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いびつの結晶化

ショーウィンドウの向こう側。暖色のライトに照らされ、一等煌びやかに輝いているピアスに目を奪われた私は、迷うことなく店内へと足を進めた。
もう何度もホグズミードへ赴いてきたが、こんなに運命的な出会いをしたのは初めてだ。ハニーデュークスのお菓子ですら、ここまで魅了されたことは無い。ガラス越しに見るだけでは満足出来ず、錆びたドアノブに手をかけドアを開ける。戸は通常よりも重たいもので出来ているのか、手だけではビクともしなかったため、体重をかけて押し込んだ。瞬間、カランコロンと可愛らしい鈴の音が鳴る。店主はその音に反応して、読んでいた本を閉じながら視線を上げて、微笑んだ。
一面白色で構成されている店内からは菫の匂いが漂ってくる。それは一目惚れをしたピアスによく似合う香りで、純真さを更に際立たせていた。
目的の品は左奥の端。窓ガラスから陽の光が差し込んでくる位置に、丁寧に置かれている。このお店では、アクセサリーの他に衣類などが整頓された状態で陳列されていた。その高貴な佇まいに、学生の自分が訪れるのは、なんだか申し訳ない気がしてしまう。それゆえ少しでも存在感を消すべく、タイル調の床から靴音を奏でないよう、恐る恐る足を動かしピアスに近づいた。何度見ても、うっとりしてしまう程である。これが自分の耳についていたら、きっと毎日だって見せびらかしに歩き回るだろう。自分の歩いている姿を想像して、頬が緩むのが分かった。ただし問題点が一つだけ、ピアスという点だ。あいにく私の耳は傷一つついていないため、ピアスを付ける穴がどこにもなかった。

カランコロン。再び扉が開く音がする。またもや読書に夢中だった店主が顔をあげ、私にみせた表情と同じ顔を作る。そこに現れたのは、この場に私以上に似合わない人物だった。

「そんな真剣に何を見てるんだい?」

物怖じせずに堂々と歩いてきたジョージは、脇目も振らずに私の横までくると、少し屈んで覗き込む。

「窓から君が眉間に皺を寄せてるのが見えて、一体何してるのか気になったのさ」

私の顔を再現してしているのか、眉に深い皺を寄せている。片手には大きな紙袋を抱えていて、デザインからしてゾンコのいたずら専門店で購入したものだろう。

「そんなに皺を寄せてないはずよ。これ、ピアスを見てたの。白いドライフラワーが凄く可愛いと思って。おまけに揺れるデザインで、とっても素敵じゃない?」

手に持つと、指の振動でピアスが微かに揺れる。その度に店内の香りが強まっている気がして、魅力的だ。実際に匂いが強まるなんてことは無いのだろうけど。

「確かに名前の髪色に似合いそうだな」

もう片方のピアスを手にした彼は、私の耳に軽く当ててみて、うんうんと首を上下に動かした。顔が少しでも動けば、指は頬を掠めるだろう。距離の近さと、顔の横にある節張った指が男の人特有のもので、柄にもなく胸が高鳴り、心地よい息苦しさを感じた。

「でも君、ピアスホールなんて開いてたかい?」
「それが、開いてないの。痛いのがどうしても嫌で。あと度胸もないから。同じデザインでイヤリングがあればいいのだけれど……なさそうね」

あぁ、だからさっき眉間に皺がよってたのか、納得がいったように隣から声がする。

「今回は諦めるしかないわね……」

未練しかないが、こればかりは仕方ないのだ。後ろ髪を引かれる思いで、ピアスを元の棚に置く。名残惜しくて、棚に置いた後も手がそれから離れることは無かった。こんなに可愛い商品なのだ。次にホグズミードへ行く時はもう残っていないだろう。

「じゃあ、俺がピアスホール開けてやるよ」
「え、ジョージ開けたことあるの!?」
「いんや、全くない」

そういいながら、燃えるような赤い長髪を耳にかけ、耳たぶを見せてくれた。もちろん私と同じく傷一つない。普段髪に隠れている部分は見る機会がないため、なんだか見てはいけないものを見ている気分だ。思わず触れたくなって、手を伸ばしてみたが、はっと我に返り手は空を泳いだ。

