薄桃色と酔っ払い | ナノ



「なーにトシくん、まだ拗ねてんの?」

「にぅ」


ぷい、と顔を逸らされてしまい、トシくんの背を撫でながら苦笑する。どうやらからかいすぎて臍を曲げられてしまったらしい。確かに余りにもイイ反応を示すものだからついついいじめすぎてしまったかもしれない。
それでも、俺は、滲む笑みを抑えられなかった。


「トシくんってば、実はすげえツンデレだよね。」

「なぁー?」


なんだそれ、とでも言うように不思議そうにこちらを見上げる琥珀のような瞳。意味がわかったらわかったで暴れだしそうだから曖昧に笑って流す。怪訝そうな顔されたけど、そんなの気にしない。


(数ヶ月前までは近寄ろうとさえしなかったのに、今は俺の腕の中、ねぇ。)

「……、にゃう!」

―バシンッ!―

「っだ!」


……ニヤニヤと笑ってたら尻尾で叩かれた。ツンの部分が多少暴力的なところを除けばいうことないのだが。………いや、コイツのこういうところも気に入ってるのだけど。


(いよいよ重症じゃねぇか。)


自嘲気味に笑うが、決してそれは嫌なものではなくて。
例えば、なんだかんだ言いつつ結局は俺の腕の中(足の上?)に収まってくれてるとことか、必死にすましてるのに実は心臓ドクドクしてるとことか、俺の足に顎乗っけて寛いでるとことか。コイツマジで可愛いな。とかガキどもに聞かれたらドン引きされそうなことを考え、コロコロと笑みの色が変わる自分をまるで変なものでも見るような目で見上げる小さな獣の喉を撫でる。ゴロゴロと喉を鳴らし、僅かに擦り寄ろうとする仕草にすら暖かくなる心。俺をメロメロにした黒猫は、ひたすら可愛い。

何気に勘の鋭いこの黒猫は異様に高いプライドの持ち主だから、こんなこと考えてるのがバレたら傷ついてしまうかもしれない。だから決して言ったりしないが、対等な立場で扱われること」が嬉しくて仕方がないらしいこの小さな獣が可愛いくて仕方がないのだろう。自分は。
なんでこんなに気に入ってんのかはわからない。自分でも不思議だ。でも、気がつけばコイツに構いたくて仕方なくなっている自分がいる。

先日キャサリンから小さな背に負うには些か重すぎるような過去があるらしい、ということを聞いて。「あの表情は、だからか。」なんて納得して。聞きだしたいのは山々だがたぶん本人から聞くことは無理だろうし、傷を抉るようなマネはしたくないし。コイツはコイツ。名前がわかっただけよかろうと無理に好奇心に蓋をするように言葉を吐いて、驚いたような嬉しそうなような瞳に、まぁいいか。なんて。とんだ偽善者だな。


「にゃー?」

「んー?なんでもねーよ。あ、お前も呑む?」

「……。」

「いやいやそんなに睨むなよ。コッチなら一緒に飲めんだろ?」


どうした?とでも言うように見上げてくるトシくんに、物思いに耽っていたのかと思って誤魔化すようにイチゴ牛乳を振ってた。


「……(フンフン)」

「美味いぞ?世の中カルシウムと糖分さえあれば全てうまくいくんだ。」

「…(ペロリ)っ…!?」

「これはそのどちらも兼ね備えた素晴らしい飲み物、って、どした?」

「、にゃあ、っく、」

「…え?どした?」

「っく、にゃあん…ひっく、」


小皿に注いだピンクの液体を恐る恐る舐めた瞬間、トシくんの纏う空気がガラリと変わった。
ひっく、と断続的になる喉―恐らくしゃっくりだろう―ととろりと蕩けた瞳、慌てて胴体を掴んだ手から感じるに心なしか体温も上がったようだ。一体どうしたのか、と考え一つの仮説に引っかかる。普通はコレでなるものではないのだが、まさか、


「え、まさか、酔った…?」

「にゃおん。っく、にゃああ!」

―バリッ!!!!―

「っだあああ!?」


間違いない。据わった目と容赦ない攻撃に確信する。コイツ、完璧酔っ払ってる。


「えええ!?なんでおまっ、イチゴ牛乳で酔っ払ってんの!?」

「にゃうー、(ギラリ」


毛を逆立て、焦点の合ってない瞳に獰猛な光を放ち始めた黒猫に、思わず苦く笑う。


(マタタビで酔うのならともかく、極微量のイチゴ牛乳で泥酔って。しかも人格(?)変わりすぎ。)


