客→行員設定だがあんまり関係ないかもしれない 小さな紙を、握りしめて十数分。とりあえず携帯に登録はしたものの、発信ボタンにかけた指は微動だにしない。 (今は…アレだな。休憩時間だし。終わってから…仕事が、終わってから。) 煙草一本分の時間を掛けてようやく収まり始めた顔の熱に舌打ちしつつ灰皿に押しつける。 携帯を畳んでポケットに突っ込み、喫煙室を出た。 (なんで、) 今日に限って現金精査が合わない。じりじりと焦りばかり募り、眉間に深い皺が寄る。露骨に焦りを露にする土方は珍しく。外回りから帰ってきた近藤が心配するほどだった。 「そんなに、焦るなんてトシらしくないな。」 なんか大事な用事でもあったか?なんて笑われ、土方の表情がギクリと強張った。 「…えーっと、そんな図星!みたいな反応されても勲困っちゃうー…ん、だけど、え。マジ?」 かぁあ、と赤くなっていく土方の顔に近藤はえーっと、と頬を掻く。 「トシに色恋沙汰なんて珍しいなぁ。」 「そんなんじゃ、ねぇ。」 「まったまたぁ。」 トシは全部顔に出るからな。わははと笑う同僚に、土方の顔はさらに赤くなる。 (そんな顔してんのか、俺。) 確かに、そう体格の変わらない男から告白されたというのに不思議と嫌悪感はない。むしろ気付かぬうちに握らされていた坂田のアドレスを登録し、連絡するかしないか悩むほどで、 (ま、待て俺、冷静になれ。) これじゃまるで俺も満更じゃねぇみたいじゃ…いやいやいやナイナイナイ。確かに恋愛なんてものとは暫くご無沙汰だがいきなり男に走るとかはナイ。ありえない。でもなんか気になるっつーか。 (大体あの天パが悪いんだ。) 白昼堂々、人が仕事中だってのにあんなこと。お陰で隣の窓口にいた原田にも後ろで打ち込みしてた山崎にもなんだか生暖かい目で見られるし、外回りから帰ってきた沖田にもからかわれたし、今だって近藤さんの微笑ましいものを見るような視線がひどくいたたまれない。 (一言、文句言わなきゃ気が済まねぇ。) ぐっと眉間にシワを寄せ拳を握り込んだ土方は、その頬がひどく赤く、親しい人々から見てその表情が照れ隠しにしか見えないことに、またその優秀な頭が必死に電話する口実を探しているということに気づかない。 結局、原因を発見し仕事が終わったのは八時半を回っていて。遅くなってしまったことで電話を掛けるのはなんとなく憚られ、メール作成画面を呼び出してからまた長考。電車に揺られつつ、書いては消して、結局送信ボタンを押したのは最寄り駅の一つ前。 to:坂田銀時 ―――――――――― 土方だ。遅くなってすまん。 登録、よろしく。 我ながら無愛想で事務的なメールをだな、なんて思いながら画面の時計を見ると、9時を回っていた。 ――〜♪ 「はやっ」 メールは十秒も経たずに返ってきた。まさかエラーかと思いつつ開くと坂田からの返信で。 from:坂田銀時 sub:お仕事お疲れ様。 ―――――――――― お疲れ。 銀行員って案外帰り遅いんだなー もう家着いた? 短い文面ながら、気遣われたことが嬉しい、なんて。一言文句言うためになんて言い訳は、もはや土方の脳裏からは綺麗さっぱり吹っ飛んでいた。気を抜けばにやけそうになる口元を慌てて隠しながら、土方もキーを叩く。 to:坂田銀時 ―――――――――― いや、今日はたまたま精査が合わなくて遅くなっただけだ。 いつもなら定時であがってとっくに家。 今最寄り駅で降りたとこだが、どうした? 送信ボタンを押してから首をかしげる。返信は、ためらうように少しだけ間を置いてから。 from:坂田銀時 ―――――――――― 帰ってからでいいんだけど、声聞きたいから、番号教えてくんね? 「…も、しもし」 『もしもし、土方?』 「…おう。」 『お仕事お疲れ様。』 自宅であるマンションにつき、電気を付けながら土方は発信ボタンを押した。コールは数回。夜分に悪いな、と言う土方に坂田はこっちが話したいって言ったんだし、と笑った。 『なぁ、さっそくだけど土方、昼間の覚えてる?』 ( "なぁ、土方さん。" ) 「う、」 ( "好きなんだけど。" ) 「………おう。」 