花見 | ナノ



青く澄んだ空に薄桃色が舞い散るとある春の日。いつもは静まり返っている小さな公園。だが、この日は少し様子が違っていた。


「おおお!ごっさ美人さんネ!だっこさせてヨ!」

「ホントだ!野良にしてはすごい綺麗な毛並…。銀さん、なんで隠してたんですか?」

「いや、隠してたっつーK「ふに゛ゃぁっ!!」あ、こら神楽!!力むな力むな!トシくんが潰れんだろーふべらっ!」

「ほお、立派な桜だねぇ」

「コンナ所ニ公園ナンテアッタンデスネ。知リマセンデシタ。」

「あの、お登勢様。銀時様が白目を剥いていらっしゃるのですが…」

「放っておきな。」

「了解しました。」


公園の桜の大木の下に広げられた大きな呉座。

いつもは存在しないそれの上は、とにかく騒がしかった。

黒猫と対面し歓喜と笑顔を撒き散らしながらその細腕から想像できないやや過剰な力で小さな獣を抱きしめる少女や暢気に回りを見渡し苦しげに身を捩る黒猫に気付かない少年。子ども達を連れてきた男は止めようと手を伸ばし、結果として呉座に沈み、大人達はそれをスルーし重箱を広げ酒を持ち出し花を愛で、花より団子を絵に描いたような少女はひどくあっさりと自分の腕の中で潰れかけている黒い獣から食べ物へと興味を移し、今度は一足早く弁当を貪る猫耳女と乱闘を始めた。


「………。」


自分の知る「花見」とは大分異なる喧騒に、少女の怪力から解放され潰されるという難を逃れた黒猫こと土方は呆然としていた。


「っててて…あ、大丈夫?トシくん」

「に…」まぁなんとか……つーか、お前のが大丈夫か?

「あ、心配してくれてる?大丈夫大丈夫。こんなん日常茶飯事だし。…わりぃな、神楽は夜兎族の…あ、わかんねぇか。アイツも天人なんだよ。」

「にゃあ」マジでか。


ついと視線を向けると、少女は何やら猫耳女と揉めている。


「ソレわたしの唐揚げネ!」

「早イ者勝チッテ言葉知ラナイノカコノ糞餓鬼ガ」

「ちょ、2人とも落ち着いて!唐揚げならまだこっちに、」

「「うおおおおお唐揚げええええ!!!」」

「え、ちょ、ぎゃあああああああああ!!!」


見かねて声を掛けた少年は食欲旺盛で本能に忠実な2人の天人に撥ね飛ばされ先程の男よろしく呉座に沈んだ。


(…なるほど、だからあの力…にしてもすげえ食欲だなオイ。)

少年を撥ね飛ばし、猫耳女と取っ組み合いをしつつ弁当を貪る少女とぴくりとも動かない少年を見比べ冷や汗を流す土方。銀時はそんな土方の様子を見てこっそり笑みを浮かべながら言葉を続けた。


「まぁ、」


それは、常とあまり変わらない気だるそうな低音。でも心底楽しそうで嬉しそうで、少しだけ照れたような色が滲む声だった。


「賑やかな花見ってのも、悪くねぇだろ?」


ゆっくりと瞬き、小さな琥珀のような瞳が男の抑えたような笑みから周りへと移る。


抜けるような青空、気まぐれな風に舞う薄桃色の花弁。

この木が盛大に色付く季節を、土方はあまり好きではなかった。出会いの色であり、約束の色。大切に思い出をなぞる度に桜が突きつける孤独という残酷な現実。

でも、今は。


「…にゃあ」ま、嫌いじゃねぇ、な。


にやりと笑う男に、ゆっくりと首肯した。眼鏡の少年…新八の安否が気にならんでもないが、自分を受け入れてくれた変わった銀色と騒がしいがどこか胸の奥がむず痒くなるような平穏。こんなに人の笑顔に満ちた暖かい宴は初めてだったし、元々賑やかなのは嫌いではない。


「に…なぅん」ところで、アイツ、大丈夫なのか?泡吹いてる…

「あん?何、新八が気になんの?…ダイジョーブダイジョーブ。アイツああいうの、慣れてるから。すぐに復活するよ。たぶん」

「にゃ…」たぶんってお前…あ、マジで起きた。

「まぁ、慣れだよな。アイツも。それよりさ、」

「に?」


すいと差し伸べられた銀時の手に首をかしげる。なんだと思い顔を上げると同時に感じた暖かい温度。


「アイツらばっか見てねーで、少しは俺に構えコノヤロー。」

つい数秒前とは全然違う拗ねたような声と表情。
え、と声をあげようとしたが、その瞬間土方は甘いにおいに包まれていた。


「にゃあ?」え、な、なん…?

「土方がよそ見ばっかするから銀さん寂しいなぁ?つーわけで、お前は此所ね。」


ポンポン、と軽く背を撫でられ、漸く理解する。どうやら俺は銀時が胡座掻いて座った足の上に乗っけられているらしい。……え、?


「……!に、ふにゃあ!」


かああっ!と沸き上がる何か。それが羞恥だと頭で理解する前に、俺は抜け出そうともがいていた。

や、いや、だ。撫でられてたり抱き上げられたりしたことはあったけど。でもこれは、


「っと、え、何。嫌?」


驚いたような顔をして俺を覗き込む銀時。微かに揺れる瞳に、困惑する。別に、傷付けたいわけでも、この男が嫌なわけでもない。ただ――ただ、恥ずかしかったのだ。

だって、こんな。すげぇ近いし、温かいし、男独特の甘い匂いに包まれて。まるで、甘やかされてる、みたいな。こんな状態でのんびり花見、なんて。


「……」

「おーい、トシくん?」


名前と素性がバレて以来、名前を呼ばれることが増えた。それは、時と場合によって異なって土方だったりトシくんだったり。自分の名前を呼ぶこの声が、こんなに特別なものになるだなんて、知らなかった。

内心動揺しまくっている俺に気付いたらしい男は、一瞬目を見開いた後、ニヤリと意地悪そうな笑みを浮かべ、からかうような声で言った。


「なに、恥ずかしい?」


「……に。」……わかってんなら、はなせよ。

「いやだね。今日はトシくんは俺に甘える日だから。」


ギロ、と睨み付けてもニヤニヤと笑われて。終いには降りたら負けだから。罰ゲームだから。なんて言われて。つい尻尾でバシバシ叩きつつ上等だ!なんて返してしまって。気がついた時には既に遅くて、ニヤニヤと笑みを浮かべる男にまんまと乗せられたらしいと気付いた。