呑み屋と真実 | ナノ



「…エ。コイツ」

「にゃ、」


万事屋の大家であるお登勢の店の戸を開けると、猫耳という世の男達の萌えと希望の詰まった三角の獣耳を持ちながら、全くそれを活かせていない団地妻もどき、もとい元こそ泥もとい鍵っ子、まぁぶっちゃけキャサリンが台拭き持ったままこちらを振り返り、ツレの姿を見た瞬間顔色を変えた。…いや、マジで。何その顔。ホラー?


「おや銀時。ちゃんと働いてきたんだろうね。…連れかい?」

「何言ってんだババア。銀さんもうクッタクタよぉ?」

「店に動物連れてくんなって言ってんだろーが。」

「っ、」


店の奥から出てきたババアの言葉に、店に入ってから今の今まで身動きすらしなかった小さな連れ…黒猫がビクリと身動ぎした。


「ババア。コイツァあの公園の住人様だぞ?勝手に庭いじるんだ。もてなしくらいしろや。」

「…そうかい。じゃあゆっくりしておいきよ。」

「!?」

「今日はババアの奢りか。じゃあさっそく。」

「だーれがお前にまで奢るっつったかこの天然パーマネントぉおおお!!」

「ふべらっ!」


全力で振り抜かれた右ストレートは銀時の左頬にめり込み、ぶっ飛ばした。

「に、にゃあ…?」

「ててて、あ?大丈夫大丈夫。いつものことだから。つーかどうした?お前顔色悪くね?」

「…顔色とかわかんのかい?真っ黒なのに。」

「や、なんとなくってか…こう、目は口ほどにって奴?」

「…まぁいい。早く座りな。そっちのも。」

「にゃー、(フルフル)」

「ほら、遠慮すんなって。」

「に゛ゃ、にゃあ!」


いつもはあまり座らないボックス席に座り、じたばた抵抗する黒猫を床に下ろした。カウンターだとこいつの顔が見れないし、ソファに乗っけると毛だなんだとババアがうるさいからな。


「ソイツ、公園ニイタンデスカ?」

「あ?まぁな。何、知ってんの?」


いつもはあまり絡んでこないハズの猫耳星人が、今日はやけに絡んでくるな…などと考えながら、適当に運ばれてきた食事に箸をつける。


「そういや、名前なんてんだい。」

「にゃ、あ」

「俺も知らねーんだよ」


ババアが尋ねると、黒猫は案の定答えに詰まってしまった。そのさまがあまりにも人間くさくて、苦笑したら怪訝な顔をされた。慌てて誤魔化すように口を開くと、その答えは思わぬところから帰ってきた。


「土方十四郎。」


ビクリ、猫が跳ねた。全身の毛が逆立ち、明らかに体が強ばった。


「ヤッパリ、オ前土方ノ倅カ」

「…、何。マジで知り合い?つか土方?」


銀時の気の抜けた声に、土方と呼ばれた猫がこちらを見上げた。琥珀のよう瞳の中に写っていたのは、怯えと、恐怖と、


「とーしろーって言うの?」


痛々しい色に思わず頭を撫でようとそっと手を伸ばしたら、バシッという音と共に鋭い痛み。


「ってー、図星かコノヤロー。てかお前いい加減手加減してくれよ。」


ジンジンと痺れるような痛みを無視して、黒い毛に触れる。


「ニャー、」


いつになく弱々しい声と、微かに震える体に、何やらこの小さな猫が酷く怯えてるのに気付く。心配になりちょっと叩かれるのを覚悟しながら抱き上げてみるが、なにも抵抗されなかったことに驚いた。


「どうした?」

「ソイツハ猫ジャナイデスヨ。坂田サン。」「あ?」

「ウチノ星ノ語リ草。追放サレタ十四郎。」

「にゃあっ」


やめろ。とでも言わんばかりに声を上げた黒猫。


「人型デハナク猫ノ姿デ生マレタ厄神ノ子。私達ト同ジ天人デス。」


キャサリンの表情の変わらない。でも、猫の体の震えは止まらない。心なしか体温まで下がったような気がする。触れた手に力を込めるが、ぎゅっと閉じられた瞳からは強い拒絶しか感じられなかった。