子どもの日 | ナノ



「………。」


大型連休の最終日、常より少し人通りの多い道を通り辿り着いた陽気の差し込む「万事屋銀ちゃん」の看板の掲げられた
スナックお登勢の2階。土方は引き戸を睨み上げながらどうすべきか悩んでいた。

ことの始まりはあの銀髪の男。最近公園に来る頻度が増え、気が付けばいつの間にやらしっかり居座っているとらえどころのないふわふわとした銀色の男が、何気なく端午の節句に子ども達にねだられてお登勢の店でささやかな食事会を開こうとしていることを土方に話し、よければ来ないかと誘ったのだ。せっかくの銀時からの誘い。土方はしばらく考えこんだ後、ゆっくりと頷いた。
賑やかなのは嫌いじゃないし、なによりすっかり慣れてしまったこの男の隣はひどく暖かく居心地がいい。ぐらりと大きく揺れたところで花見以来時々この公園に遊びに来る新八や神楽も楽しみにしているんだととどめを刺され、何気に子ども好きな土方は断れなくなってしまったのだった。


『じゃあまた明日。昼過ぎには来いよ。神楽がお前と遊びたがってた。』


よっこらせ、と年寄り臭い掛け声と共に立ち上がった銀時。土方はにゃあと一声鳴いて、自分の頭を一撫でして公園の出入口へと
向かう男の背を見送ったのだった。




そして翌日。




律義な黒猫はかれこれ30分ほど玄関先をうろうろしていた。


(ちょっと早く来すぎたか?)(いや、でも昼は過ぎてるし)(どうしよう、声でもかけてみるか。)(め、迷惑じゃないよな…?誘ってきたのあっちだし)(でも)


土方がなんでこんなにモジモジしているかというと、コレが土方にとって初めての「お招き」だからだ。他人のテリトリーに招き入れられるなんて初めてだ。正直どうしていいのかわからない。


(どうすっかなー。ちゃっちゃと声掛けりゃいいんのか?…でもこのタイミングでいいのか?やっぱなんか手土産でもあった方よかったか…?でも俺に持って来られる物なんて、鼠や烏くらいだしな…)


「ミュー………。」あ、ヤベ。超逃げてぇ

ガラッ

「お。やっぱ土方じゃん。いらっしゃい。」

「びゃ!?」


…考えるのも迷うのも面倒くさくなってきたしもう帰っちゃおうかな。などとうっかり考えかけた瞬間、長時間鋭い視線に晒され続けていた戸に嵌められた磨りガラスが目の前から消え去った。続いてガラリという大きな音と共に、視線を上げた土方の目の前にもはや見慣れた銀色が現れた。


「おぅおぅ何だよ踏んづけられた蛙みたいな声出しやがって。」

「に゛っ、ニャアッ!!」

「あーはいはい。驚かせて悪かったって。」


結局のところ結構な時間を戸の外で過ごしていた土方は、万事屋の主人である銀髪の男に無事発見され。さぁ入れ入れと促されるままにひどくあっさりと万事屋に足を踏み入れたのだった。





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「トッシィイイイイ!覚悟おおお!!」

「ッフシャアアアア!!!!」


大きな声と共に襲い来る切っ先を土方は身軽に跳躍し回避した。標的をなくし強烈な一撃はそのまま猫の背後に立っていた銀髪の男に直撃し、見事に吹き飛ばした。巻き込まれた哀れな男はそう広くもない室内で数メートル宙を舞い、フローリングに沈んだ。


「………どうなってんですか銀さん。なんで神楽ちゃんマジなんですか。なんで土方さんノリノリなんですか。」

「っててて、…んなもんこっちが聞きてえよ新八君。やっぱアレじゃね?動物好きと子ども好きが互いにスキンシップを図ろうとして、」

「なんでそれが拳と拳で語り合おう的なノリになんだよ。つーか土方さんって子ども好きなんですか?!」


ドタバタがっしゃん、凄まじい音を立てながらじゃれる1人と1匹を傍観しながら新八は、吹っ飛んできた男もとい自らの雇い主に疑問を投げ掛けた。


「いやいや見りゃわかんだろあんだけ目ェ輝かしてんだから」

「…アレ、闘争本能とか狩猟本能とかの類いの輝きですよね?獲物を狩る目ですよね?」

「………大丈夫。相手は神楽だ。殺らなくちゃコッチが殺られる」

「だから子ども好き関係ねぇだろうがあああ!!なんで命がけなのにあんなノリノリ!?」


漫才のような会話を続ける2人を気にも止めることなく、破壊と乱闘は続いていた。後片付けどうすんだというツッコミ眼鏡の言葉が至極楽しそうに顔を輝かせ被害を広げる1人と1匹に届く様子はない。

