※相変わらず知識は皆無 月曜、奴はジャンプの入ったビニール袋を揺らしながらやってくる。 「土方くーん、預金お願いー。コレ今週の稼ぎー」 「おー、ん…?…お前今週なにがあったんだよ」 渡されるのは厚めの封筒。ざっと数え、首を傾げもう一度扇形に開いてよくよく数える。しぴぴぴぴ、素早く動く指先におぉー、と感心したような声が上がる。そんなにまじまじ見られると少し緊張してしまうのだが、もちろんそんなこと表情には出さない。 「GWだからってババアに駆り出されて、そりゃもう戦場かってくらい忙しくってよぉ」 「そりゃよかったじゃねぇか」 金額に間違いがないことを確認し通帳を預かり慣れた処理を済ませる。 「まぁそうなんだけどね?たぶん後半も手伝わされんのよこれが。せっかくデートに誘おうと思ってたのにーって考えたらババアが憎いのなんのって。」 「誘うならせめて一週間前に相手の予定を確認しろよ」 「予定入るかギリッギリまでわかんなかったんだよ。つーか、俺はお前とデートがしたかったんだけど、確認してたら誘われてくれた?」 「は、んなわけねーだろ。誰が連休にわざわざ人混みに行くかよ」 「それなら今夜、俺んちで飲もうや」 「なんでそうなんだよ」 「俺は多少無理しても別に平気だし、お前次の日休みなら羽目はずせるだろ。俺んち泊まってけよ」 「……ビールとマヨ、用意しとけ」 「やーりぃ。んじゃ、後でメールすっから」 「ん」 僅な時間でよくこれだけ喋れるなというほど速いテンポでの応酬。どうやら聞き耳対策らしく抑えられた声はそれでも近くにいる者には聞こえてしまう声量で。嬉しそうに頬を緩めた白髪頭はじゃあまた後で。と告げて席をたつ。努めて無表情で小さく頭を下げた男は自動ドアが閉まるのを見届けて、小さく唇を綻ばせた。 「…なぁ、知ってるか」 喫煙室で深々と項垂れたかきむしるもののないつるりと光るハゲ頭を抱えた男がぽつりと呟いた。 「…何を?」 応える地味な男の目はどんよりと曇っている。 「あいつらアレで、付き合ってないんだぜ…」 はあぁ、揃って吐き出されたため息は重かった。 毎週。そう、毎週だ。月曜日に繰り広げられる為に嫌でも見慣れてしまった光景。半年程前から訪れるようになった男とあんなやりとりをしているのはちょっと前まではクールで頭の切れる仕事の鬼であったはずの上司。趣味と言えばタバコとマヨネーズくらいしかなかったワーカーホリック気味のあの仏頂面が、最近はとにかくゆるっゆるでなんかふわふわしているのだ。それはなんやかんやで高校や大学からの腐れ縁である自分達があの男の頭からなんかふわふわした病原体でも移ったのかと思わず疑ってしまうほどで。聞けば最近では毎日の電話やメールはもちろんのこと、週に何度かは飲みに出掛けているし予定が会えば二人で休日に遠出だってするしなんならどちらかの家で宅飲みしてそのままお泊まりすることもざら、という程度までは既に至っているらしい。 「くっつくならくっつくで早くしてくんねぇかなあの人たち…」 ただでさえ隣の窓口を担当することが多い原田はそわそわ聞き耳を立てることに忙しい現金を扱うには余りにも気もそぞろな女性客を相手にすることが増えて困っているのだ。 更に、元凶である上司は思いの外わかりやすいし押されると弱い人間である上、挑発されると前しか見えなくなる沸点の低さで。あの口から生まれたような男に毎週毎週あの手この手でまんまと丸め込まれプライベートでの接触の機会をもぎ取られてしまい週を追う事にほだされてしまっていくのが手に取るようにわかってしまう。 なんで俺は年もそう変わらない男の友人が悪い男に手籠めにされるんじゃないかと心配してるんだ。そんな心配娘にしたい。つーか彼女にしたい彼女欲しい。顔を覆い低い声で嘆く原田に、山崎はカップのコーヒーに口をつけながら乾いた笑いを溢した。