女装サロンぱっつち | ナノ
綺麗なものが好きだった。

物心ついた時には既に施設でたくさんの仲間と一緒に暮らしてた。上にも下にも兄弟がいっぱいいて、泣くのも、笑うのも皆と一緒で。引き取り手が見つかった子らを見送り、新しい子を迎え入れながら年長になった。

「ぅわぁあああああん」
「あーもー、なくなって!!」

毎日大変そうな先生を助けようと年下の子どもの面倒を見てやるのは銀時の仕事になって。遊ぶのは得意だけど泣く子をあやすのはぶっちゃけ面倒で嫌いだった。

「だっ、だってぇ…っ、わあああああああんッ」
「ったく、しかたねぇな。ホラ、いいもんやっからもうなくな!」

学校で、友達に新しい髪飾りを自慢されて、羨ましくて喧嘩してしまったのだと、鼻水をぐしゅぐしゅいわせながら真っ赤な目でこっちを見るチビにため息をつく。だって、だってとしゃくりあげるチビの手を握り、ポケットから取り出したそれをそっと手のひらにのっけてやる。

「ッ!ぎんちゃん!コレ、」

手の中を覗き込んでパッと輝いたチビの頭をぽんぽんと撫でてやる。

「銀さんとくせい、ポンポンかみかざりな。この前テストで100点とれてたから、ごほうび。」

小さな手に握りこまれたのは布を裂いたものを縛って作ったポンポンのついた髪ゴムで。先生に見せたら銀時はとっても器用ですね。きっと喜ばれますよ。と太鼓判を押してくれたものだ。

胸がぎゅってなるから、泣かれるのは嫌いだ。特によく泣く女の子達を泣き止ませる為に、最近覚えた魔法の言葉。

「ほら、せっかくかわいくしてやったんだから。泣くな、笑え。」

そのゴムで髪を2つに結んでやってからぐりぐりと頭を撫でてやるときゃらきゃらと上がる笑い声。

「ぎんちゃん!ありがとう!!」
「ん。ホラ、さっさと仲直りしてこい」
「うん!いってきます!!」

綺麗なものが好きだった。青空に舞う桜の花びらに強い陽射しに透けたビー玉、夕焼けと同じ色をしたトンボに姿勢よく並んだ習字。やさしく耳を打つ先生の声と遥か遠くの空にそびえたつ入道雲。
それから、大切な家族たちの、パッと輝く眩しい笑顔。

喜ぶ顔が見たくて、ちょこちょこ作ったものを妹分達に与えてみた。布の切れ端を細かく裂いて作ったポンポンをつけただけの髪ゴムにペットボトルを細かく切って色塗ってトースターでチンして作ったビーズを繋げてブレスレット、貝殻に錐で穴を空けて作ったイヤリングに紐を編んで中にビー玉を閉じ込めた首飾り。かわいいかわいいとはしゃぐ妹達を見て、先生に褒められて。苦労して作った物をまるで宝物のように大切そうに握る小さな手に、銀時の心はあたたかく満たされた。

中学に進む頃にはカタログを差し出されてねだられ髪を結んでやって。綺麗に結われたお団子にお手製シュシュをつけてたやって。コーディネートを頼まれるなんてしょっちゅうで、少ない服を貸し借りする子らにそれにはこれを合わせて、とアドバイスを飛ばして。ませた子どもの精一杯を、可能な限り綺麗にしてやって。高校に入って暫くして、お小遣いを皆で貯めたのだとメイク道具を差し出された時は流石に驚いたが始めてそれを開いた時の高揚感は今でも忘れられない。
流石に思春期に差し掛かった時には女子の好きそうな服やアクセサリーや小物に詳しいことに多少の気恥ずかしさも感じるようになりはしたが、大事な大事な兄妹が喜んでくれるならそれは些末な問題だった。
それに、自分の手で綺麗なものを作り上げる喜びはえも言えぬものがあった。

そして、時は流れて。

「ぎんぱっつぁん!おはよー!」
「先生おはようございますだろうが。」

銀時は、教師になった。かつての恩師が教えてくれた美しい言葉達を今度は自分が、なんて大それたことを考えたわけではなく、学費免除の特待生を狙い必死で勉学に励み、流れで手にいれた安定した職である。

「おいこらー。お前ら化粧濃いぞー若いんだからもうちょい抑えとけー」
「はー?んなこと銀八に言われたくねーし」
「先生を付けろー。そんな厚塗りしてあとから肌ボロボロになって後悔しても知らねーかんなー。つーか何?そのグロス。朝から天ぷらでも食って来たの?」
「はぁ!?ちょー失礼なんですけど!」
「…てかお前そんかどぎつい赤より淡いピンク系のが合いそうじゃね?目元もそんな濃く塗る必要ねぇだろナチュラルに決めろよ」
「えー。だってこういうのが流行りなんだしー。」
「流行り取り入れんのは結構だがよ、それ自分に合わなかったら意味ねーだろ。」
「そうだけど…てか銀八、メイク詳しくね?」
「まぁなー。妹達がうるさくてよぉ」
「銀八妹さんいんの?」
「おー。周りで化粧だ服だぴーぴーぴーぴーうるさけりゃ嫌でも詳しくなるって」
「はは、何それうけるー」
「ま、そのうち自分にどんな化粧があってるかは分かるようになんだろ。先生的には若い子には薄化粧が合うと思う」
「結局自分の好みかよ!」

