誕生日 | ナノ




「ったく、アンタら浮かれて暴れすぎだよ。下に響くったらないじゃないかィ」

「「「す、ずびばぜん。」」」
「に、にゃッ、」


眉間に深く皺を刻み、深いため息とともにお登勢は紫煙を吐き出した。
目の前にはたまに火炎放射もどきな攻撃をまともにくらい、更にはお登勢から容赦ない拳骨をくらって踞る3人と火に怯えたのか硬直してこちらを凝視する黒い小さな獣。
なんだかその怯えっぷりが可哀想になってきた女主人は、いつもよりだいぶ早く説教を畳み、忘れかけていた当初の目的を
告げたのだった。


「準備すんだから、手伝いな。」





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黄金週間のとある日。臨時休業、と張り紙を張られたスナックお登勢は賑やかだった。

テーブルの上には、チマキに鰤の照り焼き、筍の煮物に青豆ご飯に柏餅などなど。質素ながらも伝統的な食事が並び、食欲をそそるような匂いを振り撒いている。
なぜか中央にはケーキが鎮座しているが、それも鯉のぼり型で可愛らしくデコレーションされており、もちろん甘党な万事屋の主人のお手製である。


「ニャアァ!」す、すげぇ…!!
「ふふん。スゲーだろ」


これほどまでに凝った食べ物を目の当たりにするのは初めてで、好物である魚の形を模したソレに目を奪われていると、作った本人は得意気に、満足そうに笑った。


「さ、準備出来ましたし早速食べましょうよ。」

「そうだねェ。よし、グラス回しな。」

「あ、お前はコッチな。」

「ニゃン?」


ひょい、と抱き上げられ土方がキョトンと見上げると銀時はにや、と笑いグラスを揺らした。


「それじゃ、こどもの日と土方くんの誕生日を祝してー」

「「「「「乾杯!!」」」」」


カチカチン、とグラス同士がぶつかり合う音。


「………ニ?」な、ん…?


音頭をとった銀髪の男から、なんか聞き慣れない単語が溢れ落ちたような気がする。


(………たんじょうび?)


こっちに、というか俺単体に注がれる暖かな笑みと「おめでとう」の言葉。意味が分からず瞬くと、悪戯を成功させた悪童のような顔をした銀時が説明してくれた。


「今日は、お前の誕生日なんだとよ。おめでとうトシくん。」




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「ア、ソウイエバ。」

「「「「あ?」」」」


ことの起こりは数日前。なんか色々残念な猫耳オバサn失礼、キャサリンの発した一言。


「コドモノ日ッテ、土方ノ誕生日ジャネ?」

「「「「……は!?」」」」


土方の誕生日?土方って誰だ。あ、トシくんか。で?誕生日?誕生日ってアレか。生まれた日を祝っておめでとうって言ったり祝われて浮かれまくったり物貰ったり照れたりする、どんな奴も年に一度主役ぶれる日か。え、何、土方くんが?え?たん…


「「「たたた誕生日イイイ!?」」」


「そりゃ本当かィキャサリン。」

「ハイ。オ登勢サン。」


頷くキャサリン。なんでそんなことを知っているのか、と尋ねたら、何故か視線を逸らされた。


「マァ、記録ニ有ル限リデハ他ニ類ヲ見ナイデスシ、歴史ニ残ッテマスヨ」

「そうかィ」

「………。」

「どうしたんですか?銀さん。」

「や、アイツ自分の誕生日知ってんのかなーって。」

「っ!!自分の誕生日知らないなんてトッシー可哀想アル…。」

「そうですね…。」


時々その片鱗を覗かせる小さな体には些か重すぎる過去。

ぼそりと銀時が呟いた言葉。あんなに小さいのに可哀想だ、と子ども達はすっかりしょげてしまった。天の邪鬼な雇い主は、自分が言い出したくせに感受性が豊かってのはいいことだな。なんて考えながら口を開いた。


