3月3日 | ナノ





「よ、多串くーん。お疲れー。」

障子をあげると、副長室であるはずの俺の部屋に、見慣れた銀色。


「なんで、てめーが、」


2月の半ばを過ぎたあたりから急激に増えた小さな事件の数々。武装警察の仕事かと問いたくなるくらいに些末なそれに比例して急激に増えた書類仕事に追われた俺は、とにかく疲れていた。まぁ書類仕事急増の要因の大半は、早くも大気中を舞い始めた花粉に苛立っているらしい一番隊隊長なのだが。

まぁ、それは置いておくとして。俺は、不本意ながら書き慣れてしまったバズーカによる建築物破壊の報告書などを差し引いても、春先はもう少し先だろうが何を先走って浮かれてやがるなどとうっかり罵倒の言葉が脳裏を過ぎる程度には、疲れていたのだった。

手を休めるとその度に高くなるような錯覚にさえ陥るうず高く積まれた書類の塔と迫り来る期限。
それに対して頭を使う書類仕事が出来る人員は大所帯である真選組屯所内で、皮肉な程に少なかった。

ちなみに、ここ数日不眠不休で塔に戦いを挑み見事打ち勝った俺は今日、実に数週間ぶりの非番だ。


「オイ、マジで何で来たんだお前。つーかどうやって入った。」


何も言わず俺を見つめてくる紅い瞳。些か居心地が悪くなって睨み付けながら再度問うと


「んー?仕事に追われる副長さんに、季節感的なものを差し入れに来た。」


よくわからない答えが返ってきた。


「ア?」

「や、だから、」


はい。土産。といって差し出されたのは小さな袋に入った、色とりどりの丸い物体。


「んだ、コレ…あられ?」

「大正解。ひなあられでぇっす。」


ピンポンピンポン大せーかァい。などとおどけて見せる男に、唐突に理解する。


「今日、桃の節句か。」

「そうそ。神楽がお雛様欲しいってごねたけど、流石に雛壇は買ってやれねぇから食べ物で釣った」


これはその余り。笑う男に、桃色の髪を揺らし、いつも部下と対等にやり合う少女の姿が目に浮かんだ。そういやチャイナは女だったな。などと疲労で回らない頭で本人が聞いたら眉を吊り上げて暴徒となりそうなことを思った。




