小さな体躯で、何をそんなに守ろうとしていたのか。俺にはわからないけれど。なんとなくその瞳が気になった。 愛玩動物らしからぬ何が酷く強い意思をその瞳に秘めた小さな獣。 小さな寂れた公園。そこでしゃんと胸を張って座る堂々とした姿が、その何かを強く想っているような瞳が、めんどくさいと思いつつも放っておけない自身の性(さが)を刺激した。 ある日、人々からその存在を忘れられたかのようにひっそりと存在するすっかり寂れてしまった小さな公園に、男が一人やってきた。 男は日に透けてきらきら輝く銀色の髪ふわふわと風に靡かせてベンチに向った。片手には大きめの紙袋。鼻歌が聞こえるところをを見るとどうやら上機嫌らしい。 「よう。元気してるか?」 ぼろぼろなベンチに腰をおろした男は、伸び放題の草むらに声をかけた。すると、ガサガサと音をたて、黒い毛に覆われた小さな三角が2つ、緑の中から現れた。続いて聞こえる「にゃあ」という声。男の前に、すらりとした黒猫が現れた。 「お、来た来た。今日銀さんパチンコで大勝してよお。機嫌いいからお前に昼飯奢ってやるよ。」 小さな獣が見上げるなかガサガサと袋を漁る男。猫のくせに足元に摺り寄るわけでもなく、喉をならすわけでもない。手を伸ばそうが餌をちらつかせようが決して媚びてこない猫らしからぬ黒い獣。でも、興味ありませんよとでもいうような態度が、警戒心を込めて男を見ていた琥珀のような瞳が、その手に握られた猫缶を見た瞬間に少しだけ期待に揺れたのを、男は見逃さなかった。 「ほらよ。」 コトリと音をたて、地面に置かれた缶詰。匂いにつられてかピクリと鼻が動いた。すぐにがっつくかと思えばそれでも頑なに動こうとしない猫。男はなにをそんなに意地を張るのかと笑いたくなった。 「せっかく持ってきてやったんだ。ちゃんと食えよ?」 わざと意地悪に食べ物を粗末にする気かと言外に問えば、う、と詰まった猫。そのいやに人間くさい動作に、男の笑みはますます深くなる。やはり好物の詰め合わせであるだろう缶詰の匂いに抗えないのか。猫は意を決したように、自分も昼食を。と再び袋を漁り始めた男に伺うような視線を送り、ようやく足を踏み出した。 昼飯であるイチゴサンドを頬張っているとなにやら視線を感じ、雑草生え放題の狭い敷地内を見回していた視線を下ろした。 いつの間にやらいつもより接近してきたらしい黒猫が戸惑いながらじっとこっちを見上げている。意図をなんとなく理解した男は「どうぞ。」と苦笑しながら一言言ってみた。するとまるで男の言葉がわかったかのようなタイミングで一声鳴いて、黒い猫はようやく猫缶に口をつけた。 人っ子一人いない荒れ放題な寂れた公園にちょくちょく通うようになって数ヶ月、最初は見向きもしなかったのに、これは少しは馴れてくれたということなのだろうか。なんてがっつく姿を見ながら考えて。 まぁ調子にのって無防備な背中を撫でようとしたら長い尻尾で叩かれたけど。 「いってーな、それが飯奢ってくれた奴に対する態度かよー。」 「に。」 「あーはいはい、食事中に手ェ出した俺がわるかったよ。」 ちぇっと口を尖らせた男…銀時はベンチにどっかり腰をおろして、猫缶に鼻先突っ込みながら勢いよくむさぼっている黒猫に目をやる。 パチンコで久しぶりに大勝した帰り道。たまたま景品に缶詰があったから、つい浮かんしまった小さな獣の姿。野良にしては毛並みがよく、行儀もよく。そして何よりプライドが高い。 最初はただ愛想のない奴としか思わなかった。 でも、酔いざましも兼ねて飲み屋からの帰り道に立ち寄ったこの小さな公園で、ボロボロになったもうずいぶん子どもに触れられてすらいないであろう遊具のてっぺんに座り、月を見上げるその小さな姿を見て、何故だか放って置けなくなった。