けらけら笑いながらそれでもじゃあそういうのも試してみるわと手を振り廊下をかけていく所謂ギャル系の女子生徒達に廊下は走るなよーと声をかけ薄っぺらいスリッパで廊下を進む。

(んー。素材はそれなりだし清楚系で決めれば化けると思うんだが…そこまで口出したらセクハラで訴えられっか)

がりがりと頭を掻いて思うのはどの娘にどんなメイクが合うか、なんてことで。それなら服はと考えてしまうのはもう一種の癖というか。口に出したら教育委員会に訴えられそうな感じだが考えるだけなら自由だろう。

(あー、やべー。この前買った新色試してぇ)

発展途上のメイクにもっとこうすれば引き立つのに、勿体ないなんて思いながらやる気のない歩調で歩く。追い越していく生徒たちの挨拶に適当に返しながら指先がうずうずする感覚に胸中でううむと唸った。通りかかった教室の黒板をちらりと窺えば、おあつらえ向きに今日は金曜日で。
(んー…明日、久々に開けるか)

ふむ。と一人頷けば近くのスピーカーから予礼のチャイムが鳴り響いて

「おーいお前らー。席につけー。」

週末の楽しみをそっと頭の端へと追いやって、銀時は自分の受け持つZ組のドアを開いたのであった。




坂田銀時には秘密がある。

銀魂高校で教師を勤める彼の、人には言えない秘密。バレたら今の職を失いかねないそれは、週末にひっそりと行われる。

いつ開店するかは完全に気紛れ。ネットにのみ窓口を置き紹介や前以ての約束を行っていないにも関わらず、受付を開始すれば瞬く間に予約が埋まるネットで評判の女装サロン。
どんな男でも腕利きのスタッフがそれぞれに合った服やメイクで奥底に眠っていた魅力を引き出し、華麗に変身させてくれると密かに人気を箔している女装サロンAzumi、銀時はその「お手伝い」なのだ。と言っても元々の店の持ち主は今海外に行っており全権(風通しなどの管理から店を開けるかのか否か等の文字通り全て)丸投げされてしまっているのでいろいろ複雑な実質的な店長代理なのである。ちなみに理事長であるお登勢からの許可は特別に得ている。なんせ最初に女装サロンの手伝いを頼んできたのが当時夢を叶える為に独立したいとあご美に相談を受けたかまっ娘倶楽部のオーナー西郷だったのだ。大学で学びながら様々なバイトをこなしていた銀時はお登勢の紹介と言う名の圧力に屈して何度かオカマバーに売られておりその際に実力を知られてしまっていたのが痛かった。妖怪同士の絆は割と強いものだったのか、はたまた何か取引かあったのか。気がつけばトントン拍子で銀時は化け物の吹き溜まりに売られることが決まっていた。そしてそこに本人の意思が介入する余地は一切なかったのであった。

当然、本来公務員に副業は認められていない。しかし実家の手伝いみたいなもんだろとごり押しされれば強い抵抗も出来ず。後見人であるお登勢や学生時代から面倒見てもらってる西郷2人掛かりで言いくるめられてしまえば銀時が折れるのにそう時間は掛からなかった。

ふりふりヒラヒラの服にキラキラのアクセサリー。道具を駆使して髪型を弄りメイクを施し人を笑顔にする仕事。笑顔になるのが妙に仕草がくねくねした野郎どもだというのには少なからずげんなりするが弾む足取りでに店を出て行くならこの仕事は意外と悪くないものなのだろう。

と、楽観的に考えていたのが良くなかったのだろうか。

「せん、せい?」
「は?…え、ひ、土方!?」

その時まで綺麗さっぱり忘れていたのだ。本来禁止されている副業についている事に対する危機感も、それを学校関係者、ましてや生徒に知られてしまう可能性さえも。

「先生、こういう趣味だったんですか」

唖然とするのは受け持ちの生徒で、ネットならば偽名を使われてもバレようがないのだと何故それまで思い至らなかったのだと内心頭を抱えた。いかん、これは完全に予想外の事態だ。いくら雇い主側の承諾を得ているとはいえ私立高校の教師が休日だけ女装サロンで働いていて教鞭を振るう腕でオカマにメイクを施しているなんて公になれば大問題だ。よく見積もっても社会的に死ぬ。全く迂闊だった。思いつきさえしなかった。

いやだって、

「そういうお前こそこういうのに興味あったんだ?つーかここ完全18禁なんだけど」

一般的に、人に言えない部類に割り振られるであろう女装趣味を少なくとも店員である他人に晒すことになるのが女装サロンだ。なので訪れる客の大半は開き直ったオカマや自分の嗜好を受け入れている野郎どもで。そんな所に、しかも、大きく未成年お断りと掲げている女装サロンにわざわざ身分を偽ってまでやってくる男子高校生が存在するなどと誰が思うか馬鹿野郎。

心の中でそう毒づきながら、銀時は店の入口で呆然と固まる生徒を見つめる。

わざわざご丁寧に偽名まで使って女装サロンを訪れたのは銀時の受け持つクラスでも飛び抜けて整った顔立ちをした、しかし天地がひっくり返っても女装などしなそうな、およそ女々しさとは無縁だと思っていたイケメン、土方十四郎その人だった。




続かないよ_(:3 」∠)_