土方はぴば!!!2015 | ナノ
くるくるふわふわの白髪、やる気の感じられない眠たげな瞳

「何見てんだこのやろー金とんぞ」

神経を逆なでするようなふてぶてしい態度に生意気な口調、更には和洋折衷の独特な風体。それは全て奴の特徴と一致している。しかし問いかけずにはいられなかった。

「…お前万事屋か?」

もきゅもきゅと柏餅を頬張っていたそいつは怪訝そうに顔を歪めた。

「はぁ?他の誰に見えるってんだ。マヨネーズばっか食いすぎると視力落ちるんですかぁ?そいつは知らなかったぜ。」
「マヨネーズが体に害悪を及ぼす訳ねぇだろそれなら糖分取りすぎると性根も毛根も捻じ曲がるってのか。って、そうじゃねぇよ。あれか。隠し子とかそういう」
「それもう聞き飽きたっつーの。ったくどいつもこいつもなんで皆頑なに信じてくんねーわけ?どっからどう見ても銀さんじゃん」
「いやそりゃ仕方ねぇだろ。なんだってんだてめぇのそのなり」

いつも同じ高さにある頭は腰の辺りまでしかなくつむじしか見えず 、団子屋の縁台によじ登り座り直してからぷくぅと膨らんだ頬は思わず突っつきたくなるようなまろみを帯びていて。万事屋の特徴を詰め込んだその生物はどうみても「万事屋のような子ども」だった。隠し子と疑われても仕方ないだろう。

「だーかーらー、正真正銘万事屋銀さんだってば。ちょーっと背が縮んだかもしんねぇけど。あれだよ、流行りの…あ、あん…?あー…まいっちんぐ」

うーんうーんと頭を抱えて出たのがそれかよ。ため息をつきながらも土方はその生物に近付いた。隣に腰をおろしても何も言われなかったので暫く休憩していくことにする。だっているかわからない攘夷志士よりどう見ても大事件が目の前で平和に柏餅頬張ってるし。

「もしかしてアンチエイジングって言いてぇのか」
「こまっけーな通じればいいんだよこういうのは。」
「で?」
「…何日か前に若返りの薬研究してるっつー天人の魚んとこで新薬実験のバイトしたせいだと。曰く宇宙製の薬は人間にゃあ強すぎたらしい。」

ほっぺたに餡子くっつけてぱったぱったと足をバタつかせる万事屋。行儀の悪さに眉をしかめ膝を抑えると不満げに口を尖らせるが団子の追加を頼んでやれば目を輝かせるのだからなんともちょろい。といってもこの現金さは元からな気がするが。

「若返りって限度超えてんだろ。つーか眼鏡とチャイナは。」
「あいつらはピッチピチだから俺だけで行ったの。っつーか流石フォローの鬼。うちの子の心配してくれてんの?」

にんまりと笑う顔は悪ガキのそれでうるっせぇとデコピンしたら短い手を伸ばして頭を抑えて悶絶した。ざまあみろ

「大人げねぇぞ、土方くん」
「からかう方が悪い。つーかなんでこんなとこにいんだよ。」

茶と団子を運んできた娘に礼を言えばはにかみながらぺこりと頭を下げて奥へ引っ込んだ。丁度いい温度の茶を啜るとこちらをちらっと伺う幼い瞳にかち合う。むぅと尖る口に団子を差し出せばとろりと餡の輝くみたらし団子に素直にぱくりと齧り付く。小動物か。何故か動物に毛嫌いされ手ずから餌をやったことのない土方はちょっときゅんきゅん鳴ったような気がする心臓を押さえ込み、視線で先を促す。すれば餌付けに成功した小動物…もとい大人しくなった子どもはもっちもっち団子を頬張り飲み下してから湯呑を小さな両手で持ち上げふっと虚ろな目でぼやく。

「うちにいるとおもちゃにされるから外にいた方が安全なんだよ…うちには怪力娘と大型犬がいるもんだからこんななりじゃあ抵抗もままならねぇ」
「あぁ…」

思わず深く納得してしまった。あの元気とパワー有り余るおてんば娘と大型犬の前にこの姿の万事屋を放り出したら…ぶるりと身震いした。まず間違いなく骨の何本かは覚悟せねばなるまい。