「ちょ、どうしたんですか銀さ…土方さん?」


なにやら漸くトシくんの変化に気付いたらしいぱっつぁんが寄ってきた。つーかこんだけ騒いでんのに今まで放置されてたのか、俺たち。


「あー、新八、いいとこで切り上げて早めに帰っとけ。」


トシくんが完璧に出来上がっている。

紅い傷の走る腕をわざとらしく振りながら告げると、全く無理に飲ますからですよ、と屋台でマダオを潰してしまった時と寸分違わぬ呆れた声が返ってきた。


「つーか誰もイチゴ牛乳舐めただけで酔っ払うとか思わねーだろ。」

「そりゃそうですけど…。でも勧めたのはアンタなんだから責任もって解放してくださいね。」

「……おー。」


言われなくても。とか。反射的に口をついて出そうになった言葉を飲み込んだ。
少年は、まったく何考えてるんだか、なんてブツブツ言いながらテキパキと片付けを始めた。


「なんだい。ソイツ潰しちまったのかい?」

「あぁ。ババア、ガキども頼まァ。」


お登勢にも同じように呆れられ、だがまぁしょうがないか、と割とあっさり引いた。ごねるかと思った少女も今度また遊びに来るからいいアルと満面の笑みを浮かべ、さっさと帰ってしまった。


(やけにあっさり引いたな…あいつ等、マジで花見目的だったのか?)

「…にー」

「お、大丈夫か?」


メインである黒猫との対面を済ませ、さらに大量に持ってきたはずの弁当も底をついた。目的は果たしたとでもいうように仲間たちはさっさと帰ってしまいまた静けさが戻ってきた公園。腕の中で上がった弱々しい声に慌てて視線を下げる。と、先ほどのぎらついた瞳とはかけ離れたぐらぐらと不安定な瞳とかち合った。


「……え?」

「にゃう…みー、みゃー」


うるうると見上げる瞳、か細い声。


(今度は泣き上戸かよおおおお!?)


にー、にーと甘えるようなおびえるような声に動揺する。どうしたんだ一体。微量のそれでどれだけ泥酔するんだこの猫は。


「とととトシくん?どうした?」

「にー。(ぺロリ」

「ふをあ!?」


生ぬるい湿った感触がざらりと傷口をなぞった。


「ななな、舐めっ…!?」


猫特有のざらついた舌の感触にさらに激しく動揺する。酔いに任せてデレたかと思えば、何この大安売り!?


「ちょ、トシくん、水飲め水!」

「にー…」


とりあえず、水分を取らせようと声を掛けるが、俺の声が耳に届かないのか、反応はない。
ぺしょんと垂れた耳にしゅんと萎れた背中、俯いてしまった何かを訴えるような瞳に、戸惑う。


(え、なに俺なんかした!?いやいやいや、なんもしてないよね!?強いていうなら今日も怪我負わされた被害者ってい…う、か…)(え、まさか、)

「トシくん、」

「……にっ、」


極力優しげな声をかけたのにビクリと跳ねた肩に驚いた。が、構わず頭に手を置いた。とっさにぎゅっと瞑られた瞳に、心がじくりと痛む。こんな怪我で、何をそんなに怯えるのか。その姿に今まで受けてきた仕打ちが垣間見えるようで。どろりと体の奥に沸き上がる黒い感情を打ち払うように声をかけた。


「大丈夫。トシくん。俺は怒ってなんかねぇよ」


ゆっくりと撫でながら言い聞かせる。強張った背中をほぐすように。


「いいから寝ろ。ちゃんといてやるから。」

「にゃ…むぅ、」


じわりじわりと手を滑らせるごとにゆっくり力を抜く小さな躰。


「ほら、安心して寝ちまえ。」
「にゃむ…ふにぃ。」


うとうとと上下する瞼。そっと手を止める。


「おやすみ。トシくん。」


足の間からそっと持ち上げ、呉座の上におろす。穏やかな陽気に俺も少し寝るか。と呉座に寝転がる。

午後の陽気と抜けるような青空。更に舞い落ちる薄桃色と隣に眠る小さな獣。


(あー、言うことなしってやつ、だな。)


睡魔はすぐにやって来たし抗うつもりも毛頭ない。銀時はすっと目を閉じ意識を手放す。


穏やかな春の日。桜舞う公園に広がった呉座の上。常と同じく静まり返った空間で、常とは異なる光景が広がっていた。

寄り添い眠る一人と一匹。

桜の大木が見守る中、眠る彼らはどこまでも穏やかだった。