クローン的な いちっ | ナノ
「おい山崎、もう一回説明しろ」

江戸から数時間のところに存在する荒れ果てた山村。人が捨て去ったそこにテロ組織が居を構えたという噂を受けて数日。手元にある小学生のような報告書に一瞥もくれることなく、真選組副長土方十四郎は煙草の煙と共に言葉を吐いた。

「副長、確かに俄には信じがたい話かもしれませんけど、確かなんです。」

山で遭難した風を装って潜入した山村には、確かに攘夷浪士と思わしき一団が蔓延っていた。村の入り口に立っていた見張りだろう如何にも破落戸然とした男に少しだけ休ませてもらえないかと話すと男は面倒臭そうな顔を隠しもせず山崎をねめつけた。
流石に図々しすぎただろうかと内心臍を噛んだ山崎だが、水を汲むことだけは許され、村への浸入に成功したのだった。

「その時見かけた中に何人か知った顔がありました」

それは攘夷戦争終盤、高杉や桂たちと共に戦っていた者たちだった。殺伐とした雰囲気に恐れをなしたように水の礼を告げ足早に村を後にした山崎は数時間後、闇に紛れてまた村へと舞い戻った。山賊紛いの方法で近隣の村から強奪してきた酒をかっ食らう汚ならしい男たち。酔いに任せて大声で喚く様は動物園の動物のほうが数段上品に見える。この男たちには今すぐに事を起こす力はない。昔の威光にすがりつきたいだけの大したことない小物だろう、そう判断した山崎は耳に飛び込んできた言葉に小さく息を飲んだ。

「この、○○たちは、かつて高杉や桂の元で戦場を駆け抜けた者たちです。彼らの狙いは、再び戦を起こし、天人を排除すること。しかしその目的よりも仲間たちの無念を晴らすためにと刀を取った者が多いようで、今すぐ派手に行動を起こすような兆しはありませんでした。どうやら仲間を増やしてから事を起こす狙いのようです。そしてその為に、どうやら先ずは仲間を募るための旗を掲げることにしたらしい。」
「ほう、そんなに求心力のある野郎がいたか?」

皮肉に笑う土方。しかし山崎の表情は神妙そのもので。

「…血で血を洗う戦場で敵味方から恐れられた男がひとり」

ぴく、と煙草を持つ指先が微かに震えた。

「白夜叉。戦場を駆る白い鬼神。ソレを崇める者も少なくなかったそうです。」

国にすら見捨てられ絶望に満ちた戦場の先陣を、高杉や桂とともに率い続けた伝説の志士。畏怖を抱かせるほどに強く気高い鬼神。

「奴ら、方法は定かじゃありませんが、白夜叉復活を企んでいます。」

もう一度立ち上がる為の旗印として、白夜叉を甦らせるつもりだそうです。

「その為に、憎むべき天人と取引をして足がついたんだから本末転倒もいいとこですが。」

苦笑を溢す山崎を横目で見ながら土方ははぁ、と重々しくため息を吐いた。どこまでも詰めの甘い奴らだ。

「決行は」
「来週の夜、山中の湖で行われるそうです」
「業者と奴らの周りを徹底的に洗え。取引を叩き潰すぞ」

はいよと山崎が頷くのを一瞥し土方は立ち上がる。

「あれ、どちらに?」
「明日はオフだ。酒飲んでなにがわりぃ」


わかって言っているだろう山崎を適当に流し自室に戻り手早く着流しに着替えると足早に屯所を後にした。目指すは待ち合わせをしている赤提灯。相手は銀色頭の飲み仲間だ。

「なぁ、お前最近なんか変わったことないか」
「えー?最近?…土方くんが遊びに誘ってもOKしてくれるようになった?」
「あほか」

他愛のない軽口に土方はそっと張り詰めていた緊張を解いた。

「なぁにーお仕事?」
「まぁそんなもんだ。ちょっと気になる話を耳にしたんでな」
「俺絡みで?銀さん最近真面目に働いてるって土方知ってんだろー?」
「確かに最近大家からの逃走劇とか聞かねーな。」
「お前に奢られてばっかじゃアレだしな。たまには割り勘出来るくらいの甲斐性をだな」
「は、そこは奢るくらい言えよ」

ぽんぽんと小気味いい軽口の応酬。飲み屋で最初に出会したのはいつだっただろう。何度も何度も遭遇し嫌みの応酬をして店を変えていたのは最初だけ。あまりに店の好みが会うのかいつしか避けるのも角突き合わすのもバカらしくなって。今では当たり前のように非番前日に飲むようになっていた。

同年代でこんな風に肩の力抜いて気軽に酒を交わせる奴なんていなかったから、少しくすぐったい気持ちともちあがる口の端を隠すため、土方はグラスに並々注がれた酒を一気に飲み干し、

「あ、オイ、それ度数ヤバッ、」

ぐにゃりと歪んだ視界に、焦ったような銀時の顔。そんな顔も出来んのか、なんて思いながら。掴まれた腕の熱にこっそり跳ねた心臓に気付かないふりをした。




暖かい、優しい指先が頭を撫でる感触で、意識がゆっくりと浮上した。
お前髪の毛サラッサラだよなー少し寄越せなんて嘯く蜂蜜でも滴ってんじゃねーのかってくらい甘い声と匂いに嗚呼、夢かと納得する。きゅ、と暖かい指先を捕まえるとびくりと跳ねた肩にむっとした。夢の中でくらい、甘えてみたってバチはあたんねーんじゃねーのかよ。

「ひじかた、お前起きて、」
「…バカ共は必ず俺が止めるから。てめーは大人しくしてろ。いいな」

指先に力を込めると銀時はひゅ、と小さく息を飲む。カウンターに突っ伏したままの傾いた世界で、暖かな色の中にいるこいつをまた、冷たい戦場に連れ戻そうとする奴がいることに無償に腹が立った。

「てめーは、あったけー場所で馬鹿みたいに騒いで、護りたいもん護って、だたただ笑ってりゃいーんだ。それでいーんだよ」

ぐらぐらと揺れる視界。アルコールでぼやけた夢うつつの境界線でこぼした言葉。銀時がどんな反応を返したか見ることなく、土方の意識は心地よい眠りに吸い込まれていった。

「たまに俺と飲んでくれんなら、お前の世界は壊させやしねぇよ」

土方の口から零れ落ちた消えそうな音で紡がれた言葉は、土方自身の耳には届かなかった。

「ばぁか。俺はもっとお前と一緒にいたいよ」

飲みに行くだけなんて、生殺しもいーとこだっつーの。もっとじっくり攻める予定だったけど、お望みとあっちゃ仕方ないよね。覚悟しろよ、土方くん。そっと掻き分けられた額に触れた唇は、うっすらと笑みの形を作っていた。