不印的な服属 | ナノ


不印的な服属


 果たしてあれは、「撃った」と言ってもいいのだろうか。
 確かに間宮先生の拳銃から放たれた弾は侵入者――敵に、それも多分額のど真ん中に命中した。敵はその衝撃で後ろに倒れてもいる。それだけの事が起こっているのに撃ったという事実を認められないのは、血が一切流れていないからだった。こんな状況に全く縁のないオレでも、さすがにこの状況がおかしいという事くらいはわかる。
 拳銃が派手な音を立てたという事は、先生が引き金を引き銃弾を放ったという事。侵入者が後ろに倒れているという事は、銃弾が命中したという事。目の前で起こった事がわからなくて、当たり前の事をぐるぐると考えた。
 誰が、何がおかしい。そんな感覚がそろそろ完全に麻痺してきそうだった。初めて聞いた発砲の音も、さっきまで殺されかけていたという事実も、全部驚くオレ達の方がおかしいのだろうか。
 それにしても、なんだってこんな事に?

「撃った……っていうか、おい! あれ、死んだんじゃないのか?!」
「そ、そうだよ! オレ達の敵か何だか知らないけど、いくらなんでも殺すなんて先生……!」

 稚早の怒鳴り声ではっと我に返ったオレは、同じように先生に怒鳴る。興奮しつつもいくらか冷静さを取り戻したオレがちらりと隣を見ると、稚早は珍しく少し震えていた。ずっと走っていたせいもあるだろうけど、きっと稚早もこの状況が飲み込めなくて怖いんだろうと思う。よかった、やっぱりオレだけじゃない。
 再び先生に目を向けると、敵がゆらりと立ち上がるのが視界に入った。あまりにも普通に、何の攻撃も受けなかったかのように立ち上がったので驚いたが、その額にはやはり銃弾が軽く埋まっている。やがてそれは抜け落ち、嫌に高い音を立てて廊下に転がった。
 先生は小さく舌打ちして、やっぱりな、と呟いた。

「お前らそのまま壁の所に隠れてろ」

 オレ達に背を向けたまま、先生はそれだけ言うとゆっくりと敵に近付き、歩きながらまた三発ほど撃った。驚く程何の躊躇いもない。その先生の姿はまるで、映画の中に出てくる殺人鬼のようだった。大袈裟かも、しれないけど。
 怖い。あれがオレ達の敵って事は、オレ達もいずれあんな事をしなくちゃならないのか。頭の隅で浮かんだ思いを消し去るように頭をぶんぶん振って、先生と敵に目を戻す。
 弾は全て命中、倒れ込まないようにふんばった敵が少し俯いたのを先生は見逃さなかった。拳銃を構えるのをやめ、いきなり全速力で駆け出した先生が一気に距離を縮める。近距離で日本刀に拳銃相手で挑もうだなんて、無茶じゃないのか。それくらいの事はオレにも理解出来たが、不思議と焦りはなかった。何と言うか、先生のあの表情と動きは戦い慣れた人のそれに見えたからだ。
 一度瞬きをして、気付いた頃には先生と敵の距離はもう二メートル程になっていた。そして敵の間合いに入る直前、先生が叫ぶ。

「アンク!」

 先生が突然訳のわからない事を叫んだ途端、握られた拳銃が形を変え、違う武器になった。どういう武器か分からないけど、拳銃よりいくらか大きい銃のようだった。先生がすり替えたのではない。一瞬で、形や大きさが変化したのだ。
 ああもう、次から次へと訳のわからない事が起こる。いちいち驚くのがしんどくなってきた。こんな時、何もかも受け止めて深く考えてしまう自分の性格が本当に嫌だと思った。目を閉じて、眉間をぐりぐり揉んでまた先生の手元に目を凝らす。なんか、高校生らしい仕草ではないな、こんなの。老けたら先生に文句言ってやる。
 先生が敵の間合いに入った時、敵は右手に持っていた日本刀を素早く斜めに振り上げた。その動きを読んでいたのか、先生はそれより速くその場にしゃがみ、突き出された日本刀を掴む手ごと捕らえ、動きを封じる。そしてその手を自分の後方に引っ張ると同時に、侵入者の腹に銃口を押し当てた。
 至近距離なんてもんじゃない。敵の腹に穴を開けるつもりでいるのだ、先生は。
 ぱらららら、と火薬が数度爆発する音。無意識に目をぎゅっと閉じ、耳にきつく手を押し当てていた。数秒間止まらない発砲音に、速くなった心臓の音が重なる気がした。
 銃声が止み、廊下に響く銃声の余韻だけを残して辺りが静まった時、ようやく目を開ける事が出来た。オレも稚早も、隠れるのを忘れて廊下の真ん中でしゃがみ込んでいた。数メートル先の二人に釘付けになって、何もかもを忘れて、ただその様子をじっと見ている。

「……終わった?」

 目を閉じる前の状況を考えれば当たり前の事だが、目の前にはやっぱり、倒れた敵とそれを見下ろす先生がいた。恐ろしいという感情が湧き上がって来ないのは、やはり敵から一切血が流れていないからだろうか。
 それでも、動かなくなったあの敵が死体だという事は、きっと間違いない。
 オレ達は何もせず見ていただけなのに何だか生きた心地がしなくて、オレも稚早も、ただ先生と敵を交互に眺めていた。すると先生は振り返って、微動だにしないオレ達を見て呑気に笑う。

「お前ら、何が起こったか全っ然わかってないだろー? 心配するな、ちゃんと説明してやるか」

 ら、と先生の言葉が終わらぬうちに、敵は、先生の背後を取っていた。

「先生危ない!」

 思わず駆け付けようとしたが、先生が既に振り向きつつ足を振り上げているのを見て動きを止めた。それは回転の力を利用して見事敵の横腹に命中し、敵は勢い良く窓に叩きつけられた。ぴし、とガラスにヒビが入る音が、確かに聞こえた。それ程の衝撃でなお、敵は顔色一つ変えない。
 間髪入れずに先生は敵に手を伸ばす。

「足か!」

 そう叫ぶと、先生は左手で敵の首を捉え、再び窓ガラスに押し付ける。叩き付けると言った方が正しいかもしれない。そしてそれと同時に右手に握った銃で、侵入者の足を撃ち続けた。
 右足を、そして左足を。えげつない程正確に、足が穴だらけになるであろう程撃ち続けた。オレ達は見ている事に耐えられなくなって、目を瞑って耳を塞いで、銃声が止むのを待った。何に対してなのかはっきりとはわからなかったが、何だか悔しくて怖くて、オレは唇を噛み締めながら思う。
 くそったれ、こんな惨い戦い方をするなんて聞いてないぞ、と。





不服
ふ  ふ  く
13.01.31
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