夕暮れの土手は人気もなく、風はまだまだ冷たく頬を撫でるけれどさらさらと流れる川の音を聞きながらのんびりと散歩をするにはうってつけで、神楽に定春を押し付けられた時に散歩に連れていくならここ、という銀時の密かなお気に入りスポットだったりする。まぁあの巨体に引き摺られながら歩いているので風景を楽しむ余裕はなどないに等しいが、何しろ人が殆ど通らないのだ。町の外れにあり橋からもそれなりに離れているので定春が大きな声で鳴こうが吠えようが怯える子どもも腰を抜かす老人もいないし土手を挟んだ反対側は鬱蒼と茂る雑木林で定春がどれだけ暴れようと被害がない。家のじゃじゃ馬(犬)の出した損害はもれなく家計を逼迫するので誰にも怪我をさせず、物を壊す心配もなくのびのびと思う存分体を動かすことの出来る場所を偶然見つけることが出来たのはとても幸運だった。 普段、中々外で甘い雰囲気を出してくれない恋人をここに連れてくるのは初めてだったが、いつもは人目を気にして付き合ってることをひた隠しにし、つんとすました顔で平然と無視を決め込み外での接触を全力で拒み、目をあせれば寄るな触るなと無言で威嚇してくるようなこの恋人がこの時間を大切にする様に半歩ほど後ろを殊更ゆっくり歩くのはなんだか妙にくすぐったい。夕日で赤く染まった横顔は唇を固く引き結び、少し伏し目がちで。照れているのかな、と思えばにやけそうになる顔を引き締めるのが大変だ。 「いやー穴場スポットだろーここ。人もいないし、静かだし、河川敷の雑草も定春が暴れてなぎ倒したんでこの前本格的に整備したから昼寝するのにうってつけでよぉ」 「っへぇ、」 定春用のドッグランみたいな感じになってんだよね、と笑えばあまり興味なさそうに恋人が相槌を打つ。そのどこか上の空でそわそわと落ち着かない様子に少しばかりイラッとしながら、それでも仕事人間である恋人、土方との久しぶりの会瀬を楽しみたい気持ちが勝ったのでキツく拳を握るだけで誤魔化した。そんな様子に気付いたのか、土方の肩がびくりと震える。そっとこっちを伺う様は自然と上目使いっぽくなって、ああもうやっぱりかわいいなぁと些細な苛立ち吹っ飛び自然と顔が綻んだ。その様子を見て少しだけほっとしたような表情を浮かべる土方にやっちまったと反省する。我が儘だってわかっているのだ。いつも仕事ばかりなのだから、たまのデートくらい俺の方だけ見てくれたらいいのに、なんて。 「今度はピクニックでもしようぜ。ここなら人目もねぇから堂々とイチャつけるし」 「…もっと、暖かくなってからな。」 誤魔化すように提案すればぼそぼそと囁くような大きさの声で返される。やったーとおどけて見せれば漸く土方もごく控えめに笑みを滲ませた。 「ここさ、もう殆ど定春の縄張りみたいなもんでさ。人誘ったの初めてなんだぜ。」 「そりゃぁ、光栄だな」 「うん。だからさ、」 ほんとはこんな風に連れて来たかったわけじゃないんだよね。本当に。 思ったより冷めた声が出た。ぎくり、と再び強ばる肩に少しでも罪悪感を覚えてくれるならいいんだけど、と内心ため息を吐く。悪いと思ってるのか、俺が珍しく怒ってるのにビクビクしてるのか。瞳の奥に滲み出る反抗的な態度は理不尽に怒ってるように見えて、どうにも後者っぽいのが気にくわない。 「なに、なんか言うことあるの?」 「べ、つに。」 「嘘ばっか。お前そんな顔に出て警察勤まんの?なんで俺がこんな目にーって思ってるだろ。」 近くにあった腰を抱き寄せゆっくりと撫で回せば強張る体にふぅ、とため息が漏れる。 「土方くんってば、ほんっとーに、正直者だよね」 下手な嘘なんか、つこうとするからこんなことになるんだよ? 師走に入る頃に掴んだ情報を探っていくと、思いがけず大物に行き着いて年末にかけての大捕物となった。 「なぁなぁ、次いつ休み?」 煙草の自販機に小銭を入れた瞬間、背後から声がかかった。気配には気付いていたからボタンを押しながら脳内のカレンダーを捲ってみて、びっちり予定の書き込まれたそれを早々に頭の隅に追いやった。 「今取りかかってるヤマが片付いたら直ぐに年末の警備が始まるから、どう足掻いても年明けまでは無理だな」 カコン、軽い音を立てて落ちたマヨボロを拾い上げ渋面を作れば坂田は苦笑しながらじゃあさ、と首を傾げた。 