嗚呼、終わった、そう思いながらタイルを見つめる。目の前で泣いたから、呆れられてしまったのだろうか。沈黙が痛い。というか掴まれた腕が痛い。でもこの手を離されたらもう触れてもらえないのだと思うと何も言い出せなくて、次に何を言われるかという恐怖で足がすくむ。そっと伺うと先生は滅多に見せない本気で怒った時の表情で、口を開いた。 「…んなわけねぇだぉろが、この馬鹿ッ!!」 ビリビリと痺れるほどの、声。気が付けば先生の腕の中で、痛いほどに抱き締められていた。 「…せんせ、ぬれちゃいます。はなして」 何を言われたか理解できなくて、とりあえず先生の服にじわじわと水分が染みていくのが申し訳なくてどうにか腕の中から逃れようと体を捩るが、逆にもっと強い力で締め付けられてどうすることもできない。密着する体温にそういえば俺今すっ裸じゃんと今更思い出しカッと顔が熱くなる。 「なんで、俺がお前捨てるとか思ったの」 肩を掴まれ射抜くような真剣な眼差しで覗き込まれる。絞り出した声はやっぱりみっともなく震えてしまった。 「だって、あそこで、止めるってことは、…っやっぱ男は無理って、こと…でしょう?」 口にしたらもう押さえきれなくて、ボロボロと涙がこぼれ落ちた。いやだ、こわい。恐怖と絶望でがくがくと膝が震える。何でさっきは諦められるなんて思ったんだろう。俺は、こんなにもこの人が好きなのに。この人の傍にいれなくなるなんていやだ。好きだと告げて少し照れたような笑顔で頭を撫でてもらえなくなるのが死ぬほどこわい。ふと先生のシャツに指先が触れる。はなさなきゃという思いとは裏腹に、指先には力がこもる。やだ、はなしたくない。せんせいおねがい、すてないで。いらないなんて、いわないで。情けなくすがりつく俺を見て先生が言いづらそうに口を開いた。 「…俺がみっともなくがっついたからやっぱ怖くなって出てこれなかった…とかじゃないのね」 ぼそりと独り言のように呟かれた唐突な言葉になんのことだと目を丸めると、先生は、はーっと長いため息を吐いた。 「お前がガチガチに緊張してたし、俺も突っ走りすぎたから、一旦間を空けて落ち着こうと思っただけで、手放す気なんかさらさらねーよ。…悪い、そんな不安にさせるとか思わなかった」 項垂れてた頭の上にずしりと加わった重み。どうやら俺の頭の上に顎を置いたらしい先生にぽんぽんと背中を叩かれる。 「え…」 先生が、謝った? 「あーもーホラ。先生そろそろ限界だから早く泣き止めって」 ガリガリと銀髪を掻き回す先生に慌てて目を擦ると、赤くなるからやめなさいと手をとられた。思わず顔を上げると慈しむようなやさしい瞳にかち合って、ぎゅっと胸が締め付けられる。 「…あの、せんせい」 「なぁに?」 「おれ、きもちわるくないですか」 「へ?」 つい、口をついてこぼれ落ちてしまった言葉。ぽかんと口を開ける先生にしまったと思ったが、止められなかった。 「俺、男だし、骨張ってて固いし、胸なんてないし、余計なもんも、ついてるし、子どもなんて出来ないし、なのに、なのにせんせいとえっちなことしたいって、全部全部先生のものにしてほしいって思うんだ。告白して、受け入れてもらえて、それだけで十分だって、満足しなきゃいけないってわかってるのに、俺、わがままで。もっともっと先生の近くにいたくて、もっともっと先生がほしくて。どんどんよくばりになってっちゃって、」 やっぱ俺、へんなのかな。言いながら、恥ずかしくて恥ずかしくて気が変になりそうだった。涙は止まったけど情けない顔のままこんなこと聞いて引かれちゃったらどうしようとは思ったけど、聞かずにはいられなくて。好きだと気づいてから、俺はどんどん欲張りになっていって、もっと俺の方を見て欲しいとか、もっと俺に笑いかけて欲しいとか、もっと…俺に触れて欲しいとか、そんなんばっかで。もっともっとと叫ぶ心を押さえつけておくのももうそろそろ限界で、こんなによくばりだって知られたら嫌われちゃうかもしれないって思ったら怖くて動けなくなった。俺ばっかり怖がってるなんていけないって、わかってるのに。 「なんだ、そんなこと?」 軽い口調にカッとなる。勇気を振り絞らなきゃ聞けなかったことを、そんなことだって? 「先生ッ……ひぇ?!」 「あのさぁ、先生限界だって言ったよね?」 ぐい、と腰を引かれ体が密着する。押し付けられたのは、熱くて固い塊。ゴリ、と股間を押し付けられた瞬間頭が真っ白になった。 → |