「一番上の兄がさ、ピアスをしてるんだ。ドラゴンの牙の。なかなか奇抜だろ? で、何度も見てきたし、そこら辺の奴よりは勝手を知ってるつもりさ。不安ならビル……じゃなくて一番上の兄に、開け方聞いてみるけど」

あくまで、ビルに開けて貰えるよう話をつけとく、ではなくてジョージが開けることは前提なのね。思っても口には出さなかった。

「うーん。せっかく提案してくれて申し訳ないけど、やっぱり怖いし諦めるわ」
「それじゃあ、俺が開けてほしいって言ったら?」
「え?」



どうしてこうなったのか。開けたくないと言い張る私をうまいこと丸めこみ、なぜか今一緒にピアッサーを探している。ニードルとか安全ピンとか、開けるための手段はたくさんあるが、ピアッサーが一番便利だろう。という結論に落ち着き、今二人で選んでいるところだ。言うまでもないが、先ほどのピアスは丁寧にラッピングされた状態で、私のカバンの中にいる。包装紙のデザインまで乙女心をくすぐってきて、店主から渡された時も一段とときめいた。

一か月近く付け続けるものなら、あまり主張しない方がいいだろう。洋服とかにも合わせやすい事を考慮して、シルバーのものに決めた。横でジョージは俺の誕生石のダイヤモンド風にしようと誘ってきたが、聞こえないふりをする。後は開ける日程を調節して、要件が済んだ私たちは別々の帰路についた。



凍結呪文で作られた大量の氷、アルコールの染みたコットン、ピアッサー、羽ペン、手鏡。机の上にありとあらゆる道具が乱雑に並べられる。この中のピアッサーと手鏡以外は全て彼が調達してくれた。上手いこと医務室に潜り込んだのだろう。マダムポンフリーに見つかっていないかだけが心配だ。

まずは羽根ペンでピアスホールの位置をマーキングする。この位置がずれると後々開ける穴も歪んでしまうので、繊細な仕事ぶりが必要だ。手鏡を持ちながら、反対の手で羽根ペンを手に取る。片手で印をつけるのはなかなか難しく、手が不格好に震えてしまう。見かねたジョージは、俺がやってあげよう、と言いながら羽根ペンを奪い取った。鏡を見ながら理想の位置を模索する。指示する声に合わせて、手が滑らかに動かされていく様は、私だけの操り人形みたいで可笑しかった。

下過ぎず上過ぎず、ちょうど良い塩梅の位置で確定したあとは、氷を使って耳たぶを冷やす。この作業を怠ると後の痛みに繋がるらしい、と彼は得意げに教えてくれた。
大量の氷が詰められた袋を渡され、躊躇わずに耳へ当てた。しかしあまりの冷たさに、体が小さく跳ねる。段々と、感覚がなくなってくるのが分かった。耳もそうだが、氷たちを持つ手も赤く染まってきて、ヒリヒリとしてくる。ただ、この先の痛みに比べればマシなのだろう。少し持つ位置を変えて、工夫しながら当て続けていく。またもや見かねた彼は、氷を持つ役割を代わってくれた。私の手のひらと比べ皮が厚いのか、彼の手はなかなか赤くならなかった。

次に、消毒だ。耳に菌が入るだけで化膿する。膿んだ結果、すぐピアスホールを塞ぐことになりました、じゃあ話にならない。神経質なくらい消毒する必要がある。三つめの作業にして、ついに私はされるがままになっていた。何をやっても中途半端な私がやるより、手先が器用なジョージがやった方が早いと考えたのだろう。躊躇いもなく私の耳に彼の手が触れる。冷やされた耳には彼の手が余計に熱く感じて、じゅわっと溶けてしまいそうだった。

そして最後の工程。いわゆるメインってやつだ。ピアッサーで穴を開ける。彼が机の上に置いてあったそれを手にした時、思わず萎縮してしまった。呼吸が段々と浅くなり、視界が狭まる。