この騒動のきっかけは些細なこと。こどもの日ということで神楽が新聞紙で兜を折ったのだ。
ちなみに先程土方を掠め銀時を吹き飛ばしたのは神楽が握る新聞紙の剣。しばらく振り回してたらくにゃくにゃになるはずの紙の塊は「コレってどこまで頑丈になるのかな」というよくある探求心と神楽の怪力により、ちょっと引くくらい固く丈夫な物へと変貌を遂げたのだった。


「いざ尋常に勝負ネ!」


紙の剣に目を輝かせ、土方に小さな兜を被せた後ひとしきりはしゃいだ後の神楽の行動は素早かった。何を無茶な、と男共が止める間もなく黒猫に飛び掛かったのだ。


「え、ちょ、神楽ちゃっ、」

「まずい、逃げろ!!土方!!!」

「にゃ?」


ヤバい、土方潰れる。


きょとんと状況を全く理解できていない様子の土方。勢いよく空を切り裂く凶刃に、新八は反射的に目を閉じ銀時はとっさに床を蹴った。脳裏によぎるのは泣きじゃくる神楽と力なく横たわる土方。そんなことさせない。ちょっとばかりハッスルしすぎている怪力娘を止めるべく銀時は手を伸ばす。




が、




「にゃっ!!」

(え、?)


掛け声とともに飛び上がる肢体。兜が外れ宙を舞う。そこをコンマ数秒後に紙の塊が通過した。銀時の手が神楽の襟首を掴んだのはそれから一拍置いた後だった。


「か、かわした!?」

「ちょ、何するネ銀ちゃん!!今は私がトッシーと遊ぶんだヨ!!」


じたばたと足をばたつかせる神楽を下ろしてから銀時は改めて黒猫を見やる。何してるんだお前。とでも言いたげな瞳にかち合い苦笑した。


「なぅん?ニャー」

「怪我、ない…な。おま、やるじゃねーか。神楽の一撃かわすなんて。」

「に。」


素直に褒めると黒猫はほんの少し得意げに口の端を持ち上げた。初めて見るその表情にちょっと毒気を抜かれながらもしかし銀時は神楽の手に握られる剣に土方が被っていた筈の兜が突き刺さっているのを見てどっと冷や汗をかいた。そして銀時は、保護者として家主としてお転婆すぎる少女を注意することにした。だってこの少女の言動はいつだって心臓に悪すぎる。


「ったく、ダメだろ神楽。土方君が避けなかったら今頃この辺グッチャグチャだからね。ちょっとした事件現場だからね。」

「何言ってんだよ天パー。トッシーならこれくらい軽く避けれるに決まってんだロ。甘く見ちゃトッシーに失礼アル!!」

「に。(うんうん)」

「いやトシ君、(うんうん)じゃなくて。てかお前らなんでそんなに仲いいわけ?」


反省するだろなんて期待はしていなかったが返って来た答えに感じた違和感。神楽と土方はこんなにも仲が良かっただろうか。
そんな男とやはり意外に思ったのか「あ、確かに」と溢した少年をきょとんと見比べた少女は、大きな青い瞳をニタリと歪めた。


「いっつも銀ちゃんがトッシー独り占めするから私なかなか遊べないヨ。だから私銀ちゃんが寝てる間にトッシーと遊ぶことにしたネ!!」

「にゃあん」


目を輝かせながら得意げに言う神楽にそういや最近やけに朝早かったな…と銀時がつぶやいた。いやもっと早くに気付いてくださいよ。と呆れたようにツッコミを入れる新八。だがしかし、彼も銀時と同じくらい寝汚くいつも昼前まで寝ている神楽が朝早く起きてまで黒猫のもとへと遊びに行くとは思わなかったらしい。少しばかり見開かれた瞳は意外だと物語っていて。銀時は目は口ほどに物を言うってのは本当なんだな。なんて場違いなことをぼんやりと考えた。


「トッシーはすごいネ!毎日毎朝待ってくれてるし、遊んでくれるヨ!」

「あ、そ」


キラキラと瞳を輝かせる少女に銀時は毎朝チャンバラしてたからあんなに泥だらけだったのか…とつぶやいた。いやもっと早くに気付いてくださいよ。と以下略。まさか自分の知らないところで天人同士(本人達はきっと天人云々のことなど考えていないに違いないが)の友情が芽生えているなんて知らなかった。とはいえ動物大好きな少女が花見の時からキラキラと瞳を輝かせて黒猫を観察していたのは知っているので、あまり意外とは思わなかったが。
だからっていきなり家の中でおっ始めんなよなとため息を吐きだした。


「よし、トッシー!気をとり直して!」

「にゃん!!」

「「え゛、」」


何言ってんのコイツら。再びいきいきと宣った神楽。止める間もなく床を蹴る1人と1匹に、もはや誰にも止めることもできない、と半ば諦めの境地に達した家主。従業員である少年のせめて外でやれぇぇぇぇ!!という叫びは、やはり2人には届かなかった。