セフレ銀土を書けば皆もくれると聞いたので | ナノ



その言葉は酷く鋭く、心の奥底のやわらかい部分を抉る

「好きだよ、土方」

抱き締められる度、抱かれる度与えられる甘い言葉

「あいしてる」

何の躊躇いもなくぽんぽん寄越される温度のない言葉に気持ちが籠っていないのはわかりきっていて。だけど、ずるい自分は「本当に?」なんて聞けなくて。喉まで出掛かった言葉を飲み込んでぎゅうと肩に掴まれば坂田はうっすらと笑みを浮かべ腰を動かし繋がりを深くした。



男同士で、年の差もあって、教師と、生徒で。何で自分に手を伸ばしたのかと尋ねたことはない。きっと見透かされていたのだろう。憧憬に紛れ込ませた浅ましい情欲に。幼くて拙い恋心に。高いリスクを冒す高揚感はいつまで坂田を繋ぎ止めておいてくれるだろうか。物珍しさで手を伸ばした玩具は、飽きられてしまえばそこで捨て置かれる運命なのだろうけれど、少しでも長くと願わずにはいられない。それが例え、どれだけ不毛な関係であろうとも。

「土方、ひじかた。…すきだよ」
「あ、ひッ…ゃだ、それ、も、ヤっ」
「お前、ほんっとかわいい…もっとみせて」

カーテンを締め切った国語科準備室で、視線に耐えきれず身を捩れば古びたソファが軋んで音を立てた。

「こら、隠さないの。土方のやらしい所、ちゃんと先生に見せて?」

ズボンと下着を剥ぎ取られ、シャツに靴下という姿で追いたてられて、ネクタイで括られた両手で顔を隠せば有無を言わせない力で引き上げられてしまって。

「かわい。恥ずかしがりなとこも先生好きだなー」

でも、隠しちゃだぁめ。目の前でにたりと唇が嗜虐的に歪む。赤い舌がその縁を舐める様に、ぞくりと痺れが走った。


この関係を言葉で表すなら、何と言えばいいのだろう。教師と生徒を外れて、恋人というには気持ちに温度差がありすぎる。あるのは体の関係のみで、絶え間なく寄越される言葉は薄っぺらくて。それでも与えられる体温と、言葉に抗うことなど出来なくて。

望んでいた言葉。欲しかった言葉。そっと窓際から眺める教壇で揺れる銀髪。そのふわふわと風に揺れていた銀糸に、チョークでかさついた指先に、触れることを許されて、体温を与えられてしまえばもう引き返すことなど出来なくて。



「いつまで、こんなこと、続けるつもりですか」

ごそごそと制服を着直し、できたばかりの擦過傷をさすりながらぽつりと呟いた言葉は意外と大きく響いた。

「…は?」

この関係がセフレと呼ぶのが一番と近いのだと気付いて、坂田が終わらせようとしたらそれに抗う術がないと気付いて。俺はもうすぐ学校からいなくなるけど、坂田が卒業後もこんなこと続けるとは思えないことに気付いたのは、終りが刻々と近付いているのに気が付いてしまって背筋が凍ったのは、結構前のことだ。そんな俺のことなど露知らず、ぽんぽん気安く与えられる体温に、薄っぺらく寒々しい言葉に。軋んだ音を立てていた心臓のどこかがついに悲鳴をあげたのだと思う。

坂田は何を考えてこんな、硬くて未熟な体を抱くのだろう。
どんなに頭で否定しても目が離せなかった坂田に触れることが出来るのは信じられないくらい嬉しいけど、あんなに空虚に響くのに、好きだと言われれば高鳴る心臓を抑えきれないけれど。悪いのは、誘惑に抗えきれず、伸ばされた手を拒みきれなかった自分だと、わかってはいるけれど。

