花屋坂田と土方の話 | ナノ

「結局、あなたはまだ縛られてるんだわ」

誰かのかわりなんてまっぴらよ。傷付いたような瞳のおくに冷たい光を灯して女は土方を睨んだ。ゆるゆると顔をあげる土方が何が起きたかわならないという表情を浮かべているのを見た女は、最後にさよなら、と吐き捨てて恋人は部屋を出ていった。しんと静まり返った部屋はひどく寒々しく、散らばった写真を拾い集めようとしゃがもうとしてはじめて彼女に張られた頬が熱を持っていることに気付いた。

「あれ、多串くんじゃん」

町外れの墓地に続く坂道の手前。小さな花屋に立ち寄ると、現れたのはエプロンをかけた銀髪の男。前髪を苺のゴムで括った姿にふざけた名前につっこむ気力も失せ、適当に包んでくれと紙幣を差し出した。

「なに、また女の子にフラれたの?」

さくさくと花を選びながら苦笑と共に寄越された言葉に思わず噎せる。煙草どっか変なとこ入った

「あららー図星?モテる男も大変だねぇ」

茶化すような口振りとは裏腹に、丁寧に花を扱う指先に。気づけば口を開いていた。

「過去にしがみつく男はみっともねーとさ。代わりになんか、したつもりなかったんだがな」

昔の写真が見たいとねだられ、アルバムを引っ張り出した。少し色褪せた世界で笑いあうのは、幼かった俺と幼馴染みたちと、儚げな栗色の髪をした少女で

「まぁアレだろ、ミツバちゃん…だっけ、その子のことそれだけ大事だったんだろ」

病弱な彼女が逝ってしまって数年。息が詰まるとここへ来てしまうのは何故なのだろう。

「ずっと一緒にいた、互いに好きだった。でも、それだけだ」

何よりも大切で、でもだからこそ手を伸ばせなかった大切な思い出。今までの恋人たちを彼女と重ねたことなどない。なのに別れの言葉は決まって「他に好きな人がいるんでしょ」だの「誰かの代わりは嫌」だの。正直ミツバへの好きと恋人への好きは種類が違う。記憶の中のミツバは綺麗なまま色褪せない。想いは時間をかけて大切な思い出に昇華されている。

「ならアレだ。お前が思い出大切にしすぎてっから、彼女たちが妬いちゃったんだろ」

それをみっともないとは言わねーが、彼女たちは我慢できなかった、そんだけのこったろ。ミツバちゃんに敵わないから勝手に八つ当たりしてんだから気にすんな。てかもっと懐のでかい奴選べよなーお前も。なんでもないような口調でつらつらと言われた言葉にひゅ、と喉が鳴った。確かに、告られてなんとなく付き合い始めた恋人たちは別れ際、なんで私を一番にしてくれないの、とそう言っていた。恋人を大切にしなかった訳では決してないが、でも彼女たちが土方の心を強く揺さぶるようなことはなく、土方の彼女たちへの思いが何よりも大きく膨れ上がることもまたなかったのだと気付いた土方は、ぱっと目の前に現れた鮮やかな色に、思わず目を瞬いた。

「そんな暗い顔で来られてもミツバちゃんが迷惑すんぞ」

折角の色男も台無しだと笑う男に余計なお世話だと言いながら花束を受けとると、銀髪は毎度ありとやわらかく笑った。どきりと跳ねた心に、首をかしげる。思えばいつも、花を待つ間の何気ない会話でやたら心が軽くなっているような気が、する。

「なぁ多串くん」

ふざけた名で呼ばれ思わず振り返ると、目の前に差し出された一際鮮やかな、赤。どこか見たことのあるような夏の花に反射的に受け取ってしまった土方に、男はこれは、俺からお前に。と笑みを深めた。

「お前の一番、俺が奪ってやるから、それミツバちゃんにあげたらもっかい寄ってくんない?」

お前だっていい加減、なんとなくの恋なんて飽きただろ?瑞々しくも生命を燃やしながら輝く赤と同じ目をした男が、見たことのない顔で挑発的に笑った。