着流しと | ナノ



「ん?なんだコレ。」

「にゃ?……っ!!にゃおぅ!!(ガリッ)」

「だっ!ぃ…ってぇえええ!!」


声につられて振り返ったとき、つい手に握られたボロボロな布切れに反応した俺は、男の優しい手に、まるで獰猛な獣のごとく飛びかかってしまった。


「っにゃ、」あ、しまっ、

「っ、どうした?今度は何したの。俺。」


はっと我にかえりくわえた布を落とした俺は、銀時からかけられた言葉も耳に入らないくらい動揺してしまった。

どうしよう。銀時に、嫌われた。だって銀時は紅い傷の走る右手をもう片方の手で覆いながら、面倒くさそうに溜め息をついている。今度こそ、呆れられたに違いない。たかがボロボロの一見着流しには見えない布切れのために、いきなり飛びかかった俺。俺にとってコレは思い出の詰まった大切なものだけど。俺はまた銀時に爪をたててしまった。怪我をさせてしまった。やはり怒らせてしまっただろうか。また、一人になるのだろうか。


「っ、にゃ…っ、」

「?オイ?」


戸惑うように立ち尽くした俺を不思議に思ったのか心配そうにこちらを覗き込む銀時。しかし、俺の目に飛び込んできたのは、傷口から滴る、赤い雫。

手から、俺のつけた傷から、赤。ち?血?血、だ。血だ!どうしようどうしようどうしよう。銀時にまた怪我させた。いや待て。何で俺はこんなに焦ってるんだ。たかがかすり傷じゃないか。でも。


「に、ゃっ」

「どうした?大丈夫か?」


刈り取られ短くなった草を踏み締める四肢が震え、心臓が嫌な音を立てる。自分でも驚くほど焦り、緊張しているのがわかった。なんでこんなに、怖いんだ。いつも、ずっと一人だった俺が。何で今更、たかが一人の男に嫌われたかもってくらいで、こんな。


ドクドクと耳元で音をたてる心臓となぜかざわつく気持ちを抑えながら、断罪の時を待った。
経験上、人間相手に怪我をさせた時、大抵何かが飛んできた。
今回は、手だろうか足だろうか、はたまた腰にある刀の形を模した棒かもしれない。しばらく俺を見下ろし突っ立っていた男がすっと動いた瞬間、俺は痛みに耐えるように反射的にぎゅっと目を瞑った。


ぽん、と頭にあたたかな手が乗った。


「ったく、何ビビってんだか。」


苦笑混じりの言葉が耳に届くと同時にそのあたたかな手で胴を捕まれた。


「にゃ、にゃう!?」


いつもと変わらぬ暖かな掌に数秒呆けてしまった俺は、暴れる間もなく銀時の腕の中に納められてしまった。


「ったく。いつもあんだけ暴れるくせに。」


こんくらい気にすんな、と笑いかけられた。その笑みの色は、全然変わらない。少し気が楽になるが、


「にぃ、」でも、


それでもなんでか素直に力を抜くことができない。滴る赤に、どうしても心臓が騒ぐ。


「何、血ィ駄目かなんかか?や、でもお前いつも俺のことバッリバリ引っかいてくんじゃねーか。」


んー?と首をかしげる銀時。…コイツ、なんで怒らねーんだ。

やはりコイツは俺のことを…ただの猫としか思っていないのだろうか。や、まず天人だとバレてるわけがないのだが。でも、それにしては扱い方が少し他の人間とは違う気がする…。まぁ、何がと言われれば、野生の勘なのだが。


なんでコイツの傍はこんなに心地良いんだ。嫌われて、離れてしまうのが惜しくなってしまう。とりあえず、胸中でドロドロと渦巻く罪悪感に圧されて、いつもは意地が邪魔して決して口から出ることがないようなことを言ってみることにした。


「にゃー…」その、なんだ…

「ん?」

「に、にゃうぅ」わ、わるかったなっ


どうせ言葉が伝わることはないから、素直に気持ちを伝えてみる。啼き声だけからわかるはずが無いから。案の定ポカンと呆けた銀時に少しだけ気が晴れたところで、不意に返ってきた男の言葉に俺は硬直した。


「おう、気にすんな。」


なんで、と顔に出てたのだろうか。にやにやと笑う男が意地の悪そうな笑みを濃くした。


「わかりやすすぎるんだよ、お前。目は口ほどにってな。」


あの着流し、お前のなんだな。なんか大切なんだろ。勝手に触っちまってわりーな。
ゆっくりと頭を撫でられた。


「にゃ、ふにゃあっ」なんで、そこまで。わかっちまうんだ。

「ん?そりゃアレだ。ご都合主義。」

「に、」


笑った男にガクッと脱力した。呆れて笑う俺に男は、やあっと笑ったな。と頭を撫でた。


「さあって、と。草刈り終わったし、ゴミも片したし。今日はコレぐらいでいっか。」

「にゃ?」…もう、か?

「長引かせたほうがぼったくれんだろ」

「……」

「ちょ、冗談だから。ふざけただけだから。そんな目で見ないで頼むからぁあああ!」

「にゃむ(フフン」

「…あ、飯食いに行こうぜ。ババアんとこ。」


働かざる者食うべからず。だからガキどもは呼んでやんねぇ。話をそらしてそう嘯いた男に、そういやコイツにも仲間というか家族がいるのだということに気がついた。


「にゃー」…つーか、その道理でいくとお前餓死すんじゃね?

「……なんとなくわかるぞ。お前、今結構失礼なこと考えただろ。」

「……(フイッ←目そらし)」

「ぬぉおおおぃいい!!図星か!当たっちゃったのか!」

「にゃあ(コクリ)」

「否定しろぉおおおお!!っだ!」


うるさかったから男の腕をピシャと叩いた。一応気を使って、いつもより弱めだ。衝撃がいつもより幾分小さかったことに気が付いたのだろう男は少し目を見開いたあと、柔らかく笑った。


「……まぁいいか。行こうぜ。腹減ったろ。」


銀さん腹ペコなどと笑いながら俺を抱き上げたまま男が歩き出す。もちろんびっくりしてすぐに飛び降りた。


「ちょ、少しは甘えろよー。」

「にゃーぉ(フンッ)」

「ちぇっ…まあいいや。こっちな。」

「…にゃう」



その日、夕日も沈み闇が満ち始めたかぶき町を歩く1人と1匹の姿があったとかなかったとか。