それでも俺は、こんな関係になりたいんじゃなかったのに。

じゃあどんなって聞かれても経験があるわけじゃないので言葉に困るけど、見つめるだけの時に想像していたのはもっと甘くてあたたかいものだったはずで。ただ隣に寄り添えたり、坂田の素の部分を知ったり、坂田が俺を、好きになってくれたり。確かそんな妄想だった。決してこんな、性を吐き出す為に放課後呼び出され、ひどい仕打ちを受けてもうすっぺらい愛の言葉で誤魔化されるような、都合のいいオンナのみたいな立ち位置になりたかったわけじゃない。

誘惑に負けた時点で言えた義理ではないそんな恨み言を含んだ言葉を吐いた。机に向かって途中だった仕事を再開させようとしていた坂田は、振り返って間抜けな声を出した。

「いやいやいや、いきなり何言ってんの土方くん。何、縛ったのそんな嫌だった?」
「ちがっ、確かに明日どうすんだこれとは思いますけど、そうじゃなくって。」
「じゃあ、なに」

はぁ、と吐かれた溜め息に無意識に肩が跳ねた。顔を見れなくてソファの上に膝を抱える俺を、坂田はどう思っただろう。面倒くさいと、思われただろうか。女々しい奴だと思われただろうか。嫌いになって、しまっただろうか。でも、それでも俺はもう、限界で。じわじわと迫る終わりに見て見ぬふりをしながら耐え続けることなんて出来ないから、だから。

「もうやめにしませんか。こんなことしてたって何にもならないでしょう。」

あんたが手に入らないということはよくわかった。うすっぺらい空っぽの言葉で散々思い知らされた。

「俺は、もう無理です。他当たって下さい。新しい玩具見つけるのなんて、アンタなら簡単だろ?」

坂田を慕う奴はいくらでもいる。同じ奴を見つめているのだから、嫌でも気付いた。中には綺麗で大人びた女子もいて、なんで俺が選ばれたのかは未だにわからないけど、きっと男なら妊娠とかの面倒事もないから、とか。どうせそんなもんだったのだろう。何も言わない坂田を出来るだけ見ないようにソファから立ち上がる。鞄を掴み扉に手をかけた。

「そうだ。新しい奴見つけたら、アレは、やめてやって下さい。好きだとか、愛してる…とか。ッあんな、あんな…思ってもいないけど、仕方ないから一応、みたいなの。言われる側からしたら、結構、キツイんで。」

上手く笑えた自信はないけど、強張る口の端を無理矢理持ち上げた。言っても無駄かも知れないけれど、空虚な言葉で無意識に心を抉る先生に、これだけは言っておきたかった。それに、遊びであっても心にもない言葉であろうとも、この人に好きだと言われる人ができるだけ長く、現れなければいいとも思った。思って、しまった。

「それだけだから。じゃ。」

背を向けていて正解だった。ぼろぼろ零れる涙は、さぞ見苦しいだろうから。ぐ、と指先に力を込める。結局坂田は何も言わなかったけど、面白半分で手を出した玩具が反抗して、説教まで垂れたのだ。興が削がれてしまったのだろう。それこそ、最後にかける言葉すらないほどに

ガチッ

「…え?」

扉に鍵が掛かっていた。ただそれだけのことだった。掛けたのは、他でもない何時間か前の自分。入室した際に坂田に言われて内鍵を掛けるのは土方の役割で。二人きりの空間を作れるが、同時にこの先何が起こるかわかっていて、合意でここに来たのだと思い知らされるこの行為が土方はとても嫌いで、それでも抗えなかった。

そのことを、失念していた。ただ、それだけのことだった。

しかし、開くと思っていた扉が開かなかったというだけで、すぐにでも逃げ出したかった土方がパニックを起こすには十分で、その僅かな空白は狭い部屋の机から扉までのたった数歩分の距離を詰めるには、十分すぎるものだった。

「はーい、そこまで。」

内鍵の存在を思い出した時には既に遅く、背後から覆い被さるように、頭のすぐ横に伸ばされた右手がガシャンと扉を揺らす。左腕は土方の胸の辺りに回され、力強く抱き締められてしまえば、逃げることはおろか振りほどくことさえ叶わなくて。

