仰ぎ見るのは銀色の | ナノ
 


「月が、綺麗だな。」


夜空を見上げ、言葉を吐き出した。空に浮かぶ月への言葉。でもの俺の視線の先はは空で静かに銀色の光を放つ大きな月ではなかった、

「あ?あぁ、今日はホントに見事だな。」

視線の先が気づかれなかったことにほっとする。これは、伝えるための言葉ではないから。伝えるべき言葉では、ないから。



夜中の見回り中に出くわした男。闇夜に浮かんだ銀色に鼓動が跳ねた。コンビニ帰りだとビニール袋を提げたソイツから、俺は素早く身を翻した。もっとも、俺の態度が気にくわなかったらしい銀色の男にすぐに捕まってしまったけど。

「何なに、見回りはもういいの?副長さん。」
「っせーな、書類仕事が一段落したから気分転換も兼ねて自主的に怪しい奴がいないか散歩してたんだよ。」

だからもう終いだ。帰る。そう言って歩き出す。男は「あっそ。」とあっさり頷き、俺のすぐ横にぴたりとついて歩を進め始める。


「………なんでついてくる。」
「え?いや、万事屋こっちだし。」
「……チッ、そうかよ。」

コンビニと屯所の中間に万事屋があるのだからそれは当たり前の答えだ。そんなわかりきったことを聞くほど動揺しているのか、とバカな己に舌打ちした。
すたすたと煙草をふかし歩く俺の横をのんびりと進む銀髪。付かず離れずの距離がなんだかひどく心地よい気がして、もっと傍にいたいのに、全力で逃げ出したくなった。

いやぁ、夜中急にいちご牛乳飲みたくなっちゃって、へらへらと暢気に笑う男に、びしりと額に青筋がたつ。


コイツ、人の気も知らないで。

「なー副長さん。」
「…ンだよ。」
「見てみろよ。ホラ」
「あん?ぁ…」

上、上、と指差す万事屋に、首をかしげながらも視線を上げた。
上空には、闇を照らす満月。
ターミナルの光にも負けず、眠らぬ街を照らすもうひとつの星。

「…すげぇな。」

多忙な日々に追われ、見上げることすら忘れた月があまりにも綺麗で圧倒された。素直に感動していたら、だろ。と得意気に笑われた。その自然な笑顔に、俺は限界を感じた。

伝えるべきではないということはわかっている。それでも一人で抱えるには大きくなりすぎた想いだから。どうか、吐き出すことは許して欲しい。

「月が、綺麗、だ、な。」

お前の隣で空に放った、俺の想いは、精一杯の告白は、お前には届かない。暢気に頷く銀色を持つ男。どうかそのまま一生気付かないでくれ。

お前を好きで好きで仕方がないんだ。でも、お前と同じ性を持つ俺にはお前との未来を願う権利はないから。


「本当に、綺麗だ。」


好きになって、ごめんな。坂田。