脳内で響き続ける銀色の、声。 ジワジワと熱くなる頬。電話でよかった、と土方は思った。 今顔見られたら羞恥で死ねる。 『すぐに連絡くれるとは思わなかった。』 ドン引きされて終わりかなって思ってた。と笑う声に土方はう、と詰まった。 「…べ、べつに、気持ち悪いとかは思わなかった、ぞ?」 『まー土方さん真っ赤っかだったもんねぇ』 「うっせ」 からかうような口調は嬉しそうな色で彩られ、その低音は酷く心地よく耳に馴染む。忙しなく響く心臓の音が電話の相手に伝わらないように、土方の口調は徐々に、とぶっきらぼうなそれになっていく。 『なぁ土方さんって彼女いんの?いねーなら試しに付き合ってみない?』 冗談めかした言葉から滲む真摯な響きに、土方は言葉を詰まらせた。 「付き合ってる相手はいねーが。」 『じゃあ、』 「……お前、本気なんだろ。試しに付き合うなんて不誠実な真似、したくねぇ。」 『、ーー〜〜ッ』 息を飲むような音に続き、声にならない声が聞こえ、土方は首を傾げる 「坂田?」 『……マジ、惚れるわ』 「!?」 傾げた分だけぐっと携帯に押し付けてた耳が拾った言葉。思わず溢れたような、もしかしたら本人は口に出したつもりもないかもしれないその言葉を理解した瞬間、土方の顔はボンッと、湯気が出そうなほど赤くなった。 「な、な…ー〜〜ッ、」 『ん?土方さん?何か言った?』 「や、なななんでもねぇよ」 『そう?』 ドクドクと鳴り響く心臓を必死で宥める。不意打ちは卑怯だろ。無性に煙草が吸いたくなってポケットに手を伸ばす。 未だに帰ってきたままのスーツで、妙にそわそわ落ち着かないまま電話しながら顔赤くして、何やってんだ俺は。冷静になれ。なんて現実から逃避行を開始した頭に飛び込んできたのは少しいじけたような坂田の声で。 『じゃあ俺これからどうすればいい?』 「どうって。」 『今更タダの客に戻る気なんてねーし、出来れば土方さんの彼氏になりたいんだけど。つか土方さん満更じゃなさそーだし、ガンガン押してっていいなら推して参らせていただきますだけど、』 困らせたい訳じゃないからさ。どうやったら土方さんに好きになってもらえるか。教えてくんね?と笑う坂田に、それを聞くか普通、なんてツッコミを入れる土方は、今の質問が坂田に気があることを前提としたものであることに気付かない。更にそのことで電話の向こう側にいる男が推して参っちゃってもいーみたいだね、と口角を上げたことに気付けるはずもなく。 「第一俺はお前のことなんか全然知らねーし。」 『じゃあ俺のこと全部話せばいい?生まれてから現在までぜーんぶ話したら好きになってくれる?』 惚れた腫れたといった類いの話を苦手とする土方には、ストレートに好意を伝えてくる坂田との会話はどうしても分が悪く。しかしこのまま流されるのはなんだかとても不味い気がするのも確かで必死に足掻く。「そ、そもそも俺ァ男を好きになったことなんてねーし。」 『俺もホモじゃねーよ?ここまで好きになった奴なんて、アンタがハジメテ。』 「は、」 しかし土方の可愛らしい抵抗などが口先から生まれてきたと自負する男に敵うはずもなく。 『いやぁ俺もまさかひん剥いてぐちゃぐちゃに泣かして身も世もなく喘がせたいって思うような男に出会うなんて思わなかったしさ』 「殺すぞ」 『あーもー冗談だって。でも俺プラトニックで我慢できるほど枯れちゃいねーよ?土方さんもだろ?』 「う、でも」 結局逃げれないまま丸め込まれてしまう。舌戦で敵うはずのない相手に電話で挑まれた土方に、元々逃げ場などあるはずがななかったのだ。 『……あ。』 「あ?」 『ねー土方さん。俺ぴったりの返し見つけたわ。』 「は、なんだいきなり」 『土方さんは今いきなり告ってきた俺に興味はあるけどなんも知らない奴といきなりお付き合いなんて出来ない。そうだろ?』 「あ?……まぁ、そうなるか?」 『ならこう言えばいいんだよ。』 坂田の声は、難問を出されてやっと答えを見つけたような嬉しそうなもので。 『オトモダチから、始めませんか?って』 だからつい、土方はああ、そっか。なんて頷いてしまったのだった。 |