「動かないで、じっとして。変なとこに穴が開くのは嫌だろう?」

ぎこちない人形のように小さくうなずく。不器用な動きの私を安心させるかのように、頭を撫で一緒に深呼吸をしてくれた。おかげで、手鏡をめり込むほど握り締めていた手が緩む。

「じゃあ、三つ数えたら開けるぞ」
「わかった」
「いち、にの」

ガシャンッ、 小さなピアッサーからは想像できないほど重厚感のある機械音が部屋中に鳴り響いた。手にしていた手鏡をみると耳たぶには見慣れない丸い粒がついて、存在を示すかのように、光に当たると輝きを放ってくる。
音の割には貫通した痛みは少なかったが、じんじんとした重苦しい痛みが後からやってきた。それでも耐えられるもので、ピアスを開けるのは意外とあっけない。こんなことなら、もっと早くに開けておけばよかった。

「嘘つき!!三つ数えるって約束したじゃない!」
「ごめんごめん。だってあんまりにも真剣に目をつぶるから、早く解放してあげようと思って。おかげで、痛くなかっただろう? 」
「そういう問題じゃないわ」

笑いながらの謝罪は全く悪びれていないため、受け取らないことにした。

「まあそう怒るなよ、気を取り直して反対もやるぞ」
「今度こそ三つ数えた後に開け「ガシャンッ」

目が今にも零れ落ちそうなくらいに開かれ、心臓の鼓動が高鳴る。隣は腹を抱えながらゲラゲラと笑っていて、呆れてものも言えなかった。今更になって、頼む相手を完全に間違えたことに気づいて、頭を抱えそうになる。別にジョージに頼まなくても、ピアスぐらい開けてくれる人はたくさんいるだろうし、何もこんな悪戯好きな人に頼むべきじゃなかったのだ。腕こそ確かだが、ハラハラさせてくると知っていたら、絶対に避けていた人物だ。そんなこともお構い無しに、ジョージは笑いつかれたのか、自身の目元を指の腹で拭いながらこちらを見てくる。

「君の白い肌にはシルバーがよく映えるよ。似合ってる。一生消えない傷、俺につけられちまったな」

恍惚としたまま恐ろしいくらい綺麗な笑みを浮かべている。その表情や声に背筋がゾクリとした。

「ジョージは何で、私のピアスホールを開けたがってたの?」
「んー。強いて言うなら独占欲だな」
「どういうこと?」
「分かんないなら分かんないままでいいさ。ファーストピアスが取れたら、例の一目惚れしたピアスつけて、俺に見せに来てよ」
「それはもちろんよ。約束するわ」
「あと、毎日消毒するのも、忘れないでくれよ」

去り際に、消毒液が入った小瓶を手のひらに落とされた。丁寧に成分表が書かれたシールが貼り付けられていたが、使い古されているのか先端部分が剥がれかけている。これも医務室からくすねてきたものだろう。散々騙されて彼の事が信じれられなくなった今、マダムポンフリーの品は信頼度が増すばかりだ。


日付が変わりそうな夜。ベッドの上窓から月が差し込む明かりを頼りに、消毒液を耳に付与していく。毎夜決まった時間に消毒をしているが、そのたびにピアスを開けてもらった時の距離の近さや、耳に触れる体温、鼻先にかかった吐息すべてが鮮明に思い出せる。これじゃあ物理的に傷付けられただけでなく、一種の呪いまでかけられた気分だ。ファーストピアスが取れる約一ヶ月後、果たして私はジョージを意識せずに接することができるのだろうか。



大広間に大声でいたずらの計画を練っている声が響いている。生徒の大多数がそこで談笑しながら食事をしているのに、陽気な声はよく耳に入ってきた。彼らが座っている場所を目視で確認して、足を進める。途中、何人かに授業の事で話しかけられたが、誰も私の耳には気づいていない。髪をおろしているから、それも関係しているのだろう。双子の座っている位置に近づくにつれ、人だかりが出来ていて、人気の度合いを表しているかのようだ。通路全体に広がった生徒たちは、何やら新しく開発した商品を物色している。何度か道行く人に声をかけ、歩くスペースを確保していたが、それでも肩がぶつかってしまう。最終的には、自分の身を木菟のように細くして、人の間を通り抜けることにした。ようやくたどり着いた時には足取りが覚束なくなっていたが、目的を達成すべく、意味ありげに両手で白いピアスを持ち、視線を彼に送る。