「いいじゃねぇの。誕生日くらい知らなくったって」

「銀さん!」「銀ちゃん!」


はぁ、と面倒臭そうに銀髪を掻く銀時。思わず叱責の声をあげた子ども達を見て、感情の読めない死んだ魚と称される目のまま言った。


「今まで誕生日がなかったってんなら今年、今までの分まで祝ってやればいい。だろ?」

「「!!」」


今までの人生で一番ってくらい、驚かせて、喜ばせてやろうじゃねーの。と悪童のような笑みを浮かべた銀時に、パッと顔を明るくする神楽と新八。


「しょうがないねぇ。そういうことなら、協力してやろうじゃないの。」

「本当ですかお登勢さん!」


終いにはスポンサーまでついて。キャサリンの一言から5分も掛からない内に話はサプライズパーティーの計画へと移ったのだった。




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「に…ニャア?」ま、マジなのか…?

「あ、神楽てめっ!まだ食うなよ!トシくんが先だろ普通!主役だぞ。」

「だってトッシー動かないヨ。喜んでるっぽいし平気アル。」

「というか、信じられなくてフリーズしてるっぽいですよ。」

「マジでか。」


おーい?と目の前で手を振られ、はっと我にかえる。
心配そうに覗き込まれ、どうした、と口々に聞かれる。でも自分でもどうしたのか理解出来ないから説明なんて出来るわけもなくて。


「…。」

「トッシー?どうしたアルか?嬉しくなかったアルか?」

「…(フルフル)」


悲しそうに言う神楽にじくりと胸が痛む。ちがう。そうじゃないんだ。ただ


「土方さん、どうしたんですか?まぁ突然今日が誕生日だって言われても信じられないかもしれませんけど。」

「…にゃぅ」(や、まぁ現実感が全くないのは確かなんだが…)


胸中を渦巻くこの感情をなんといえばいいのか全くわからない俺はおどおどと視線をさ迷わせた。


「トッシー?」

「っ、」あ、


ふと銀時と視線があった。呆れたような顔で笑う男の口がパクパクと動く。



『素直に、祝われとけ。』



「………ニャー(タシタシ)」

「ん?何アルかトッシー」

「ニ。ニャウ(グイグイ)」

「…!乗り気になったアルか!じゃあさっさとレッツパーリィするネ!今日はとことん食べるヨロシ!」

「神楽ちゃんはほどほどにしといてよね。ホント際限なく食べるんだから。」

「にゃ、」え、神楽ってそんなに食うのか


グイグイと神楽の服の裾をくわえ引っ張る。すぐに意図を理解した神楽はパッと表情を明るくし、我先にと食べ物の乗った卓に駆け寄っていった。慌てて止めようとした新八なんかまるで無視だ。


「ふ、」ったく、敵わねーな。

思わず笑みが零れる。大食いなお転婆娘は実に欲求に忠実だ。それでいて、察しがよくて優しい。


「あ、ちょっと神楽ちゃん!みんなの分も残しといてよ!?」

「うるさいネ駄眼鏡!食卓は戦場ヨ弱肉強食アル!うごふっ!?」

「ちょ、神楽ちゃんんんん!?」


食べながら叫んだせいかかじっていたチマキを喉に詰まらせたらしい少女に慌てて水を差し出す新八。彼が誰かしらに世話を焼く姿も見慣れてきた。
彼は真面目で面倒見がいいのだ。


「ったく、一気に騒がしくなったねェ」

「全クデス。餓鬼ジャアルマイシ御馳走クライデウルサインダヨ。」

「キャサリン様、口からオイル漏れてます。」

「…キャサリン涎は拭いときな」

「ハイ。オ登勢サン」


そそくさとテーブルに移動するキャサリン。そのあとを着いていくたま。紫煙を吐き出すお登勢は早く行かないとなくなっちまうよ、と呆れたように言い放った。
この3人もなんだかんだ言いつつ俺を受け入れてくれている。
皆、分かりにくいけど優しいんだ。


「にー、」

「なぁにモタモタしてんだよ。」


もう神楽がほとんど食いつくしてんぞ、と俺を抱き上げながら苦笑いする銀時。ちょっと躊躇っていた隙に、少女の言った通り戦場と化した食卓。新八がなんとかケーキだけは避難させている。


