この世に産まれ落ちてから今まで、俺はヒトリで生きてきた。 誰も信用なんてできなかった。 誰かを大切になんてできなかった。 誰かに大切にされこともなかった。 一人は楽だ。ただ少し、心が寒いだけ。まぁもっとも、長いこと日陰にいるもんだから最近では寒さも感じなくなっちまったけど。 俺は、生まれてすぐに捨てられた。 俺が黒い獣の姿で産まれたから。人型に三角耳と長い尻尾を持つ種族で、「普通」とは異なる形で産まれたから。 「土方の家に異形の者が生まれたらしい」 おぼろ気な記憶に残っているのは、大人たちの囁き声。さざ波のように広がった波紋は次第にヒステリックな叫びになった。 「まさか、猫の姿で生まれてくるなんて。」「きっと我らに災いを呼ぶぞ」「早く殺してしまえ」 生まれたばかりの無防備な俺に向けられたのは凄まじい憎悪。 「…本当に、よろしいのですか?」 暖かい母の腕の中で聞いた女の声は、ひどく冷たく、固かった。 「あぁ。どうせ赤子だ。放っておいてもなにもできまい。」 それに応じる男の、父の声もまた、冷たい鋼のような声だった。 次に気がついた時には、既にこの公園の草むらにいて。俺は母親に、家族に、仲間に、捨てられたのだということを悟った。 以来、俺は一人で生きてきた。 何回か一人でいるのに堪えられなくなって、人間や動物と共に過ごしたことはあるけれど。アイツらは俺の正体を知ると離れていってしまった。だから俺は一人で生きてきた。誰にも受け入れなかった俺は独りでいるしかなかったから。 ******************** 人が訪れることのない寂れた小さな公園。そこが俺の縄張りだ。俺を恐れて動物すらも滅多に近寄らない此処は、ただただ平穏だった。 ここにいるのは俺だけ。変わるのは、季節を示す植物のみ。 確かに手を入れる人間がいなかったから、荒れ放題だけど。その方が都合がよかった。わざわざこんなに荒れ果てた公園に訪れる酔狂な人間はいなかったから。誰にも関わりあいたくなかった俺には好都合だったんだ。 だが、長いこと誰も訪れることの無かった平穏なそこに、最近妙な奴がやって来るようになった。しかも、どうやら俺にちょっかいを出すために、だ。 「よお、ちゃんと飯食ってるか?」 様々な色を持つ人間の中でも、一際目立つ銀色。それを風に揺らしながら何が楽しいのか3日に1度はここを訪れるソイツ。 人と関わりを持つなんてこと随分となかった(自ら全部遠ざけてきた)もんだから、俺は今、とても困っている。 無愛想に接しているのに、なんでか毎回やって来るコイツ。人間も人間がいうところの「天人」も大嫌いなのに。なんでかこの男の隣は、嫌じゃないんだ。 最近では来るのを待っている自分がいて。本当に、困る。 「ほい。土産。」 そう言って差し出されたのは所謂「猫の缶詰」。いつぞやに持って来たソレを食べてから、男はこの缶詰を、毎回持って来ている。わざわざ店で売られているものを、だ。 「なーに?食わねえの?」 「にゃー」 いつも「どっかに金落ちてないかねぇ。もしくは糖分。」とかぼやいている男(というか、落ちてる甘味を食べるつもりなのかコイツ)にとって無駄な出費でしかないだろうに。男の理解できない行動に、俺は毎度毎度密かに首を傾げている。 「ホレ。遠慮すんなって。」 「ふにっ!…みゃぅ、」 「好きだろコレ。尻尾揺れてんぞ。」 まぁ、食べ物に罪はないし、残すのも勿体無いから、差し出されるのを毎回遠慮なく平らげているわけだが。さすがにこうも毎回となると多少の罪悪感はわくわけだ。 俺は、ただの猫じゃないんだ。「俺」としてのプライドが、あるんだ。 …まぁ、結局毎回ただ飯奢ってもらってるのは事実なんだが。 コイツの考えることは、ホントにわからない。 「そういやさー、お前名前なんてーの?」 満腹になり寛いでいた俺を、甘い匂いのする大きな掌で撫でながら何の気なしに男が投げた言葉。ギクリ思わず肩が跳ねてしまった自分に内心舌打ちした。 もちろんぐりぐり撫で回していた手の持ち主には伝わってしまって。 「なに。なんかマズイこと聞いた?」 「にゃう(フルフル)」 「ん?違うって?」 「にゃー」 「そ?ならいいけどよー。」 なんでか知らないが、男は俺の言葉がわかるみたいに話す。しかもそれが強ち間違ってないもんだから、時々普通に話せるような錯覚に陥るんだ。対等な感じが凄く心地いい、とか。うっかり思いそうになる自分が、いるんだ。 「んで?名前は?」 「にゃう(じろり)」まぁ、それとこれとは話が別だ。ってかなんでお前に教えなきゃいけねーんだよ。 「あん?俺?俺は坂田銀時ってんだ。銀さんでも銀ちゃんでも、好きに呼んでくれや。」 「なーぅ(フルフル)」違う違う。別にお前の名前とか聞いてない。 「なーに。照れなくてもいいんだぞー。(ワシワシ)」 「にゃう!(バシッ)」ちげぇえええ!! 「いってええええ!!なんなのお前!」 こっちの台詞だ! …やっぱ、気のせいかもしれない。 |