「依頼主との待ち合わせ、てめぇのせいで遅刻しかけただろうがッ」 よく通る声がわん、と部屋を震わせた。怒りに満ちたそれにびくりと肩を揺らした見習いである新八はありえないだのなんだのと声を荒らげる声の主になんとなく顛末を察し、この派手な喧嘩も今月でもう何度目だろうかとため息をつきながら仕事の手を止めコーヒーを淹れる為に席を立った。お盆に貰い物のクッキーまで乗せてやって社長室の扉をノックすれば肩で息をするイケメンと、それを何処吹く風といった様子でふかふかの椅子に座り耳をほじる白い毛玉。 「たかがバス一本乗り遅れた程度でキーキー言うなや。ちゃんと送ってやったでしょ」 「ッ元はと言えばてめぇが朝っぱらから年甲斐もなく盛るから…ッ」 「銀さん土方さん…コーヒー、入りましたよ」 下手すれば外まで響かんという大声でナニ言い出すやらと慌てて口を挟めば漸く新八の存在に気付いたのか土方はぴたりと黙り込む。気まずげな顔がじわじわと赤く染まるのを見、奥の机でにやにや笑う天パに目をやった新八はこいつ、確信犯かと内心呆れかえる。好きな子をついついいじめてしまうなんて、本当に碌でもない大人だ。これがうちのトップだなんて、就職先間違えたかな。ここ最近よく胸を過る疑問が浮かぶと同時にしかし己が転職を考える気は更々ないことは確固たる事実なのでやたら重たいため息が溢れた。 「つーか途中からお前もノリノリだっただろうがよ。仕掛けたのは確かに俺だけど同意の上で事に及んでいたはずなのに俺にばかり責任を押し付けるのはよくないと思いますが?土方弁護士?」 「乗らざるを得ない手口で事を強要してきたのはてめぇだろうが、坂田弁護士。つーか続きは後だ。悪ぃな志村。こんな話聞かせちまって。」 「えっ、いえ、それはいいんですけど。それで、結局依頼はどうなったんですか。」 「ああ、それがだな…」 かちりと表情を切り替えた土方は完璧な仕事モードで。ぴしりとシワひとつないスーツ越しにもわかるしゃんと伸びた鍛えられた体。書類に落とされた視線の鋭さや前髪の影が掛かった表情から既に相当頭の切れる人物だ見て取れてまさに出来る男といったもので。思わずほうと見蕩れそうになったのを誤魔化す為に社長椅子にふんぞり返っていた坂田をこっそり見遣れば、(うっわぁ…) 特別うれしそうに、そっと目元をとろけさせる坂田なんて、結構長い、それこそ学生の時分からの付き合いで初めて見た。 (本当に好きなんだなぁ、なら尚更意地悪しなければいいのに。) 全くもって素直じゃないのだ。うちのバカ社長は。 「志村?」 「いえ、なんでもないです。と、いうことは依頼は断ると?」 「…依頼主の言い分もわからなくはない、だがそれだけじゃな…。なにしろ証拠がない。」 「いや、この件受けるぞ。」 「はぁ!?」 「え、ちょ、銀さん!そんな勝手に、」 「なーんか、きなくせェんだよこの一件。あのおっさん間違いなくなんか隠してやがる」 断言する瞳は、今までの色ボケはどこに行ったのかと聞きたくなるほど強い光が宿っていて、引っかかりはあったのかぐ、と言葉に詰まる土方に、坂田はにんまりと獰猛に笑って見せた。 「それとも何?自分の直感が信じられない程負けるのが怖い訳?土方くんってプライド高くって大変だなぁ?まぁ別に悪いことじゃねぇけど?その分たっけぇプライドへし折って泣かす楽しみがあるわけだし。」 「誰がてめぇなんぞに泣かされるかよ。チッ、気ィ使ったのが馬鹿みたいじゃねぇか。」 「なぁに、土方くんってば負けた時のこと考えてうちの看板に傷が〜とか心配してくれたわけ?やーさーしーいー」 「今まさに後悔してるとこだ語尾を伸ばすな鬱陶しい!つーか俺が負けるわけねぇだろ。どっかの昼行灯が勘づくくれぇ解り易い違和感の正体なんざ、3日で掴んで見せるわ」 「そ。じゃあ頑張って〜」 「そうと決まれば早速取り掛かる。志村、悪いがちょっと手伝ってくれ。」 「あ、はい。」 まんまと乗せられる土方に向ける顔は段々ニヤけだして、きりりと距離を縮めいた目と眉の鋭さの欠片もない。全く、歯切れの悪い口調や迷いのある視線から放っといても受けただろうと新八にさえわかるのに必要以上に焚き付けるのは勘弁して欲しいものだ。 今にも気炎を吐き出しそうな土方は走り出す寸前の軍馬のようで、走り出したら真実に辿り着くまで止まらないことを嫌と言うほど知っているため少しげんなりしてしまう。最善を尽すのは勿論だが少しは自身の体のことも考えて欲しいものだ。まぁその辺のことは言われなくてもあの天パがなんとかするのだろうけど。 「あんにゃろう、絶対、ぎゃふんと言わせてやる。」 パタン、と閉じられた扉を背に、土方が呟いた。ちら、と見やりあーあ、と内心首を振った。 (滅多に見れないもんなぁ、銀さんのあんな顔) すごく楽しそうだ。それもそうかもしれない。 飄々と仕事をこなすふわふわいい加減な昼行灯。でもそんな坂田が実は誰より誇りを持って仕事に臨んでいて、弱い者に手を差し伸べ真実を追い求めていることを一番理解しているのは土方だろう。そんな男にお前ならできるだろう?え?なに、もしかして無理?だなんて言われて燃えないはずがないのだ。この負けず嫌いな男が。 前の事務所は利益を求める色が強く看板に傷が付くような案件は受けられなかったらしい。方向性が合わなかったのだといつか零していた。だがこの意志の強い男が無職になったからといってあんな怪しい天パに誘われてホイホイついて来るとは思えない。というかとてもじゃないが認めた男以外の下につくとは考えられない。実力は申し分なくすぐに坂田のパートナーにまで登り詰めた土方。パートナーになったのが実は公私共に、だったのは少し意外だったがやはり土方も認められたいのだ。非常に不本意ではあるが、あの男に。もっと、もっと。自分の事を。 (まぁそんな頑張らなくても結構夢中っぽいけど。) だってあのどこか冷めた所のある男が、仕事と私どっちが大事なの?!なんてドラマでも中々聞かないセリフを数え切れない程浴びせられていたあの男が仕事に影響が出るかもしれない状況で手を伸ばさずにはいられない程度には溺れているのだから。 (………、) 要するにお腹いっぱいな状況な訳なのだけれど (ま、いいか。) どうしようもない人達だけど、その手腕だけは確かなのだから。 「土方さん、」 「あ?」 「今回も、勉強させてもらいます。」 真っ直ぐに見据えて頭を下げれば、土方からふっ、と柔らかい吐息が溢れた。 「ああ、いい手も悪手もしっかり学べよ」 「はいっ!」 認められたいのはあんた達だけじゃない。早く一人前だと認められる為に、目の前の高い高い双璧を超えるために。やっぱりこの位置を手放せない。それが例え砂を吐きそうなやりとりに日々に巻き込まれる立ち位置だとしても。 「あっ、土方ぁ、やっぱこれお前のパンツだったわ〜」 「ふざけんな死ね」 (最近銀さんの土方さんは俺の発言うざいからとっとと一人前になって独立しよう。) なるべく早い独り立ちを目指し、新八は今日も学ぶのだ。 |