雪が降ったので唐突なふぉっくろ | ナノ
※5、6年振りに雪積もったので。唐突なふぉっくろ



「ゆ〜きやこんっこん、あ〜られーやこんっこん」

きんと冷えた空気の中降りしきる綿毛のような雪の結晶に、きゃらきゃらと笑い声をあげて走り回る村の子どもの声が風に乗って社まで届く。冬も深まり空を飛ぶのが億劫になるほどの天気だと言うのに、子どもは風の子とはよく言ったもんだと畳んだ羽根を震わせて、土方は火鉢で炙った餅を齧った。

「なぁ、土方。あれっておれのうた?」

膝に懐くのは舞い散る雪によく似た色の子ども。そわそわと尻尾を振るい目を輝かす様は愛らしいと言えなくもない。

「正しくはこんこ、だな。狐は関係ねぇよ」
「えー。なぁんだ」

ちぇーっと尖った口によく焼けた餅を放り込めばはふはふとまろい頬が上気する。実りに感謝してと納められたその餅は噛めば噛むほど甘い。こいつが村や田畑をよくよく見ているのだろうとふわふわの頭を撫でれば、キョトンといつかの夕焼けのような色をした水晶玉そっくりの大きな瞳を瞬かせて、そいつはふにゃりと笑った。

秋頃、小さな神社で一人ぼっちの小さな妖狐を見つけてしまったのは偶然だった。近くの田んぼに実った稲と同じ色の尻尾を風に揺らしながら社の上で膝を抱える様があまりにも寂しげだったから、つい声を掛けてしまったのだ。ずっと1人で社と村を守っていたらしい狐、銀時は突然声をかけてきた烏天狗の土方に最初は警戒を解かなかったが幾度となく顔を合わせるうちに段々懐くようになった。今ではたまのお供えを大事に取っていて土方が様子を見に来る度に分け合って食べるのを楽しみにしている程だ。いじらしいほどの慕われ様に悪い気のしなかった土方は徐々にその神社に居着くようになり、ずっと社に篭っているらしい銀時に自分の見聞きしてきた物事を教えてやるようになった。それはまるで兄と弟のように。銀時は土方を慕っていたし土方は銀時を可愛がっていた。最近ではだいぶ本音を晒すようになった銀時がひとりは寂しいと自分のねぐらに帰ろうとする土方の裾をほんの控えめに握るようになり、うっかり庇護欲を刺激された土方がひとりにはしねぇよ。俺はもうお前の家族みてぇなもんだろと頭を撫でてやる程で。あれはつい同じ烏天狗仲間の近藤や沖田に自慢してしまったくらいの可愛さだった。うわぁ、何だそれ、大事にしてやれよ!つーか今度紹介しろよ水臭いと感激した近藤に対して沖田はあぁ、とどこか納得したふうに頷くと、うっかり食われちまわねぇように気をつけなせぇと珍しくアドバイスをくれた。心配せずとも鷹や野犬なんかが現れようとも銀時は自分が守ると返すと、何故だか心底呆れたようにため息を吐かれた。

「今年も豊作だったってんでお供えに酒も貰ったんだ。土方も呑もうぜ!」

得意満面といった顔で銀時が言う。ちゃぷんと揺らされた良い香りのする酒瓶に、これは泊まりコースだなと決めて頷く。いつも律儀に自分のねぐらに戻る土方を引き止めようと駄々をこねる銀時は土方が泊めてくれと言うとぱぁっと顔を輝かせた。これで3回目だ!と嬉しそうに笑う銀時の頭を撫でて餅を齧る…そう、土方は小さな寂しがりの妖狐を、弟のように思っていたのだ。赤い顔でふにゃふにゃ笑いながら酒を注ごうとした銀時を止めたのも、兄心からで

「ぷはっ、もーいっぱーい」
「…まだガキなんだから、程々にしとけよ」
「へ?ガキ?俺が?…ああ、そういや言ってなかったっけ。俺、土方よりもずぅーっとお兄さんよ?」
「へ?」

ぶわりと膨れた尻尾が九つに別れた時も、それに合わせて銀時が自分とそう変わらない体躯の男になった時も、まず酒が回りくらくらする自分の頭を疑った。

「三日夜の餅を土方が食ってくれるなんて、夢みたいだ。ずぅーっと、待ってたんだぜ。」

がっしりとした腕でがっちり抱きしめられ、耳元で低く艶のある声に囁かれ、体温と酒臭い吐息を認識しどうやら現実らしいと理解して、一気に酔いが冷めた。だが、頭がはっきりしようが、酒精にやられた手足では暴れることすらもままならなくて。

「な、おま、銀時」
「そうそう。土方がさんっざん可愛がってくれた妖狐の銀時でーす」
「おおおま、騙して、」
「そう怒んなよ。化かしたりだまくらかすのは狐の専売特許でしょうに。いやぁ、そろそろ我慢の限界だったから、無理矢理手篭めにする前に餅食ってくれて良かったわ」

これで土方は俺のものだ。うんっと優しくしてやるよ。と満足げに抱きしめた体をまさぐってくる馬鹿力にろくに抵抗も出来ない土方は餅、と言われて今度は血の気が引いた。随分昔にちらと聞いただけだが三日夜の餅とは、結婚を意味するものではなかっただろうか

「入婿に食わすのが三日夜の餅だが、どっちかってぇとお前さんには俺の嫁さんになって欲しいんだよねぇ。」

どさりと押し倒されてしまえば烏の本能か、仰向けでは抵抗することもままならない。それを知ってか知らずか目の前の九尾はにたりと笑う。犬歯を赤いあかい舌がなぞるのが、妙に生々しい。

「震えちゃって、かわいい。心配しないで土方。ちゃあんと身も、心も、俺のお嫁さんにしてやるから」
「ふっ、ざけんな!俺は男だ、何が嫁ッ」
「そんなに囀らなくてもいいだろ?お前の可愛い銀時にならまたすぐにでも会えるんだから。」
「ヒッ、触んじゃねぇ、っ」
「俺にもお前にもそっくりな赤ん坊、い〜っぱい産んでくれよ?もう俺をひとりにしないんだろ。…家族になってくれんだろ?優しくて可愛そうなひじかた。厄介な狐に化かされて、ハメられて。こんなに泣いて…こんなに、うまそう」
「やめ、ッあ、」

身を捩れば羽根が火鉢にぶつかり近くにあった盆に乗った徳利がガタンと倒れ、銀時が村人にこっそり頼んで作ってもらった殊更酒精の強い酒は空気に溶けて消えて。九尾による烏天狗への長い長いありとあらゆる手を存分に行使した説得という名の冬篭りはじっくりねっとり雪が溶け落ち春が来るまで続いたのでした。

こうして、見事烏天狗を陥らk…娶ったお狐様の上機嫌のおかげか、翌年の秋頃には村は今まで以上の大豊作に恵まれ、その甘い甘い米で作った酒は特産品となり、村は大いに繁栄しました。愛妻家のお狐銀さんは烏天狗の美丈夫を大層愛していて、信仰を得て神様パワーが増したからか元があやかし者だったからか同性だろうが問答無用で子宝にも恵まれまくり、ツンデレなお嫁さんと一緒に、豊作のみならず子孫繁栄の神様としても沢山の人に親しまれ、末永く幸せに暮らしたのでした。めでたしめでたし