動物にしてはあまりにも強い思いの揺れるその瞳から、目が離せなくなった。 だってしょうがないだろう。 なんで猫があんなに寂しそうな、哀しそうな、悔しそうな、それでいて何かを待つような、信じるような、複雑な顔をするんだ。 それでいて強い信念のようなものを感じたりしたら、気になるじゃないか。 まぁなんだかんだ言いながら、俺はこの可愛くない猫が気になって仕方がないのだ。 「ど?うまいか?」 「…に。(ハグハグ)」 「そんなに急がなくても誰も取りゃしねぇよ。」 「…(フガフガ)」 「おま、勢い増すなって。喉詰まるぞー。」 「…にゃあ(バシッ)」 「っだぁ!!余計なお世話ってか!とりあえず尻尾はやめなさい!なにその威力!!」 「…(プイッ)」 「ぬおおお!腹立つなお前!」 新八がいたら「なに猫とマジに張り合ってるんですか。大人気ない」とか冷めた目つきで言ってくるに違いないが公園には2人(?)だけ。止める人なんていない。 「ったく…お前さー、少しは愛嬌ってもんはねーのかよ。曲がりなりにも猫なんだろーが。」 缶詰がからになった頃を見計らい、すっと手を伸ばし黒い毛並みに触れた。一瞬体を強ばらせた猫は、なぜだかいつものように反撃してこない。 「なに、飯の礼かなんか?」 大きな手が頭を撫でるが、猫は不服そうな目をしながらも抵抗はしない。どうやら図星らしい。 「…ははは、お前義理堅いのな。嫌いじゃないぜ。」 「にゃあァ」 「お、気持ちいい?」 耳の付け根あたりを掻けば始めて甘えたような鳴き声があがった。それに気をよくした男が顎辺りを優しく撫でれば猫はぐるぐる喉を鳴らしながらすっと目を細めた。 (なんだ、意外とかわいいとこもあるんじゃねーの。) と、思った次の瞬間、銀時の手に、鋭い痛みが走った。 「いってええええ!!」 慌てて右手をみやるとゴロゴロいっていたはずの猫が自分の手に、思いきり噛みついていた。 「ちょ、なんなわけ!?やっとデレたかと思えばまさかのツン!?いだだだ!わかったから調子のって悪かったから離せ離せ!爪までたてるなぁああ!」 ブンブンと振り回すがご丁寧に爪まで立ててしがみついてきた小動物はなかなか外れてはくれず。振り回しはしたものの振り回すだけ鋭利な爪でしがみついてきてかえって傷が増え逆効果。漸く気がすんだのか黒猫が地面に降りた頃には右手は腕まで傷だらけになっていた。 「ったくよー。なんなわけマジお前よー。」 ひりひりと痛む腕に、銀時は黒猫をじとりと恨みがましく睨んだ。力づくで剥がそうにも動物相手に本気など出せるわけもなく。ただゴロゴロ鳴かせただけでこれほどの仕打ちをうけたのはどういうことか。 「にゃふ」 「あ、ちょっ待てコラ!」 だが自業自得だろうて鼻で笑った猫はさっさと草むらに潜ってしまった。銀時は猫に向けて伸ばした手からだらりと力を抜き、はぁとため息をついた。 「ったく、素直じゃねーよなーアイツ。」 ゴロゴロとのどを鳴らすとき、アイツはとても嬉しそうにすりよってきた。が、しかし。突然我にかえったのかはっと目を見開き次の瞬間力の限り銀時の手に噛み付いたのだ。つまり、 「照れ隠しにしちゃ強力すぎやしねぇか…?」 痛む腕を擦りながら銀時が思わず呟いた。 強情っぱりな上にツンデレらしい黒猫は、きっと今日はもう自分の前には出てこないだろうから、今日のところは帰るとしよう。 「くっそー…いつか絶対膝の上でゴロにゃん言わせてやる…。」 (そっちが意地でも甘えようとしないと言うならこっちも意地だ。いつか絶対自分にすりよってくるようにしてやる!) なんか色々間違った決意を胸に、銀時は紙袋を取り踵をかえした。 「また来るからなー。」と傷つけた罪悪感からこちらを窺っている猫がいるであろう草むらに言葉を投げて。 |