「解毒っつーか治るように魚に診てもらってきたし、なんかよくわからんが注射も打ったし。何日かしたら戻るらしいから別にどーってことねぇよ」
「そうかよ」

治るまで家に帰れないと分かっているのに小さな子どもが虚勢を張るのが痛々しくて思わず同情心が首をもたげる。しかし忘れてはいけない。この子どもが坂田銀時であるということを。

「っつーわけで、土方くんそれまで暇つぶしに付き合ってよ。できれば2、3日」
「お前と違って暇じゃねぇんでな。寝言は寝て言え」

ちょっとでも隙を見せたら転がり込む気満々だったんじゃねぇかとこの男の持つ嗅覚の鋭さと図々しさに油断も隙もないと内心で罵りつつ、じゃあなともふもふのちっこい頭をぽんぽん撫でてから頼んだ分よりいくらか多めに勘定を置いて立ち上がればひしっと足に抱きつかれた。どうやら諦めの悪さもそのままらしい。

「おっま!神楽の怪力知ってるだろ?!元が俺な分遠慮の欠片もねぇし、それにうっかり初代定春(うさぎ)を抱き潰したような奴なんだぞ?!俺もうっかりぷちっとされたらどうすんだよ!鬼の副長さんは血も涙もマヨなの?!この人でなしぃぃい」
「知るか、てめぇのとこのガキは自分で躾やがれ!」
「むーりーでーすぅー!今の姿なんざどうせ多少雑に弄っても壊れない玩具なんだよ!いたいけな子どもを見捨てるつもりか!」

必死にしがみついてくる子どもの瞳は若干潤んでいて、その必死な様子からしてこれはどうやら帰ったら本当に悲惨な未来が確定しているらしい。これから被る迷惑と面倒といくらコイツが万事屋だろうが小さな子どもが自分のせいで朝日を待たず冷たくなったことを知った時のあの寝覚めの悪さとを天秤に掛ける。しばしの沈黙の後に仕方ないかと重々しいため息と共に携帯を取り出せば不安そうな表情でこちらを見上げていた顔がぱっと輝く。本っ当に、どこまでも現金な奴だ。

「土方だが。…眼鏡か。団子屋でガキの保護を頼まれた。…ああ、そうだ。綿菓子みてぇな、…おう。それじゃ、一人になっちまうからチャイナ頼まァ。戻り次第返すから。ああ。じゃあな」
「…綿菓子ってなんのことだこのやろー」
「お前の頭以外に何があるってんだ、…どこで聞き耳立てられてるかわからないからな。おっさんがガキになる薬、なんて悪用されたら一大事だ」
「おっさん言うなやお前も似たようなもんだろ。で?何、泊めてくれるの?…屯所行ったら今度はお宅のドS王子の玩具にされそうだからて遠慮したいんだけど。」
「薬は2、3日で切れるのか?それくらいなら別邸に匿ってやる」
「マジでか!」

助かったと嬉しそうに目を輝かす子どもに見上げられるとうっかり厄介事を安請け合いしてしまった実感が湧く。煙草に伸びそうになった手を握り込めば吸わねぇの?首を傾げるまあるい瞳。くそ、吸えるか。

「なんだよ、ため息ばっかついてたら幸せが逃げちまうんだぜ?」
「誰のせいだの誰の。」
「おれのせいだって言いてぇのか。」
「お前以外に誰がいるってんだよ。それ食ったらとっとと行くぞ」
「へーい」

立ち上がり、やわらかい小さな手が指先を握りこんだことに眉を顰めれば、嫌そうな顔すんなってとあどけなさの残る顔でいつもの嫌な笑顔を浮かべるものだからなんかもやっとする。

「元の絵面を考えやがれ、寒すぎるだろ」
「えー?銀さん今めっちゃ愛嬌溢れてね?愛すべきちびっこじゃね?」
「ガキは苦手だ。放しやがれ」
「おま、今の俺の歩幅考えろよ。置いてかれたら困るだろ、俺が」
「…置き去りにしやしねぇよ」
「さっすが、犬のおまわりさんは頼もしいねぇ」
「は、迷子の子猫ちゃんって柄かよ」
「あ、今のすごいTOSHIっぽかった」
「置いてくぞ」
「ごめんって」

