クローン的な にっ | ナノ
「なー、とーしろ。しょんべんしてぇ」

何もない非番。河川敷を散歩していると、くん、と小さく袖を引かれた。

「…待っててやっからその辺でしてこい」

おう!ちゃんとまってろよ!と駆けていくふわふわした銀髪を見やり煙草に火をつけ土方は携帯を取り出した。


先日、不法薬物を扱う天人とテロを目論む攘夷浪士の取引を潰した際に保護されたのはどこか見覚えのある銀髪の子どもで。親の見つかるまで預かることになったと告げられた子どもは、その褐色の肌をほんのり染めて一番離れて煙草を吸っていた土方を指して言ったのだ。

「あのきれーなおにーさんのそばにいてもいい?」

あれよあれよと子守りを押し付けられ土方は腹を立てたが、こっそりこちらを伺ってくる子どもの頭を撫でた手はどこか優しくて。大きく見開かれた赤い瞳を少しだけ潤ませ、くしゃりと笑ったその顔。ずっと感じていた既視感の正体にそこで漸く気が付いた。

(やっぱ、聞いてみた方がいいよな)

重なったのは、最近恋人という関係になった、子どもと瓜二つの銀髪の男。

(別に今更、前の女との子どもがいたって、傷付きゃしねーのに)

男の様子と子どもの年齢からして恐らく子どもの存在を知らなかったのだろう。でなければあんなところに男の子どもがいるはずがない。あの男は、とても強くて、驚くほど優しいから。血の繋がった子どもがいるなんて知ったら、恐らく

(士道不覚悟ッつわれたら、そこまでだな)

ぱかぱかと弄りすぎて充電が切れた携帯に苦笑する。今心の中を占めているのはもし屯所や近藤から緊急の連絡があったら、という焦りではなく、あの男に連絡を取らなくていいという、安堵だ。

(全く、馬鹿馬鹿しい)

「…しろ、とーしろ?」
「なんでもねー。手ぇ洗ったか?携帯の充電が切れた。屯所に帰るぞ」

物言いたげな視線を遮るように手を引いた。少し不満そうに尖った唇とそれでもじわじわと喜色を滲ませる小さい子どもに、思わず少しだけ小さい手を握る手に力が籠った。

「そういやお前、自分の名前とか思い出したか」

首を振る子ども。何も知らない、この子どもには何の罪もない。

「じゃあ、とーちゃんかーちゃんの名前は?」

まだ自分はそんな微かな可能性にすがりたいのか。自分の名前もわからない子どもに、こんな質問をしている自分に嫌気がさす。違うのは肌の色くらいというほどに酷似しているのに。あの男がこの子どものことを知り、自分から離れていくのがそんなに怖いか。自嘲した土方を訝しく思ったのか足を止めた子どもに何でもないと手を引こうとし、しかし唐突に思いの外強い力で繋いだ手を引かれ、土方は鑪を踏んだ。

「オイどうし、」
「なぁ、とーしろ、」

すがるような、妙に焦ったような表情に何事かと思い夕日に透けきらきら光る髪を優しく撫でる。

「どうした。」
「おれ、とーちゃんもかーちゃんもいないんだけど、やっぱおかしいのかな。」

わからないだけだろ、今に家族のとこに帰してやる。なんて心にもない言葉だとわかっている。それでもなんとか落ち着かせようと声をかけると、子どもは土方を拒絶するように手を振り払った。小刻みに震える肩に、しまったと慌てて片膝をつき視線を合わせると、その顔は、今にも泣き出しそうなのを必死に堪えているようで。

「おれ、かぞくなんていねーんだ。」

まるで孤独に怯えているようで。

「だって」

その表情に土方ははっと我に返った。つい男と子どもを重ねて、自分の気持ちばかり優先してそっけなく扱ってしまっていた。相手は、自分の名前もわからない、ひとりでは何もできない、弱く儚い子どもなのに。

「だっておれ、」

そして、次の瞬間。ぼろりと涙を溢した子どもの台詞に目を見開いた土方はしっかりと子どもを抱き上げると真っ直ぐに屯所とは逆方向に駆け出した。向かう先は銀髪の男の住処。

「おれは、『しろやしゃさま』のクローンで、とーしろーがきりころしてくれた、さかなやろーにつくられたばけものだから」

ねぇ、とーしろおしえてくれよ。みんな、おれじゃなくてだれをみてるの?

暗い倉庫の檻の中で発見された、孤独の寒さに身を震わせていた小さな子ども。保護されてからも手負いの野性動物のように周囲を威嚇し続け土方以外に一切寄り付かなかった子どもが、ずっと堪えていただろう涙を溢した。細く痩せた、小さく震える血にまみれていない手が土方の着流しの裾をぎゅうと掴む。

ねぇ、とーしろー。だれをみてるの?
ねぇ、とーしろー。どうか、おれにきづいて。

嗚呼、何故気付かなかった。サインはずっと発せられていたのに。


簡単に腕が回せる大きさの、軽々と抱き上げられる重さしかないあの男の生き写しに、はやくあたたかいものを与えてやりたくて、土方は縺れる足を叱咤しながら夕暮れの河川敷を後にした。

大丈夫だ。アイツも俺ももうお前を独りにしたりしないから。

とりあえず、名前をつけてやんねーと。なんて酸欠で少しぼやけた頭で考えながら、土方は泣き疲れて眠った子どもの、着流しを掴んだままの手をそっと握った。