「うん、素敵だ。かわいいよ」
「ありがとう。ジョージが開けてくれたおかげだわ」

改めて褒められたことがなんだか恥ずかしくて、無意味に手のひらを握ったり開いたりしている。褒められたのは自分ではなくて、ドライフラワーのピアスだというのに。

「一ヶ月、毎日俺の事思い出してくれた?」
「うん」

打算的な人だ。きっと最初からこれを予想していたのだろう。まんまと罠にハマってしまったのだ。ジョージが私の右耳をなぞる。滲むような痛みを生む場所は避けて、耳輪を柔く揉みこんできた。擽ったくて肩が跳ねる。その姿を見た彼は、喜色を浮かべた笑顔で告げた。

「そっか。それなら開けて欲しいってお願いしたかいがあったよ。俺としては、どんな形でも君に意識して欲しかったのさ。うまくいって何より」
「こんなの意識するなって方が難しいわ。ピアスを開けると運命変わるってよく言うけど、ジョージに変えられちゃったみたい」

可愛い、と再びつぶやく彼は立ったままの私を見上げている。あまりにも真っ直ぐに透き通った視線で見つめてくるため、心のうちが全て明かされてしまいそうだ。

「ピアスが可愛いのは私が一番知ってるわ」

返答が見当違いだったのか、彼は拍子抜けしたような顔を見せた。しかし、それは一瞬の事で、瞬きしている間にいつもの彼に戻っていた。

「俺が言ってるのはピアスもだけど、名前のことだよ。一番にこうやって見せに来てくれるとことか、素直に意識したって伝えてくれるとことか。君の行動全部が愛おしくって可愛い」

吐息が混じりそうな距離で、そんなことを言われたら、頭も体も熱くてどうにかなってしまいそうだ。耳たぶに触れていた指の動きがピタリと止まったかと思えば、私の手のひらに伸びてくる。身を焦がすような熱に心臓が音を立ててうるさい。骨ばった指がそれぞれの指の間に割って入り込み、絡めとるように握りこまれる。ぴったりとくっついて互いの熱が感じられる距離感も、先程から向けられている甘やかな視線も、到底ただの同級生に向けられていいようなものでは無かった。

「こういうの、勘違いしちゃうからやめた方がいいよ」
「……勘違いしてくれた方が都合いいって言ったら?」
「それって、どういう」

繋いでいた手がぐいっ引っ張られ、言葉が遮られた。そのまま彼は私を連れて大広間を後にする。行きはあんなに苦労していた道が、彼の背中越しだとスルスルと人が避けていくようで、簡単に歩けてしまった。廊下を無言でひたすら歩き、人通りが一切ない場所まで来ると、ジョージがこちらを振り返る。夜の水面に月を溶かしたような瞳と目が合い、息をするのも忘れて見入ってしまった。

お互いにじっと見つめあっていた時間は、ほんの数秒だったと思う。気づいた時には、ジョージのかさついた唇がいつの間にか迫ってきていて、飲み込まれた。突然の出来事に、びくりと肩を揺らしたが、お構い無しに何度も感触を楽しむように下唇を食べてくる。艶めかしさで胸がしめつけられそうだった。未だに唇同士が触れ合っていたという事実が信じられず、名残惜しむように指先を唇に持っていく。

「足りなかったかい?」
「ちが、そうじゃなくって、」

平然とした態度で問いかけてくるジョージに、一瞬おかしいのは私なのかと常識をうたがってしまいそうになる。
宝物を見るように見つめられてしまえばやっぱり勘違いしそうで、だけどジョージはその勘違いは都合がいいと言っている。振り回されてばっかりだ。頭を悩ませている私を他所に、彼は満足したようで、鼻歌でも歌うかのようにご機嫌に見える。

「今度は、俺が選んだピアスをつけてよ」

私の耳の傷を愛おしそうに見つめる彼に、頷くことしかできなかった。








後日、私の耳に四月の誕生石が付けられるのは又別の話。