すれ違いぱっつち大好物すぎて1 | ナノ

ネオンに彩られ賑わう歌舞伎町をぎこちない足取りで土方は進む
「くそ、くたばれ天パ…ッ」
忌々しげに呟かれた声は微かに震えていて、眉間に刻まれた皺が何かを堪えるように深くなった
「解いてほしけりゃ、家までおいで」
補習とは名ばかりの放課後の呼び出し 息も整わない土方はあらぬ所にゴムを纏った指示棒を突っ込まれ、抵抗する間もなくベルトのような物…所謂貞操帯をつけられ、ご丁寧に鍵までかけられて。鼻歌でも歌い出しそうなほどに上機嫌な担任を土方は思いきり睨み付けた
「外せ変態」
「先生このあとすぐ会議だから無理」
これ部屋の鍵と地図ねとあっさり手渡された紙と金属片に呆けている隙に坂田はバサバサと手早く身支度を整えていく
「ちょ、」
「そんな遅くはなんないと思うけど、お前も先行って大人しく待ってろよ」
いい子にしてたらご褒美やるからと笑った坂田は乱れても尚指通りの良い黒髪をくしゃりと撫でてから準備室を後にした。残されたのは漸く落ち着き茫然とする土方と、くわえ込まされた異物と股間をきつめに拘束する黒いベルト。そして掌の上のやたら重たく感じる紙切れと小さな金属片だけだった。

しばし呆けていたものの銀八が職員会議に出てるのに準備室に人がいるのがバレたら不味いのではと思い至った土方は身支度を整えると重い足取りで学校を後にした。突っ込まれた指示棒は細く長さも銀八のそれより格段に短い。浅い位置で存在を主張するそれは今にも抜け落ちそうなのに尻の間を通る黒いベルトがそれを許さない。
「くそ…ッ」
のろのろと歩きながら土方は毒づいた。銀八の字でかかれた大雑把な地図を頼りに随分時間を掛けて辿り着いたのは寂れたスナックで。何度も地図と見比べどうやらこの2階であることを理解した土方はやっとの思いで階段を上りきり、震える手で鍵穴に銀色の鍵を差し込み回した。カチャリと小さな音をたてて開いた引き戸を控えめに開きその隙間に力の入りきらない体を滑り込ませ、漸く辿り着いた事に安堵しそのままずるずるとしゃがみこむ。少しだけ角度を変えた指示棒にびくりと体を震わせながら土方は噛み締めた歯の間から息を吐き出す。
(くそ、なんで、俺がこんなめに)

銀八とは、放課後に呼び出されては気紛れに体を重ねるような爛れた関係で。最初に掴まれた腕を振り払えなかったのは土方が密かに銀八に思いを寄せていたからだけれど、告げるつもりのない想いをひた隠し、そっと見つめるだけで満足していた土方にとって、銀八のとった行動は想定外で。目を白黒させながら、掴まれた腕は熱く、肉食獣のように鋭く燃えるような瞳に貫かれて土方の心を満たしたのは紛れもない歓喜で。暴れる土方をキスで黙らせた銀八はそのままさも当たり前のように土方の学ランに手を掛けて。
身体の奥を穿つ銀八の熱に上がりかけた悲鳴を噛み殺し、揺さぶられながら微かに掴んだ白衣の端。土方を抱きながら銀八がどんな表情を浮かべていたのか。声を抑えるのに必死だった土方にはわからない。でも、息も整わないままぐったりとソファに寝そべる土方の髪に指を絡ませた銀八が
「なぁ土方、また付き合ってくれない?」
とにたりと酷薄な笑みを浮かべて言ったから。それ以来、銀八の根城である国語科準備室に度々呼び出されている。なんの言葉もなく抱かれても、土方の気持ちは変わらなくて。むしろ叶うことのない想いを抱えているだけでなく、銀八に触れられる今の状況を好都合だと考え、軋む心を無理矢理押さえ込んだ。体だけがほしい訳じゃない。でも心まで願ってしまえば、疎ましがられてしまうのではないか。そう思ってしまえば、もう身動きはとれなくて。

