『エレベーター』で【CD】【隣で】@銀誕2012 | ナノ

10月9日。久しぶりの非番を明日に控え、久しぶりに銀時と呑みに出掛けた。

「ちょっと待ってろ」
「おう」

ふわふわと地に足が着いてないような感覚に、嗚呼、結構酔ってるなと自覚する。これからすることも踏まえるともう少し酒の勢いを借りたかったが、そうなると別のところに支障が出そうだったので堪えた。こいつと熱を分け合う行為は嫌いじゃない。

「3階だってよ」
「おう」

別に、明日が非番なのに大した意味はない。本当に偶然、休みが重なっただけで。

「なに、どーしたのお前。今日なんかへんだぞ」
「別に」

エレベーターを呼び、ここまで来る途中にコンビニで買った酒、ゴム、その他諸々の詰まったビニール袋を持ち直すと不意に隣り合った肩が触れて。ぴくりと体が跳ねたのに目敏く気付いた坂田にうっすら赤い顔で覗きこまれ、反射的にぐいと顔を押し返した。鼓動が駆け足になるのはとりあえず無視してタイミングよく来たエレベーターに駆け込み閉のボタンを連打した

「ちょ、待て待て待てって!」

一瞬呆けた坂田が慌てて扉を掴む様に満足して開のボタンを押してやった。




モノクロの世界から連れ出された先の世界は眩しくて、でも柔らかい声が優しい色の緩やかな音を紡いだから、あの人の声は不思議と心を鎮めてくれたから。ここには怖いものは入ってこないと教えてくれたから。その声の届く範囲、平穏な日だまりのゆりかごの中では握りしめていたろくに切れもしない刀から手放して微睡むことができた。
今でも時折口をつく、昔、先生が歌ってくれた唄。もう歌詞も朧気だけど、絶対に忘れない緩やかな旋律。今でもごく稀に思い出したかのように見る夢。冷たい亡霊の幻想に追われて飛び起きて、寝巻きの甚平が寝汗でぐっしょりで闇夜が底無しに暗くて心身ともに凍りつきそうな時にすがるように口ずさむ。そしてあたたかな日だまりの夢が見れることを祈るのだ。

「おい、…これ、受けとれ」
「なにこれ」
「…お前が歌ってる歌の、原曲焼いたCD」
「へ」
「たまに口ずさんでるから気になって、その。…調べた」

つい先程まで自分の下で啼いていた土方が拍子抜けするほどそっけない態度でコンビニの袋から取り出したのごく普通の白いCD。歌詞すらないそれを、どうやって特定したのか気になるがそれよりもこいつが気にするほど口ずさんでいたことが少し気恥ずかしい。

「俺も人が歌ってるの聞いただけだし原曲とか知らねーし、調べてくれたのは素直にありがたいけど、うちにCDデッキがあるとお思いかコノヤロウ」

音楽なんて娯楽を楽しめるような財布事情ではないことは知れている筈なのにと怪訝な顔をして見せれば、煙草の煙をそれはもう旨そうに吸い込み吐き出したイケメンは何気なくを装って慎重に、ごく軽い調子で言い放った。

「うちにはあるから聞きたくなったら聞きに来ればいいだろ」

いつでも大丈夫だから、聞きたくなったらCD持って俺んとこ来いよ。

「………じゃあ、せっかくだしお言葉に甘えさせて貰うわ。さんきゅーな」

ぐわっと気持ちが爆発して、そう言うだけで精一杯だった。思わず叫びそうになって思わず頭を打ち付ける勢いで枕に突っ伏した。ちくしょう、これだからイケメンは。これ以上惚れさせてどうするつもりだ。

「おい、坂田?」
「ンでもねーよ、…シーツとか替えとくから、シャワー先行けば」
「あ、ああ…?」

ペタペタと足音が浴室に消え、水音が聞こえだしたのを確認してからバタバタと乱れたままのシーツの上で悶えた。なんなの、なんなのアイツ。どこまでイケメンなの。
愛しいと、大切だと思えるものが全て指の間から零れ落ちる夢はたまにしか現れない癖に一旦出てくるとなかなか拭い去ることの出来ない代物で。冷えきった心身は暗闇の寒さを忘れるために無意識のうちに温もりを求めてしまう。精神はあたたかな記憶を、肉体は生きている命の温もりを。冷えてぎこちない手が温もりに触れてしまえばもっともっとと貪欲に貪ってしまって、土方に無理をさせてしまうこともたまにあって。
悟いアイツはたぶん夜中魘され飛び起きる俺に気付いていて、原因もなんとなく察しがついていて、でもなにも言わずに惜しみ無く温もりを与えてくれる。女々しく臆病な俺にを受け止めてくれるのだ。怖い夢を見た、なんて子どもじみた馬鹿馬鹿しい理由で眠れない俺に、それなら自分のとこに来いと口実まで用意してくれたのだ。

「…誕生日プレゼントにしちゃ、豪華すぎやしねーか…」

恐らく赤くなっているであろう顔を枕に埋めて呟く。そろそろ色々取り繕わないと、土方がシャワーから戻ってきてしまう。

「全部お見通しで、甘やかされるとか、くそ、恥ぃ」

がりがりと髪をかき回しながらふて腐れたように呟かれた声は枕に吸い込まれて消えて。シャワーから戻った土方を素直にお礼を口に出来ない坂田が無言のまま力一杯抱き締めるまで、あと3分。