「年明けてからは?」 「あー、上が休まないと下が休めねぇって泣きつかれて、とっつぁんとかんとこ挨拶回り行ったらそのまま連休」 「マジで。じゃあさ、遅くなってもいいから仕事終わったらうち来いよ。」 「あ?俺なんかに構っていいのかよ。家族サービスは」 「その言い方やめてくんないなんかイケないことしてるみたいじゃん。お妙が初売りの戦力として買い物に連れてくんだと。」 だから思う存分だらけて平気だから寝正月と洒落こもうぜ。 そう笑う男につられてそりゃあいいと笑い別れた。それから仕事に忙殺され、年が明けて挨拶に回れば直属の上官に捕まってしまいキャバクラにお年玉配りに行くから付き合えと言われてしまえば逆らえる筈もなく。早々に逃げ想い人の元へ駆けていったゴリラに今年はあの人の仕事肩代わりすんのはよそうと心に決めて。渋々ついて行けば新年早々土方を伴って現れお年玉をばらまいた松平はそれはそれはキャバ嬢達にちやほやされてご満悦だった。結局解放されたのは深夜遅く、それでも土方の足は万事屋に向かっていたのだ。きっと男はぼんやりテレビを見ながら自分を待っているから、と。明日明後日は本当に久しぶりの非番だから、のんびり寝かせてもらって、奴の作った雑煮でも食わせてもらって、連休だからたまにはあいつの気が済むまで付き合ってやってもいいかもしれない。そんなことを思いながら冷えきった夜道を歩いていた。 言ってしまえば土方は久しぶりの休みに浮かれていたのだ。自分を待つ男のいる暖かい家で、ゆっくり羽を伸ばせるのを、心の隅ではずっと楽しみにしていたのだから。 だが、 「真選組副長、土方十四郎殿とお見受けする。」 そんな予定は一瞬で変更されることとなった。 「なんだぁ?正月から随分無粋な真似しやがるな。」 つけてくる気配に気付き、狭い路地に入ってみればまんまと誘き出された人数は5人。いずれも刀を下げていることから攘夷浪士だろう。 「黙れッ貴様さえいなければ…貴様さえいなければ今頃我らの計画は成功し祝杯をあげながら年明けを迎えておったわッ」 リーダー格なのだろう男は忌々しげに吼え、周囲の空気が殺気で張りつめる。命のやり取りをする場は、嫌いではない。しかし、如何せんタイミングが悪かった。 「年末の残党か。規模がでかいだけで計画は杜撰なもんだったけどな。あれでうまくいくと思ってた方がどうかしてるぜ」 ふわふわ浮かれていた機嫌が急降下した土方が鼻で笑えば、とうとう激昂したらしい男が飛びかかってくる。 「黙れ黙れ黙れッ!!我ら同胞の仇、土方十四郎!その首頂戴致す!!」 あーあ、とりあえずどっかで風呂、入っていかねぇとな。そんな事を思いながら、土方は一つ舌打ちし、刀を抜いたのだった。 そして翌朝、というか今朝。 「ひーじかーたくぅーん?」 ぽん、置かれた手に肩が跳ねたなんで、どうしてと思いながら油の切れた扉みたいに回らない首をどうにか動かし振り向けば間違い様のない男の姿で。そういえば、ここも、この男の縄張りだったかと思い出し、自分のしでかしたミスの大きさに頭を抱えた。 「新年早々、約束すっぽかすとか、何考えてんの?」 しかも、こんな場所にいるってことは、朝帰り?ほんとお前、ふざけてんの? ぐ、と掴まれた肩は痛いくらいで、しかし、土方は何も言えずに黙りこむ。あの時間、血を落とすために入れる店で一番近かったのが吉原で。着流しが乾くまでの間に酒で熱を散らそうとしていた土方は女に迫られ、そのあと寝落ちしてしまったのだ。 とりあえず、来いと引っ張られて押し込まれたのは寂れたホテルで、ベッドに乱暴に投げられ上から押さえ付けられ、のし掛かる男から滲む怒気に耐えかねて顔をそらせば土方の態度が気に食わなかったらしい男はぐいと顎を掴んだ。 「ていうかまだお前女抱けたんだ?銀さんびっくりだわ。」 「な、」 「ていうか、俺より先に女に会いに行ったってのが信じらんねぇんだけど。何?俺ってその程度だったわけ?」 「っに、言ってやがる!こっちにも事情があったんだよ!」 「あの小麦粉だかなんだかって上司のおっさんにキャバクラ連れてかれたんだろ。