「、くしゅッ!」
(……さむ、)
ずるずると玄関土間に座り込んで暫く、服越しに感じる冷たさに土方は身を震わせて慎重に立ち上がった。
(大体なんなんだ。あのヤロー)
家に、来いなんて。今まで一切、匂わせたことすらなかった要求で。そもそも銀八は土方にほとんど何かしろとは言ってこなくて。キスして、とか声だして、とか。ほんの数回言われただけで、しかも土方が拒否すれば無理強いはしなかったのに。
(こんな、強引な手、使ったことなかったのに)
最初ですら、土方に逃げるという選択肢を残しておいてくれたのに、今日の銀八はどこかおかしかった。土方に暴れる余力すら残さないように抱いてから途中で逃げられないように拘束具をつけて。そこまでして何故自分をテリトリーに引きずり込んだのか。
今まで徹底して、2人きりになるのは放課後の準備室で。教室でも廊下でも、銀八は拍子抜けするくらいいつも通りだった。思わず恨めしげな視線を向けてしまいそうになって気付く。そもそも銀八が自分を特別扱いする訳がないのだ。だって土方は銀八の恋人でもなんでもないのだから。むしろ学校で、担任の教え子、しかも男子に手を出したと知れれば教職すら失いかねない。他にも生徒に手を出して遊んでる最低野郎なら嫌いにもなれただろうが、それとなく観察していてもそれらしき影はなく。どういうつもりか知らないが、自分だけならいいか。と土方は口をつぐみ、いつも通りなんでもない風を装おうことを選んだ。ちょっと見ただけじゃわからないが、銀八が教師という職に誇りを持っていて、生徒たちを本当に大切にしていることを土方は知っていたから。土方がこの関係を隠し通す共犯となってしまえばいつも人気のない特別棟の奥にある国語科準備室は秘密の会瀬にうってつけの場所で、自然と土方もそこ以外での接触は極力避けるようになった。
だからこそ今日のこれはイレギュラーだ。なんで銀八が土方に手を出すのか未だにわからないが、それは学校内、正確に言えばあの準備室限定の話の筈で、自分のテリトリーに踏み込ませる為にここまでした銀八の目的が全く読めず、じわびわと不安になる。
(いいこにって、何してりゃいいんだよ)
いつまでも玄関に突っ立っていても寒いだけだし、自分にはここで銀八の帰りを待つ以外選択肢はないということはわかりきっているのに、中々一歩目を踏み出す勇気がでない。
ピリリリリ…
「ッ」
もだもだと立ち尽くしていればそれを見ていたかのようなタイミングでのメールに土方は文字通り飛び上がった
「…会議長引きそうだから、冷蔵庫のコーヒーでも飲んで、適当に寛いどいててだぁ…?」
メールを声に出して読み、ギリッと唇を噛んだ土方はさっきまで散々躊躇っていた一歩をダンッと怒りに任せて踏み出した。その際乱暴に脱ぎ捨てた靴を几帳面に揃えるところに土方の育ちのよさが表れているがそれを笑いながら指摘するだろう人はここにはいない。そのことが酷くもどかしい。人のことをこんな状態で放置してるくせに、呑気にコーヒー飲んでろとはどういうことだ。銀八の誇りであるが故に自分も護りたいと思った教師という職業をあっさり恨みながら土方は足音荒く(しかし階下には迷惑にならない程度に)短い廊下を突き進み、居間らしい場所の扉を開いた。
(う、わ)
一人暮らしにしてはやたら広い部屋には微かに甘いにおいが漂っていて、ローテーブルを挟んで対面に置かれたソファに何故か掲げられた糖分の文字。奥の机に乗っているのは学校の書類らしく銀八も持ち帰り残業なんてするのかと土方は目を見開きその脇に置かれたジャンプにああやっぱり銀八は銀八だと笑みをこぼした。あまり物色するのは悪いと思いつつ、思わずきょろきょろと周りを見渡せば、壁にかけられた白衣が目に入って。
「ふは、何枚持ってんだよ」
壁にかかった白衣は3着あって、どれもヨレヨレだった。思わず手にとって見れば銀八のあまいようなかおりが一層強くなった気がして。ああ俺は今、銀八の家にいるんだなと改めて思ってしまえば騒ぎっぱなしの心臓を押さえ込むのはもう無理で。
(ちょっとだけなら、いいかな)
きょろきょろと周りを見回し、誰もいないことをしっかりと確認してからおそるおそる両手で持った白衣に顔を埋める。銀八の腕に包まれているような錯覚にぎゅうと心が締め付けられた。
(帰ってくるまでなら、バレない…よな)
坂田がいつも身に付けている白衣にすり、と頬擦りした土方は、もう一度、そわそわと周りを見渡す。当然誰もいないのだがそれでもしっかり確かめてから土方は思いきったようにくたくたでヨレヨレなそれに袖を通した。
(うっ…わ)
まるで、抱き締められているような錯覚に陥りとすんとソファにへたりこんだ。重たいと思われたくないからと飲み込んだ気持ちは、触れられるよろこびと伝えられない悲しみともしバレたらどうしようという恐怖でぐちゃぐちゃにかき乱されてボロボロで、それをじわりと癒すようなあまい香りは強い意思に押さえつけられ強張っていた土方の心をそっと解してあたためて
(…あ、やばい)
ツンとする鼻の奥と熱い目の奥に、歯を食い縛る。
(駄目だ。ここで泣く権利は俺にはない。)
ひく、と喉が震える噛み締めた歯の奥がガチガチと震える
(心が駄目ならせめて温もりだけでも欲しいって手を伸ばしたのは俺の方だ)
目の前が水の膜でぼやけて全てが輪郭を失う
(泣くな。泣くな泣くな。もうすぐ先生が帰ってくる)
必死に込み上げる何かを堪えようとぎゅっと目を瞑れば、そんな土方とは裏腹に涙はぼろりとこぼれ落ち、息をした瞬間漏れたのは紛れもない嗚咽で。堰を切ったように溢れだした制御できない涙に、無意識に白衣を掴めばふわりとあまい香りは更に濃くなって。土方は銀八に抱かれて以来初めて声を上げて泣いた。失うことを恐れて身動きできない悔しさに、思いあうことのできない悲しみに、それでも好きだと諦められない歯痒さに声を上げて泣いた。ぼんやりとかすむ意識の中で、学校で散々銀八に泣かされたから、きっとバレないだろうことだけが救いだなぁと、そんなどうでもいいことを思った。