「なんだい。お前の仲間なのかい?」 早い時間だったからか他に客がいなかった店内に満ちた不思議な沈黙は、主であるお登勢によって破られた。 「え、つまりお前、天人…?」 銀時はキャサリンの言葉が示すことに気づき、まじまじと腕の中の黒猫を見つめた。視線に猫は怯え、びくりと震える。全身で全てを強く拒絶する姿に、銀時はそっと目を瞑る。 「つまり、コイツもキャサリンみたいになるのかい?」 「知リマセン。」 「なんだいそりゃあ。」 「生レタトキニハ猫型デシタガソレカラハ誰モ知リマセン。」 「…そうかぃ。」 キャサリンの話を聞き、複雑な顔をしたお登勢。黒猫は甘い匂いのする腕の中でますます縮こまり、いっそ痛々しい。カタカタと震えが伝わってきて銀時は気付いた。きっと今、この小さな獣は傷付いている。 この猫について、情報はまるでなかったからなんであんなところに独りでいるのかとか着流しを置いて行ったのは誰なのかとか。知りたかったのは事実だ。 でも、こんな風に他人の口からこの猫の過去を聞きたいわけではないし、傷つけてしまうのは嫌だ。銀時は少し惜しく思いながらもキャサリンの言葉を制した。 「……つーか、そんなこともういいから」 「いいって、アンタね…」 「……っせーな。黙って酒出せよ。」 「っ、なぅ?」 何かを考えるのように口をつぐんでいた銀時。ようやく口を開いたと思えば、出てきた言葉は今までの空気をぶち壊すようなものだった。 「そんなことって、アンタ…気にならないのかい?」 お登勢の言葉に銀時は気にならねぇわけがねぇだろうと吐き捨てた。 「でも、こいつが猫の姿(この格好)なのは変わんねーだろーが。」 それに、 そっと艶やかな漆黒の毛を撫でる。不思議そうにこちらを見上げる琥珀のような瞳にそっと笑みを向ける。 「なんかコイツも知られたくないみたいだし、な。」 名前がわかっただけいいんじゃね?と笑う銀時。ぱちくりと瞬く黒猫の瞳は徐々に驚愕と少しの喜びの色が広がった。 「勝手に過去の詮索するってのァ野暮ってもんじゃね?」 「…アンタがそれでいいってんならアタシは口出ししないよ。」 ニヤリと笑みを浮かべた男の顔を見て、お登勢は口の端を引き上げながら呆れたように煙草の煙を吐き出した。そういうことだから、余計なこと言うんじゃないよ。とキャサリンに釘を指すのも忘れなかった女主人はゆっくりしていきなと黒猫を撫でてからカウンターの中に消えていった。 「ソレデイイト言ウナライイデスケドネ。アホノ坂田サン。モウ知リタクナッテモ教エテヤラネーカラナ。」 ケッと面白くなさそうに吐き捨てたキャサリンも奥に消え、店は静寂に満たされ、 「さぁて、邪魔が入って悪かったな。気を取り直して飲もうや。あ、お前にゃ無理か。まぁ食え。」 「にゃぁ…?」 未だに揺れる瞳に、多少動揺しつつも銀時は何事もなかったかのように小皿にいくつかの料理を乗せて猫の前に置いた。 「あん?…気にしてねぇよ。お前がなんだろうとお前はお前だろ。」 「にゃおぅ…にゃ、(フンフン、ハグッ)」 「くくっ、うまいだろ?」 ちょっとだけ惜しいとか思いながらも、銀時は笑った。こいつが嫌だと思うなら別に無理して知る必要もないだろう。 「にゃ!ふ、むがっ…あむ、」 銀時はようやく名前を知った黒猫が旨そうに料理をがっつくのを見て、ゆっくり笑みを浮かべたのであった。 |