原田は半年とちょっと前に数年付き合っていた彼女に別れを告げられてからというもの中々いい出会いに巡りあえていない。しかも傷心を癒す筈のかさぶたは毎週隣から広がる薄ピンク掛かったもやに容赦なく抉り取られる。なにそれつらい。 「い、いやー、でも、くっついたらくっついたで面倒だとは思うけどなあ」 というよりも今より堂々と隣できゃっきゃうふふされるのは間違いなく原田に悪影響なのではないか。 「言うな…わかってはいるんだよ…」 現状を吹っ切りたい気持ちとそれにより容易く予想できる未来を拒絶したいとで頭を抱える原田の肩を労るように山崎が叩く。と 「あれ、お前らもヤニ切れか」 「「あ」」 「あ?」 いきなり元凶である男共の片割れが喫煙室にあらわれたので思わずハモれば思いきり怪訝そうな顔をされてしまった。 「い、いえ何でも。土方さんもタバコですか」 「いや、俺は…っと悪い。電話だ悪い、他行くわ」 土方は振動しだしたスマホに慌ててポケットを押さえて電話に出て、そのまま立ち去ってしまう。扉を出る前にチラと見えた画面を見つめたその表情は薄く朱く染まっていて、自分達とほぼ同い年、もうそろそろおっさんと呼ばれ始めてもおかしくない男に恋する乙女か、なんて言葉が浮かんでしまったのがなんか無性に腹立たしかった。 「リア充、爆ぜろ…」 そう呟いたハゲ頭に地味な男は黙って首を振るのであった。 「恋は盲目って言うだろ…」 周りはもちろん自分の姿を省みる余裕などありはしないだろう上司の背は、うきうきとか、わくわくだとかそんな言葉が浮かんで見えてしまうほどで。 「…それにしても最近旦那の持ってくる額増えたよなー。」 自分がああだった時の事を思い出してしまったのか、一刻も早くあの後ろ姿を記憶から消そうと話題を反らした原田に山崎は何も言わず乗ってやった。男の友情ってやつだ。 「それな。俺も思って聞いてみたんだけどさ、」 「は?どこで会ったんだよ」 「体育館でミントンしてたらあの人の依頼先だったらしくてさ」 警備員してた。とコーヒーを啜る山崎に、そういや意外とガタイいいしなと原田は相槌を打つ。 あ、旦那? あ?誰?おたく。 山崎ですよ山崎!ほら銀行の! あー。 てか旦那はなんでここに。まさか運動しに? まさかってなんだよ。お仕事ですぅ。 いえ、普段運動してるようにも働いてるようにも見えなかったんで、つい。 おい。 いやー、ごくろうさまです。最近すごく頑張ってますよね。土方さん感心してましたよ。 いや、まぁ目的は他にあるんだけどね。 目的? 土方ってさ、お札数えるときの真剣な顔やべーじゃん?それ見るためならちょっとくらい受ける仕事増やしても苦じゃねぇよなって いや知らねぇよ。想像以上にくだらねぇ動機だな!! 「ってことがあってさ。」 「………」 「………」 「…………思った以上にくだんねぇ理由だったんだな」 「…………だろ?」 「あの人もある意味盲目だったわけかー」 「ほんっと、リア充爆発しろー…」 と、いう会話を坂田からの電話を切り上げタバコを買いに戻った扉の外でうっかり聞いてしまった土方は、今にも爆発しそうな赤い顔で固まっていたのでした。 「…っ、あの、バカッ、」 今晩どんな顔で会えってんだ、ばか。 (「てか、「あんな顔する男前をぐちゃぐちゃに善がらすのがいーんだろ」ってさぁ。あの人ひょっとしなくても沖田さんよりドSだよなー」) (「うっわー、今度の土方さんの誕生日にはドーナツクッション贈るか」) (「ッ余計なお世話だッ!!!!」) (「「うっわ居たんすか副長!?」」) (「っとととにかくそんなもんいらねぇからな!それ以上変なこと言ったら叩ッ斬るぞ!?」) (「…お前、気付いてたろ」) (「生憎、気配にはさとい方なもんで」) (「…でもって、」) (「「絶対、満更じゃねぇんだよなぁ、あの人」」) |