「つっかまーえた。」

無理矢理振り向かされて、見上げた先にあった坂田の顔は、口元は笑っていたけれどどこか泣きそうな顔をしていて、降ってきた口付けは避けようと思えば避けられた筈なのに、土方は何故か金縛りにあったかのように動けず、大人しくそれを受け入れてしまっていた。



「や、だって!先生っ、離せよ!」
「やーだね。土方また逃げるもん。」
「もんとか言うな年考えろオッサン!てかマジ、嫌、だって…」
「お膝だっこと悩んだけど、どっちがいい?どっちも嫌とか抜かすワガママちゃんは抵抗できなくなるまでお仕置きするだけだから」
「…こっちでいい、です」

キスで腰が抜けた土方はソファに逆戻りすることとなった。しかし横に坂田が座った瞬間反射的に逃亡を図り、強制的に坂田の膝に座らされることとなった。太股を挟んで膝立ちになり、所在なさげに宙をさ迷った両手は強制的に坂田の肩へと置かれ、思わず引けた腰は坂田の腕が回されてぐいと抱き寄せられる。いつになく密着した体勢に顔が熱い。誤魔化されてたまるかと腕を突っ張らせれば仕方ないとでもいう風に少しだけ腕が緩められた。

「で、どうしたのいきなり。」
「ちょっと待ってください、まさかこのまま話すんですか」
「そーだけど。最初に普通に座って話そうとしたら土方逃げたじゃん」
「う、それは…でも、こんな」
「ギャーギャーうっさい。こっちが譲歩しようとしたら逃げようとしたのはそっちだろうが。それ以上ガタガタ抜かすと逃げれないように全裸にひん剥いて腰立たなくなるまで犯すぞ」
「っ、」

ギロリと睨まれ体がすくんだ。関係を終らせる、と決心したはずだったのに、坂田に煩わしく思われるのがこんなにも怖い。ぎゅうと締め付けられる胸の痛みに勝手に溢れそうになる涙を堪えるように眉間に皺を寄せた土方は、坂田が至近距離でその様子を見ていたことに気付かなかった。

「なぁ、もうやめるって何。玩具って何。思ってもないって、何でそんなこと言うの。」

宥めるように背中を撫でた坂田が落ち着いた声で尋ねる。

「お前、俺のこと、好きなんじゃなかったの」

カッと頭に血が上った。

「好きだから、もう耐えられねぇって言ってんだろうがッ」

ヤバいと思ったが、口から溢れ出す言葉は止まらなかった。

「俺はッ、俺は、アンタとこんな、セフレみてぇな関係になりたかった訳じゃねぇ」

ガタガタと震える手が無意識に白衣のぎゅうと握り締める。

「アンタからしてみれば、簡単に股を開く、性欲処理の玩具かも知れないけど、俺はそんなの、もう耐えられねぇ」

ぼろぼろと溢れ落ちる雫は酷く熱くて、醜い泣き顔なんて見られたくなかった筈なのに止められない

「ヤるだけヤって放置されんのも、うすっぺらい空っぽの言葉で誤魔化されるのも、もううんざりだ。」

好きじゃなかったら、こんなに心臓の奥が痛むはずがないのに

「俺はな、先生。アンタとセックスがしたかったんじゃねぇ。アンタからしてみれば欠伸が出るような、ガキみてぇな恋愛がしたかったんだよ」

嗚咽に潰れた喉で絞り出したのは、ずっと言えなかった本心。

「俺は、アンタにも俺を好きになってほしかったんだよ…ッ」

好きな人に、嫌われたくなかった。
鬱陶しいと、面倒だと思われたくなかった。好きになって、ほしかった。

「…好きだって、言った筈だけど。何回も何回も」
「気持ちの込もってねぇ言葉はな、本気の奴ほど心抉られるんだよ覚えてな国語教師」
「俺が臆病だったから、ずっとお前を傷付けてたの…?」
「は?」