団子屋で会った沖田くんが言ってたけど。」 「片栗虎な片栗虎。っ、そのあと」 「家来る途中で逆恨みした連中に囲まれたんだろ。で?返り血浴びてなんで吉原?家来た方が近いだろ」 「…いや、なんで知ってんだよ」 「下のババアに入ってくる情報量舐めんなよそんなん近所で事件起きたらすぐに分かるわ。なんで?まさか怪我した訳じゃねぇだろうなてめぇ」 「怪我は、ねぇけど。血が」 「あ?てめぇが血まみれで家来るとか慣れてるっての」 「着流しが血吸ってびしょびしょで、刀の柄、握った手も血まみれで、そんな格好で、お前のとこなんざ、行けるかよ。」 だって、あの場所は坂田の大切なものでいっぱいなのに。 こんな、恨みと憎しみの籠った血にまみれて、命を奪った自分が踏み込んで汚すのが、嫌だった。 伸ばした手が、白く柔らかい着流しを、赤黒く汚してしまうのが、どうしても嫌で、血生臭い体をどうにかあの場所から遠ざけた。 だって、新しい年を迎えてまだ一日しか経っていなかったのだ。街は祝いの空気にあたたかく満たされているのに、寒いく暗い裏路地で冷たくなっていく骸を見下ろしながら血にまみれている自分がその中に踏み入れることなど許されない気がしたのだ。 「…お前は、また変なこと考えてたのな。」 黙りこむ土方にうっすら何か悟ったのか坂田ははぁと重い息を吐いた。 「せめて連絡くらいくれたらいいだろ。飲みに行ったなら来なくても仕方ねぇなって思って寝て起きて5人掛かりで斬りかかられたって人伝に聞けばそりゃあ心配したっての。」 「悪、かった」 「で?女は?抱いたの?」 「…った」 「あ?」 「抱けなかったって言ってんだよ!てめぇマジ厄介な体にしやがってまさか手コキでてめぇの思い出して途端萎えるとは思ってなかったわ!」 「…そっか」 自分の体でしか満足できないのだと言われてしまえば悪い気はしない。女も気の毒になぁプライド傷付いたかもなぁふふん。なんてちょっと気分の浮上した坂田は、しかし土方の言葉によって浮かれた気分など粉々に打ち砕かれることとなる。 「舐められてもパイずりされてもうんともすんとも言わなくてこっちの気に当てられてた女ァ手だけで満足さすの大変だったんだからなっ」 ……………。 「……はい?」 「だって仕方ねぇだろ。こっちのせいであっちがむらむらしてるならきっちり沈めてやるのが男の役目だろ」 「はい、アウトォオオオッ!!!」 「え、わ、なっにしやがるてめぇ!!」 「こっちの台詞だわそんなん!もし勃ってたら相手する気満々立ったんじゃねえか!!あわよくばとか思ってたんじゃねぇの!?」 「ちっげぇよまさかアイツがそんなさかって来るとは思ってなかったんだよ!!風呂だけ借りるつもりで行ったしちゃんと酒で鎮める予定だったわ!!」 「お前ほんっと無駄に男前な!?でもだからと言って女の相手してやった事実は消えませんー。よってお仕置きじゃぼけぇえええ」 「は!?つーかなんだその怪しげな袋ッ」 「さっきお前の目撃情報集めながら走り回った時にもらった品々だ。副長さんドMっぽいから使ってお仕置きしたらいいわよ!とのことだからありがたく使わしてもらうわ。」 「はぁっ!?つかなななんだそれっ」 「吉原の遊女ちが推薦する珠玉のえすえむぐっず」 「んなん受け取ってくんなボケェッ」 「危なかったなーお前もし女抱いてたらそのチンポ使い物にならなくなる所だったから。そこまで仕込んでた銀さんのテクに感謝しなさいよ」 「ひっ」 「つーかそういうの全部俺にしか反応しなくなるようにきっちりしっかり躾直してやるから安心しろって」 「いやいやいやひとっつも安心できねぇんだけど!?」 「これでお前人斬って熱もて余したら余計なこと考える暇もなく真っ先に俺のとこ飛んでくるようになるから。」 「な、」 「一番最初に俺の所に来てほしかったから。来れないなら呼べよ。飛んでくから。」 「っ、」 「悔しかったんだよ。不安にもなった。だから、お仕置き。わかった?」 「っ、勝手に、しろ…」 「ん。勝手にする。死なない程度には加減してやっから覚悟しな。どれだけ欲情しようが絶対俺以外に二度と勃たねぇようにしてやる」 「へ?