桜の舞い散る出会いの空 | ナノ



十四朗、誰も知らない俺の名前。
昔、一人だけ俺をそう呼ぶ少女がいたが、ソイツにはもう長いこと会っていない。栗色の髪を靡かせて儚く笑う女は、名をミツバといった。…周り全てが敵に見え、毛を逆立てていた俺が気を許した数少ない人間の中で、ただ一人の女だ。

本能で、ただひたすら生きることだけ考えてた俺が暗闇を這いずりながら生きてきた俺が、感じた日だまりのような暖かさ。楽しく幸せな日々は、俺の大切な思い出だ。




彼女と、アイツらと出会ったのは春。せまっくるしいこの園に、薄桃色の花弁が舞い散る頃だった。


「あら?猫ちゃんがいるわ。」

「おぉ、黒猫。この辺じゃ珍しい。」

「なんでぃコイツ。生意気な面しやがって。」

「あらあら、だめよそうちゃん。先にいたのはこの人ですもの。あ、そうだ、アナタもお花見ご一緒しません?」

「姉上!」

「まぁまぁいいじゃないか総悟。人数は多い方が楽しいもんだぞ!」


小さな公園に不釣り合いな程に大きな桜。青い空に桃色がハラハラ散る様は儚く、美しい。
ぼんやりと見上げていた俺は、突然背後から掛けられた騒がしい声に思わずビクリと肩を跳ねさせ、後ずさった。

振り替えると、豪快に笑う青年とむくれる栗色の少年、少年と同じ色の少女の姿。男の手に提げられた重箱と水筒、少年が抱える呉座に、花見をしに来たらしいと察した俺は直ぐ様去ろうとして、女の手に捕まった。


「にぎゃ!」

「あらら、駄目よ。桜がこんなに綺麗なんだもの。一緒に愛でましょう?」

「みゃう…」

「そうだぞー。遠慮するな!な、総悟!」

「…ちっ、しょうがないから姉上特製の弁当、わけてやりまさぁ。ありがたく思いやがれ。」

「にゃ、にみゃう!ふぎゃあ!(ジタバタ)」まてまてまて、俺は別に花見なんざ…まぁ、してたけども。それでもだな、なんで人間と一緒に飯なんか!

「さ、召し上がれ。」

「にゃあああ!!」聞けぇえええ!



それが、近藤さん、総悟、ミツバとの出会い。




「に?(フンフン)」

「ん?これか?マヨネーズだが…」

「(ペロッ)!にゃう、ふがっ…あむ(ハグハグハグ)」

「…マヨネーズ好きなんて、変わった猫だなぁ、お前…」

「んっ、にゃおぅ!」


初めてみた薄黄色の物体。初めてみるそれがうまそうで。こんなにうまいものは食べたことがなくて。警戒していたのも忘れて、まよねーず?のかかった料理にがっついた俺は、


「あらあら。十四朗さんったら。そんなに焦って食べなくったって、マヨネーズは逃げないわ。」


女に掛けられた言葉に、情けなくもひっくり返った声をあげた。

「ふぎっ!?」な、んで。コイツが、その名を。

「とおしろう?姉上、コイツの名前知ってるんですかぃ?」


最もな疑問は女の弟らしいチビ…総悟の口から発せられた。


「いいえ?でも名前がないと不便でしょう?」


困惑と疑惑のない交ぜになった視線を向ける俺に笑いかけながら、ミツバはあっさりと言い放った。


「そりゃそうですがねぃ。」

「今日は14日だし、響きもいいでしょう?」


強張っていた体から力が抜ける。そんな理由で、本名当てるとか。なんなんだコイツ。全くもって心臓に悪い。


「そりゃまた安直な。」

「にゃう(コクリ)」

「あら。だめ、かしら?」


しゅん、と眉を下げて言う女。ミツバの様子に多少の罪悪感を感じた俺は、鳴きながら前足で手を叩いた。


「にゃー(タシタシ)」

「?なあに?」

「みゃう」その…なんだ。べつに、呼びたいって言うなら…それで呼んでも、いい、ぞ。

「…もしかして、それでいいよって言ってくれてるの?」

「みゃー(コックリ)」

「そうか!じゃあよろしくな。トシ!」

「トシこのやろう。あんま姉上に触んじゃねぇやい!(ベリッ)」

「に゛ゃ!?」

「猫のくせに。生意気なんでい。」

「にゃう!?」あんだとコラ。

「あらあら。だめよ、そうちゃん。十四朗さんも。」

「はっはっは!仲良しだな!」
「どこがでぃ!」「にゃおぅ!(ブンブン)」



花見で公園を訪れたそいつらは、ちょくちょく遊びに来るようになった。色んな話を聞いた。人と関わりを持ってこなかった俺に、そいつらの話はとても新鮮だった。
3人の遠い田舎の話や生い立ち、こちらの道場に修行という近藤と総悟の話、ミツバがこちらに来たのは、総悟の親代わりだという理由の他に、ミツバが患っている病気にきく大きな病院があるためだ、とか。


中でも俺の興味を引いたのは、"侍"の話。

強い、憧れを感じたんだ。

牙や爪で己の身を守る俺とは違い、刀を手に、自分の信念を貫くという生き方。俺は、己を研くために修行に来たという近藤さんや総悟を、羨ましい思ったんだ。3人といるのは楽しかった。あまりに暖かいものだから、孤独であることがひどく寂しいことだったのだと知ってしまった。



別れがすぐそこにあるとも、知らずに。