呟かれた言葉が聞き取れず思わず首を傾げた瞬間、がしっと両肩を掴まれ土方は反射的に両腕で自分を庇った




「ごめん!!!」



「………え?」

予想外の言葉に思わず瞼を持ち上げた。坂田はそんな土方を見て顔を赤くしたり青くしたりあたふたと捲し立てる。

「違っ、その、俺、こんなおっさんがマジだって知ったら、お前がドン引きすんじゃないかと思って、先公好きになるなんて所詮憧れって奴かと思って、中身知ってフラれるの、とか…その、怖くて、それなら、飽きられないようにすればいいかって思って、セックスなら経験値とか、年の差あるし、10代なんて、気持ちいことしか頭にないから、それなら経験したことないようなとんでもなく気持ちいこと教え込めば俺から離れないかと思って」

ぽかーん、である。こんなにテンパった坂田を土方は見たことがなかった。何か言った傍から違うこんなことが言いたいんじゃなくって、と必死に言葉を重ねる坂田は本当に国語教師かと思うほど支離滅裂で。

「違う、こんなことが言いたいんじゃなくって!だから!」

でも、

「せ、先生、落ち着いてください」

何よりもその必死さが、本心だってことを物語っていた。

「だからッ!好きだって言ったのは嘘じゃねぇから!!!」



「………へ、」
「っ、こんなおっさんにマジ告白されたらお前ドン引きするだろうと思って…つーか土方なんも言って来ないから、こういうのがいいのかと思って、その、重く思われんの怖ぇから好き、とか愛してる、とか軽くしか言えなかった。でもそんで誤解させちまってたとか…その、悪い」
「え、いやでも」
「他の奴とかどう考えてもいねぇし、こんなリスクだらけなのに手ぇ出したのはお前だけだよ。お前だから、手、出した。」
「な、んで、」
「言ってんだろーが、好きだからだって。」
「は、」
「つーかさ、…俺からしてみれば、土方くんの方こそ好きとか全然言ってくんねぇし、なんでもないみたいな顔でここ来るし…いまいち確信持てなくって強く出れなかったんですけど」
「いやだって、俺は、気持ちバレててセフレ扱いなんだから、好きだなんて言ったら、重く思われるって、思っ、」
「ははは、何これ見事にすれ違ってた訳?」
「え、いやだって、え…本当に?」
「ん。好きだよ、土方。すげぇ好き。」
「っ、」
「まだ、うすっぺらい?」
「〜〜…ッくない!」
「そりゃーよかった。そんで?土方は?」
「おれも、好きです」
「ん。これで仲直りな」
「せ、先生、」
「なに?」
「俺と、恋愛してくれますか?」
「喜んで。」
「〜〜っ」
「土方って意外と泣き虫だよな。」

わしわし頭を撫でる手は優しくて、坂田は何で泣くかなーと困ったように笑う

「せんせ、は、意外とヘタレで、あと不器用、です」

肩口に顔を埋めて鼻をぐずぐず言わせながら泣き顔見られたくないんですと呟けば散々見てるから今更じゃね?と返されて、ついでに反射的につい先程までしてたいらんことまで思い出さされて羞恥で頭が煮える。

「いらんこと言ってないで、黙ってぎゅーって、抱き締めてくれればいいんです」
「そうなの?」
「そうですよ。」

先生が経験値に頼らなくても、俺って十分お手軽なんです。
そう囁けば、先程自分が何を口走ったか思い出したらしい坂田は撃沈した。

「うーわ、俺、かっこわる…」
「ちなみに、先生に憧れたから、先生が好きなわけでもないですから。中身見ても幻滅なんてしませんよ」
「ちょ、もう黙れって。」
「減らない口は、塞げばいいじゃないですか」
「…そんな誘い文句、どこで覚えて来たのかな?先生教えた覚えないんですけど。」
「そうですか?まぁ俺は、先生しか知らないですけどね。」
「っ、」
「あ、それと、」
「…まだなんかあんの?」
「俺、10代なんで。」
「ん?」
「その、好きな人とする気持ちいことは…嫌いじゃないです。」
「3分あげるから、親御さんに連絡して。」
「へ?」
「週末は、お泊まりするんで帰れませんって」


漸く垣間見れた先生の素は、ヘタレで不器用で、なんかすごく恋愛下手な匂いがして、そして意外と煽られたら燃えるタイプでした。