「随分と弱ってんじゃねーか。何、仕事そんなに大変だったの?」

こっちおいで、と広げられた腕。いつもなら誰が行くか変態などと叫び暴れだす土方が大人しく正面に腰を下ろしたので銀時は軽く目を見開いた。

団子屋で会った山崎や沖田に聞いてはいたが、ここまで弱っているとは思わなかった。顔色はよくないし、隈も濃い土方は、一目見てわかるほど疲れていた。


「まぁな、春先は浮かれたバカどもが陽気に誘われていらん事件を起こしやがる。」


切り返しにもいつものキレがない。ぼんやりとした表情での時々欠伸を噛み殺している。


「ったく、そんなになるまで一人で頑張るなよ。ゴリさんとかにも分担しろよ。」


殊更呆れたように言葉を重ねれば、土方の顔が僅かに歪んだ。

「なんだ、お前。そんなことを言うためにわざわざ忍び込んだのかよ。」


ご苦労なこって、と続けて吐き出された言葉には、ほんの少しだけ、悲しそうな色が混じっていた。

「つーか出てけよ。見ての通り俺はここ数日まともに寝れないくらい働いて疲れてんだ。」

「うん。知ってる。」


顔を見ずに苦々しげに吐き出した言葉を、銀時はあっさりと肯定した。


「な、ん」

「だから来たんだもん。身心ともに疲れて弱りきった副長さんを癒してやんのは万事屋兼恋人の銀さんの役目でしょ?」


だからお前は思いきり甘えなさい。ぐいと体ごと引っぱられ倒れ込んだ甘いにおいのする腕の中。

いきなりのことで土方が反応できないのをいいことに銀時は煙草のにおいが染み付いた硬く強張った体を優しく、柔らかく抱き締めた。


「は、はな、せっ!」

「ホントはよぉ、バレンタインからこっち仕事仕事ってそればっかで構ってくれなかった副長さんに、なんかさせてやろっかなーとか考えてたんだよねー。」


回された力強い腕に気づき漸く動くようになった頭を必死に回転させて、なんとか絞り出せた抵抗の言葉は、甘くて暖かい低音にじんわりとはね除けられた。


「なのにお前ヘロヘロだし。ったくよぉ、お前もうちょい気楽に生きろよ。」


まぁ、お前がそんだけ頑張らなきゃ気がすまないってのもわかってるし、そういうとこも含めて惚れちまったから仕方ねーんだけどよぉ?あれ?コレ俺総負けじゃね?

腕ごと抱かれているため塞ぎようがない状態で、べらべらと語りだした銀時。何を言い出すかと思え、ば。

「〜っな、なんっ!?」


一気に顔に熱が上がった。



「なん、なんだお前、い、いきなり何抜かしやがる!頭でも沸いたか!?」


言いながら我ながらサムイかななんて思いつつも口をついて出てしまったセリフは、意外とうぶな副長さんには効果覿面だったらしい。一瞬で真っ赤になった土方は、どうにか俺の腕から抜け出そうとジタバタもがきだした。まぁ、予想はしてたから逃がさないようにするのは簡単だったけど。


「ひっでーの。銀さんこーんなに土方の全部が好きだって言ってんのにー。」

「すっ!?ちょ、わっ」


おどけながらグイグイ土方に擦り寄る。俺からしたら赤くなった顔に浮かぶ表情を見ないためだった(見たらついうっかり手を出してしまいそうだ。)。だが、俺が擦り寄ったことにすら照れ、照れたこと自体が恥ずかしくなっちゃったらしい土方は、顔を羞恥で真っ赤に染め、ぎゅぅと俺の着流しの裾を握りしめると、そのまま小さくふるふる震えだしてしまった。


「…っ、」

「ひ、ひじかた?(おいおいおーい、やべぇよ。何コイツ。なんでこんなカオしちゃってんの?なんでこんな可愛いわけ。アレか?純情乙女気取りか?…あながち間違いでもねぇから困るな。…せっかく銀さんが珍しく大人しく寝かしつけてあげようとか思ってんのになんなのコイツ。小悪魔気取りかコノヤロぉおおお!)」


銀時、心中の動揺を隠せず声が裏返ったうえ、覗き込もうとして顔を近づけたらそれにすらピクリと肩を跳ねさせる土方にムラムラしっぱなしである。


「土方。」


ほとんど無意識に名前を呼ぶ。土方はおずおずと顔をあげ、あまりに近かったためか慌てて俯いてしまった。あーもう、なんなでこんなに可愛いわけ。

銀時は少し笑って土方の黒髪を撫でた。


「今はなんもしねぇから、早く寝ちまえ」

「え…」


意外そうな声が上がったからつい調子に乗って「それとも、なんかして欲しかった?」とか聞いてみたら「っ、くない!」と斬られてしまったが、耳が隠しきれないくらい赤かったから照れ隠しなのがバレバレだった。


「まぁ、埋め合わせは…ホワイトデーにでも。期待しとくしね。副長さん」

「え、」

「あ。それはそうと今日さ、夕方からでいいからうちに来いよ。ちらし寿司作るから、皆で一緒に食おうぜ。」

「い、いのか?」


付き合いだしてから度々万事屋に足を運んでいるが、土方が新八や神楽と遭遇したことはまずなかった。


「いいもなにも、コレ言い出したのアイツらだかんね。」


なにが銀ちゃんだけトシちゃん独り占めはズルいアルー!だ。と、苦々しげに吐き捨てた銀時だが、その顔は明らかに本気ではない。


「で、どう?銀さん特製ちらし寿司食べに来る?」

もれなく騒がしい食卓が付いてくるけど、ガキどもは大喜び。ちょっと不服そうに口を尖らせながらでもおいでよと誘いをかける口調は暖かい。


「…い、く。」


いいのか、と迷いながら、正直な口からポツリと零れた返事は、銀時の優しい笑みに拾われたのだった。