そのくちで十ととく | ナノ


そのくちで十ととく


 俺は佳奈が好きだった。佳奈は悠が好きだった。竜二は雛が好きだった。
 これが、俺の知っている五人の恋愛感情のすべて。だが俺の知っているすべてが、五人のすべてだとは思っていない。見た感じと言うか、長年の勘と言うか。何にせよ、確かめようのない事だ。五人の仲を壊してまで確かめようとは思わない。
 俺は佳奈が好きだが、特にどうなりたいとか、どうしたいとかはない。佳奈はずっと悠が好きだから、今更俺を好きになってくれる事など万に一つもないのだ。そうやって諦める事にもう悲しさを感じない程、ずっと前から変わらない事だ。
 勿論佳奈の事は今でも変わらず好きだ。本当に好きだ。小柄で活発で明るくて、時代劇が好きとかいう普通の女の子とは少し違う所があるけど、佳奈は可愛い。付き合えなくても、想いを伝えられなくても、幼馴染として傍にいられれば、それでいい。
 佳奈に会うといつも、言い聞かせるようにそう思う。そして今日も、また。

「佳奈、今から帰るの?」
「おー、恭也! 今日は早いねー」
「うん、生徒会なくなったから」
「そっかー、私も今帰り」

 一緒に帰ろう!と俺の腕を引っ張ってずんずん先に進んでいく佳奈。俺の意見など聞きもしないが、それは俺が佳奈の誘いを断ったことがないのを、彼女もわかっているから。第一俺には断る理由もないのだし。情けない話、佳奈がこうして誘ってくれるから、俺が改まって誘わなくてもいいという事にかなり救われている気がする。やっぱり俺はかなり臆病らしい。
 佳奈の背中を見つめ、彼女に引っ張られながら廊下を進んでゆく。こんな所誰かに見られたら、変な噂を立てられてしまうんじゃないだろうか。俺と佳奈が、付き合っているとか、そういう。
 ようやく佳奈は俺の腕を離して、五組の靴箱までの距離を走って行く。背が小さい佳奈の動きは小動物っぽくて可愛い。走っている時も、歩幅が小さくてすばしっこく見える。いつもと同じ事を思いながら、俺も五組の靴箱の二つ向こうにある一組の靴箱に向かう。

「ねえ恭也、ちょっとコンビニ寄って帰ろうよー」
「ん、いいよ」

 お互いの姿が靴箱で見えなくなって、声だけが響く。どういう用事でコンビニに寄るのかさえ、尋ねる事はない。佳奈と一緒に居られるならどこだろうと着いて行く。勿論佳奈が「一緒に行こう」と言った場合に限るけど。
 それに、悠が好きなのにも関わらず俺を誘うくらいなら、大した意味はないんだろう。多分、きっと、俺には関係ない事だ。

「映画の前売り券が欲しくてさあ。今日発売なんだー」
「なに、また時代劇?」
「ご名答!」

 先に昇降口で待っていた佳奈が俺を指差して笑う。無邪気な姿は昔からちっとも変わっていなくて、少女というか、むしろ少年のように元気だとさえ思う。言葉や行動にに裏がなく真っ直ぐで、元気で、よく笑う。ずっと見ていても飽きない程表情豊かで、羨ましいとよく思う。俺は割りと無表情で、どちらかというと無愛想だから。余す事なく感情を吐き出すことも、ありのままの自分を表に出す事も出来やしない。

「すっごい私好みの話なんだー! 舞台は幕末で、一人の女の子を巡って男の人が戦うっていうね……。しかもそれ若侍じゃなくてオジサンなんだよー! はあかっこいい! 私の理想の侍!」
「そ、そう……」

 刀を振る真似をして、目を輝かせながら飛んだり跳ねたり。余程興奮している。正直佳奈が言っている事の何がどう良いのかはあんまりわからない。時代劇どころか普通のドラマとかもあんまり見ないし。俺が時代劇好きだったなら、もっと話が弾むのかとも思うけど、弾んだら弾んだで諦めがつかなくなりそうで、それはそれで避けたいな、なんて。
 佳奈にとって俺は、「話を聞いてくれる存在」程度のものであればいいと思う。面白い話も、気の利いた返事も出来ないけれど、どうでもいい事を好きな時に話せる存在であればいいと思う。

「佳奈、早くしないと日が暮れるよ」
「はいはーい!」

 校門に向かって歩く他の生徒たちに紛れるように、ゆっくりと二人並んで歩いてゆく。日が完全に落ちてしまう前の、空いっぱいに広がるオレンジ色を暖かく頬に感じる。ふと隣を見ると、佳奈は気持ちよさそうに目を細めて夕焼けを見ていた。佳奈の髪の色と夕焼けの色が重なっていて、本当に、とても、綺麗でかわいい色だ。
 その頭を撫でようとした時、突然出した佳奈の大きな声で、はっと我に返った。

「あ、悠だ!」

 見えてしまった。歩く先に悠を見つけた佳奈の表情が、俺には決して見せる事のない笑顔で。悠の名を嬉しそうに呼ぶ佳奈の心も、見えてしまった。
 なんて事はない、いつもの事だ。この瞬間を見る度、俺はどれだけ虚しい思いをしてきたのか。もう面倒になって、とっくの昔に考える事をやめた筈だ。
 皮肉だと思う。俺は佳奈のこの表情が好きで好きでたまらない。それなのに、この表情は俺に向けられているものではない。そしてこれからもきっと、向けられる事はない。それでもこの笑顔は、消さないで取っておいて欲しいと思うのだ。
 悠と佳奈が一緒にいればそれは、叶うであろう、俺の願い。

「ごめん、用事思い出したから、先に帰るよ」
「え、そうなの?」
「悠がいれば帰りも安心だから。じゃあ、また明日」
「う、うん……バイバイ?」

 俺は決意した。俺は佳奈の笑顔を見る為だけに、佳奈の事を、本当に、綺麗さっぱり、諦めると。一切の恋心を捨てると。
 佳奈の隣から駆け出して、その先にいる悠の横も通り過ぎて、悔しい程に綺麗な夕焼けを見て、小さな声で呟く。
 はじめて、はじめて、佳奈の誘いを断った。

「バイバイ」





叶解き
き ょ う と き
12.10.20

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