「ニャウん。」アイツも大変だな…

「くぉら。何呆けてんだ主役が。とっとと食うぞ。せっかくのただ飯がなくなっちまう。」

「に、」


主役とかほとんど関係ないだろ、と憎まれ口を叩こうと口を開きかけ、固まる。

暖かい、優しい色の瞳に俺が写っている。それはいつか見た、嬉しそうで照れ臭そうで、でもなんか得意気なもので。


(…ホントに…場違いじゃねぇのか。俺、)


あまりに暖かすぎて不安になる。暗闇から目を細め、遠巻きに見ていた世界。家族と、仲間と笑い合うことのできる場所。無条件で受け入れられる場所。

俺はここにいてもいいのか。

じわり、と何かが込み上げてくるのを感じた。あまりの温かさにくらりとめまいがする。なんで、こんな。
初めて感じる感情にどうしていいのかわからなくなる。


「ん?どうしたトシくん。泣いてんの?やっぱ嫌?」

「に゛ゃう!(ブンブン)」違う!断じて違うからな!


変に鋭い銀時に、図星を突かれて思わず睨み付けた。ななな泣いてなんかないし、もちろん嫌じゃない。嫌なわけがない。
ただ、自分が祝われてるのだということが信じられないだけで。じわじわと広がっているのは間違いなく喜びなんだ。
でもやっぱり現実味がなくて。すごくリアルな夢なのかもとかバカなこと考えて、そんな動揺も目の前の柔らかな笑みに流されてしまって。もうどうすればいいのかわからない。


銀時は、そんな俺を見て笑う。


「お前、また小難しいこと考えてんだろ。言っただろ、今日はお前が主役なの。お前はただ、素直に祝われてりゃいいんだよ」

少なくとも、ここにいる奴らはお前が生まれてきたことに感謝してんだ。


「ニャ、」


いいの、だろうか。


生まれた瞬間仲間達に畏怖の目で見られ、親に、仲間に捨てられて故郷からも追放された俺が。ミツバを危ない目に遭わせ、総悟や近藤にたくさんの迷惑をかけて来た俺が。今でも銀時やお登勢や新八や神楽、他にもたくさんの人からたくさんの暖かいものを貰うだけで、返すことも出来ていない俺が。正体を明かすこともできないでいる臆病者な俺が。

こんなにも、大切にされていいのだろうか。


「土方。」


暖かい、こんなに大きな優しい手をした男の傍にいてもいいのだろうか。


「お前はもう一人じゃねーんだからな。」

「ニャ、ニャア?」

「まぁ、なんつーか、もっと迷惑かけろ。あんま一人で抱え込むな。いいな。」


見上げた銀時の表情はちょっと照れ臭そうで。あぁ自分でも臭いと思ったんだな、とかぼんやり考えた俺は、いいな!?
という照れ隠しであろう問いに反射的に頷いてしまった。


「よし。じゃあとっとと飯だ。ちゃんとケーキは甘さ控え目にしてっから安心しろ」

「にゃん!」


うだうだ悩むのはもういいのかもしれない。だってこんな俺をありのまま受け入れてくれる奴らに出会えたんだ。


「神楽ァ、主役に飯だ。ってあんま残ってねーじゃねぇか。いい加減にしてくんない?ホントにさぁ。」

「何を偉そうに言ってるアルか。いつも早い者勝ちって言ってるの銀ちゃんアル。」

「ハイ、土方さん。って鰤の照り焼き大丈夫かな。」

「ニャア。」問題ねーよ。ありがとな


彼らなら、大丈夫かもしれない。なんてなんの根拠もなく考えながら、臆病な俺は怖がるのをやめた。もう一度だけ、
信じてみるのもいいかもしれない。

コイツらはきっと俺を裏切らないから。


とりあえず、今は


「よし!法被バスで梅雨歌うネ!」

「いやいや何その当て字。普通に歌えよ」

「てかロウソク立てんの?何本?」

「ニャウ。」火は当分いい。いらない。


初めての誕生日ってやつを、目一杯楽しんでやろうと思う。