばこんなに怒るユキトを見るのは初めてかもしれない、と思った。今日の晩御飯は何にしようか、と思った。どんどん思考回路がこの場とは掛け離れたところに向かっていた時だ。空音、と大きな声で名前を呼ばれ、肩がびくりと揺れたのを感じる。なんだか嫌な予感がしてきた。



「な、なに?」

「空音ちゃんとこいつどういう関係なの?なんで一緒に居るの!?」

「どうって…」



ちらり、とヒカル君に視線を向ければばっちり視線が交わる。
空音ちゃんってば!とうるさく喚くユキトがだんだん鬱陶しく思ってきた。
深いため息を一つ零すと、また騒ぐ。本当元気な奴…。



「…友達だよ」



え?と言う声が重なった。
ユキトは放心状態で相手になりそうにないからまた視線をヒカル君に向ければ驚いた表情をしていて。
え、なにこれ。これまさかあたしだけが友達とか思ってた、って勘違いパターン?
なんだか申し訳なくなってきて視線を下に落とす。瞬間、肩を掴まれた。
驚いて顔を上げればすぐにヒカル君の顔が。その目はキラキラ輝いてるようで。



「俺達って友達なのか!?」

「ぅえっ?ち、ちがうの?」

「まじでか!」



ヒカル君の迫力に圧倒されながも、まじですと口にすればにかり、と中庭に居た時みたいにはにかんだ。それにつられてあたしの口角も上がった気がした。



「ああああ!なんでだよ空音ちゃん!」

「…あんたの友達大丈夫?」

「だめかも…」



苦笑いを浮かべるあたし達。
そんな時、急に教室の扉が勢いよく開いた。
急な事に驚きあんだけ騒いでいたユキトもピタリと静かになる。扉から見えた黒い天パ。心臓が速く脈打つのを感じる。



「ユキト、さっきから何騒いで…、」



視線が交わった。あ、空音、なんて声が聞こえた。
どんな顔をしていいのか分からなくてすぐにまたそらしてしまう。あたし、今すごく泣きそうな顔してると思う。でもみんなにそれを悟られたくなくて下を向いた。
あたしの異変に気づいたかずおがこちらに近づいて来るのがわかる。



「空音、なんかあった?」



ゆっくりかずおの手が近づいてきた。触れるか触れないかのところでそれを振り払う。
今、貴方に触れられたらあたしきっとだめになる。
優しくしないで、あたしに関わらないで、と声をあげれたらどんなに幸せか。それができないのはきっとあたしが弱いからだよね。
ちらり、と視線を上げて見たら今まで見たことないような悲しそうな顔をしたかずおがそこに居た。



「あ、」

「かずおさん?」



凛と透き通った声が聞こえた。
さっきまでのかずおの表情も明るくなる。やっぱりあたしより好きな子だもんね。


手を伸ばせば届きそうなのに、あたしの伸ばした手は空を掴んだだけだった。



隣に居る事さえ
(もう難しくなってきてるのかもしれない)






2011/11.07

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