調子よく返されるのはいつものくだらないやりとりで、なのになぜこんなに嬉しそうに繋いだ手を揺らすのかと訝しめば万事屋は大きな瞳でこちらをちらと見やり、忘れてるわきゃねぇよな?と瞬いた。

「こんな状況で何が嬉しいのか理解できないって顔だけどよぉ。好いた相手と手を繋ぎながらお天道さんの下大手を振って歩ける今の状況、こっちからしたら浮かれるなって方が無理なの。わかる?」

まるで聞き分けのない子どもに言い聞かせるように言われてしまえば閉口せざるを得ない。覚えていない訳ではない。記憶から消し去ってしまいたかっただけだ。

「…俺ぁ、無理だって言わなかったか。」
「俺だって、諦めないって言っただろ。」

可及的速やかに忘れようと思い出さないようにしていたが無駄だったらしい。いくら誤魔化そうとしたところで自分の気持ちにゃ嘘をつけない。そう言って真剣な表情で告げられたのは4月の中頃のことだった。エイプリルフールはもうとっくに過ぎたぞと返せば言いにくそうに天パを掻き回し、知ってる。残念ながら本気だよと坂田は言ったのだ。

「諦めの悪い男は嫌われるらしいが」
「残念ながら、絶対に振り向かせるって宣戦布告してるからね。お前に構って貰えるなら、どんなナリだろうがたなぼたに違いねぇよ。」
「…そうかよ」
「そーそ。だから、」

繋いだ手をぎゅうと握り、幼い顔で男の表情を浮かべた坂田はにんまりと笑った。

「俺はいつだって本気だから。うっかり惚れちまわないように、せいぜい気をつけろよ?」
「…そのナリしたてめぇに、この俺が落ちるって言うのか。クソガキ」
「小さかろうが俺は俺だからなー、この溢れんばかりの魅力に土方くんがメロメロになるのも時間の問題だろ。」
「ハ、寝言は寝て言え。子どもは昼寝の時間だろ。」
「バカ言え。依頼がなけりゃうちは三食はなくてもお昼寝は付くぞ」
「働けマダオ」
「ってガキどもに言われたから働いた結果がこれなの!」
「…お前の何処に惚れろって?」
「…俺も今ちょっと思った」

つうか俺巡回の途中なんだがと言えばどうせ誕生日くらい休めって近藤辺りに屯所追い出されたから行く宛なかったんでしょ、毎年恒例じゃんとお見通しだとばかりに笑われる。イラッとしたが祝日で往来が賑わう穏やかな昼下がり。繋いだ小さな手を乱暴に振り解くのはなんとなく憚られた。家までは徒歩10分もかからない。歩幅は小さくゆっくりめだがこれから普段あまり使ってない別邸を掃除する予定しかなかったので人手が増えたと思えば気分は幾分軽くなる。小さくても猫の手くらいにはなるだろう。

「ついたら、とりあえず掃除するからちゃんと手伝えよ。」
「さっきの団子分と3日分の宿泊費くらいは働かして貰うって。あ、忘れるとこだった」

くん、と手を引かれ、何かと視線を下げれば

「ありがとな、土方。あと誕生日おめでと」

今年はちゃんと直接言えたと頬を染めた坂田が無邪気に笑みを浮かべていて。

「…おう。」

毎年毎年屯所から追い出される度に物言いたげにこちらを見ているのに薄々気付いていながらさり気なく接触を避けていた側としては良心をぐっさり抉られた気がした。

そして、

「あれ、土方顔赤くない?惚れた?キュンと来ちゃった?」
「あんま調子乗ったら置いてくからな」
「ごめんって」

誤魔化せても嘘は付けないらしい心に押し寄せたのは何年も避け続けてやっと聞けた言葉への紛れもない歓喜だった。

「くっそ、とんだ誕生日プレゼントだな。」
「来年はもっといいもんやるから、今年はおれで我慢しといて?」
「…、」
「へ?なんて?」
「かわいこぶってんなって言ったんだよマダオが。とっとと帰るぞ」
「え、ちょっ、おい待てって!」


(それなら、来年もおめでとうって言ってくれ、なんて)



土方はぴば!!!