ちょ、ぎゃあああああ! ?」 ということがあり、いやと言うほど抱かれ手を替え品を替え攻め立てられて気を失う様に眠ったのが昼過ぎ。起きたら夕方だと言うのに出掛けると言う男に逆らう気も起きず。ここに居たいならいいけどお仕置きされ足りない?と言い切る前に飛び起き、ようとして嵌まっていたのが貞操帯だった。 「…なんだ、これ、」 「体と本能で理解しても、まだまだ足りないかなぁと思って?」 「は…?」 「俺を、裏切ったらどんな目に遭うかってこと、しっかり理解しろよ?」 そして。訳もわからぬまま連れ出され、辿り着いたのがこの土手だったというわけだ。 「つーか、寒ぃ」 「なー、風強ぇわ。」 ぶるり、と震えた土方につられて坂田も白い息を吐き出す。遮るもののない河原は凍てつく風が吹き抜けて非常に寒い。防寒具もろくにない土方にとっては非常に辛い。というか下半身に取り付けられた金具が冷たくなってきていて縮こまってしまいそうだ。 「…なんで、こんなとこに連れてきたんだよ」 薄着かつノーパンでぴっちりと取り付けられた貞操帯に下半身を冷やされ続ける状態はきついと口を開けば、坂田はふふ、と口を歪めて笑う。 「言ったろ?俺意外じゃ満足出来なくするって。俺以上にお前をよがらせる奴はいねぇって、そこらの女じゃ勃つことすらままならねぇように、お前の体に教え込んだろ?」 「…あんだけやられりゃぁな」 「だから、今度はお前の優秀な頭にさ、教え込まねぇとだろ」 「あ?」 「俺を裏切ったら、どんな酷い目にあうか」 「…は?ちょ、」 「とりあえず、これな。」 差し出されたのは首輪で。は、ちょ、と戸惑う間にそれをつけられてしまう。やっぱ赤が似合うよねぇと笑う坂田になんなんだと視線で問えばにっこり笑って男は目にもとまらぬ早さで抜刀した。 咄嗟に構えるも衝撃は一向に来ず。なんだ…?と首をかしげれば強い風にビリビリに裂かれた服が飛ばされた 「はぁあっ!?」 「なってねぇ犬躾んのは飼い主の仕事だからなぁ、いやぁ絶景。首輪と貞操帯だけ着けた土方を外で眺める機会なんてなかなかねぇよ?」 「ちょ、てめ、ふざけんなよ!?帰りどーすんだ!つーか寒ッ!!」 ガチガチと歯の根の合わない土方は勢いよく噛みつく。が 「はは、よく吠えるワンコだな。大丈夫だって。散歩終わったらちゃあんと家に連れて帰ってやるから。つーかさ、知ってる?土方くん」 「ひッ!?」 「お前にさ、結構色々してきたけど、お前のプライド踏みにじるような真似はしてないつもりだったんだよね」 「あ…れだけのことしといてよく言う」 「だからそれを、今からへし折ってあげる」 にっこりと笑う坂田の目の奥は一切笑っておらず、土方はざっと青ざめる。 「尻尾つけてやっから、精々四つん這いでやらしく尻振りながらお散歩しろよ、土方」 あ、でもマーキングはやめとけよ。定春の縄張りだからな、ここ。 その言葉に、ふとそういえば朝というか昨日の昼過ぎあたりから用を足していなかったことが脳裏を過り、 それを懇願するまでこの屈辱的な格好でその辺を這わされることになることが容易く想像できてしまい目の前が真っ暗になった。 そして数時間後 「も、やぁ…ッむり、むりだっ」 「何が無理だって?嬉しそうに尻尾振って涎垂らして這いつくばってるくせに?ああよすぎて足が立たねぇって?」 「ひっ、あぁッ、ぅ、んっ」 「リード引かれて感じてんじゃねぇよ雌犬。つーか足止まってんぞ」 「むぃッ…ぐ、ぅうッ」 「だから聞いてんじゃん。な、に、が?」 「ヒッ、ぐ、ぅ…お、おしっこ、おしっこ出させてェ…ッ」 土手には四つん這いで片足上げて放物線を描く土方とそれを満足そうに眺める坂田の姿があったとかなかったとか (ちなみにそのあと土方は案の定風邪で寝込み) (抵抗虚しく万事屋で散々看病されることになり) (あの手この手で看病され甘やかされ) (すっかりほだされてしまうのでした) (あと、土方は暫くの間定春の顔がまともに見れなかったことをここに記しておく) (定春が不思議そうに首をかしげるのを見ながら) (渾身のどや顔で) (顔を赤くし俯き震える土方の肩を抱く大人げない飼い主がいたこともついでに記しておく) |