狼狽的な煙雲 | ナノ


狼狽的な煙雲


 この国立第一高校は、国の防衛省が設立した「戦闘員養成所」だ。全国でも東京、大阪の二ヶ所にしか存在しない特殊な学校と言われている。
 大袈裟に「戦闘員育成所」と言っても、基本は普通科高校と同じだ。大きな違いといえば、二年次から、巨大な武道場で戦闘授業というものが行われる事くらいか。
 二年次になってまだ間もないオレが知るこの高校の特徴と言えば、こんなものだ。今から戦闘授業を受ける事になったが、今まで戦闘に関して何も聞かされて来なかった。隠しているのか知らないが、あまり良い気分はしない。
 何はともあれ、戦闘授業とやらに前からオレは興味を持っていた。秘密にされると逆に知りたくなってしまうのが人の性。嫌な予感はするけど、きっとそれだけじゃない気がする。だから早く知りたくて、自然と早歩きになってしまっている。稚早も同じように早歩きでオレの隣を歩いていた。

「よく考えたら、武道場に入るのだって今日が初めてなんじゃない?」
「ああ、あそこは一年次立ち入り禁止区域だからな」
「どうせ二年次になったら、嫌でも入らなくちゃいけない場所なのになあ。変な話だよね」

 同意を求めたオレに「遅刻するぞ」とだけ言って、稚早は武道場に繋がる長い廊下を駆け出した。授業まであと何分だ、と腕時計で時間を確認しようとして、オレは足を止めた。
 瞬間。
 ガラスが砕ける音、教室のドアが外れる音、花瓶が爆発する音、それらが同時に廊下に響き渡った。鼓膜を震わす痛い程の破壊音。何が起きたか確かめようにも、爆風によって舞い上がった砂埃のせいで上手く目が開けられない。
 事故か? それとも校内に侵入した不審者の仕業か? いや、今そんな事は割とどうでもいい、稚早の声がしない!

「稚早、稚早!」
「私は無事だ! いいから前を見てろ!」

 何だ心配して損した、怒鳴る元気があるほどピンピンしてるじゃんか。何もなくてよかったけど。
 ていうかドアが外れる程の爆風ってあり得ないだろう。あと二、三歩前にいたらオレ達はドアの下敷きになってたところだ。想像しただけで鳥肌が立つ。
 色々考えている間に、稚早は廊下のほうきを片手に教室の様子を伺おうと身を潜めていた。うろたえる事もなくその対応って、戦士ですか。とりあえずオレも稚早の隣に立って、深呼吸。
 よく考えたらこの事態にほうき一本じゃ到底太刀打ち出来ないだろう、ってのは、水を差しそうだから言わないでおこう。
 入るか、とアイコンタクトで告げてから、二人同時に部屋に突入、稚早がほうきを構える。

「机が……真っ二つになってる……」

 当然窓は全て割れていて、破片が教室中に散らばっていた。そして教室の奥にある机のいくつかは、機械で切られたように見事に真っ二つになっている。ぐちゃぐちゃになった教室には誰もおらず、さっきまでの爆発音が嘘だったかのように静まり返っている。それでも警戒心を解く気にはなれなかった。入り口付近から動く気にもなれなかった。
 これはどう考えても人工的に起こった事な訳で、犯人はまだ近くにいる訳で、この状況を見る限りオレたちにはどうしようも出来ない訳で。
 何にせよこの場から離れた方がいい。そう判断して少し後ずさったその時、ガラスがなくなった窓から誰かが入って来た。鋭いガラスの破片が残ったままの窓枠に手をかけ、易安と教室に侵入してきたのだ。

「嘘だろ、ここは三階だぞ……」
「いやそれよりあの人が持ってんのって日本刀じゃ……」
「日本刀じゃ私達に勝ち目はない逃げるぞ涼太!」
「決断はや!」

 ほうきを放り捨て教室から逃げる稚早の後に続いて、なるべく離れたいという一心で廊下をただ走った。後ろを振り向くと案の定さっきの人が走って追いかけてきててもうその人がどんな格好だとかいうのを説明する余裕なんて勿論ない!
 まずい非常にまずい! このままじゃ追いつかれる! 助けを求めようにもみんな武道場に行ってて誰もいない!
 追われてる目的もわからないし、斬られる確信があるわけでもない。ただこういうちょっと風変わりな学校に通っているだけにそういう事が起こり得るんだろうなとは思っていたから多分今が、それだろう。ちくしょう、こういう時に限って頭がよく回る。
 せめて今から行われる戦闘授業を受けていれば何かわかったかもしれない、対策が立てられたかもしれないけど、今はもう戦闘授業を受ける前に戦闘不能になる予感しかしなかった。どうでもいいけど、命の危険を感じてる時ってちょっと冷静なんだな、と思う。
 思い出したように後ろを振り返ると、侵入者はもうすぐそこに迫っていた。同じ距離を走っていたにも関わらず涼しい顔をしているのを見て、もう駄目だ、と呟いた。それが聞こえたのか、稚早も同じように言葉を吐き出した。

「ちくしょう……ここにいる限り、私達を全力で護るんじゃなかったのかよ!」

 稚早の言葉が廊下に響いた直後、目の前の曲がり角から、タイミングを計ったように間宮先生がひょこりと顔を覗かせた。呑気にひらひらと手を振りながらにやにや笑っているところを見ると、もう先生は既に状況を把握しているようだ。安心するよりも、その表情に腹が立つのが先だった。いつから知ってたんだろう、もっと早く助けに来てくれればよかったのに、先生のくそったれ!
 とにかく何でもいい。今頼れる人は先生しかいなくて、走る事にも疲れて、ただ夢中で叫んだ。

「先生、助けて!」

 先生は、俺の後ろにいろ、とジェスチャーすると、廊下の真ん中にゆっくりと歩み出た。しょーがないなあ、と言いながら腰のホルダーに入っている拳銃を取り出す。
 まさか、撃つのか? いや、こういう場合は撃つのが普通か?
 先生が持つ拳銃に動揺しつつ、オレたちは曲がり角まで最後の力を振り絞り、滑り込む勢いで先生の横を通り過ぎた。べしゃっ、と二人同時に倒れて廊下に叩き付けられる。衝撃に顔を歪めながらやっとの思いで息を吐き出した時、背後で一度、火薬が爆発するような音。

「よく見とけよ、あれ、お前らの敵だからな」

 振り返ったオレの目に映ったものは、頭を撃ち抜かれた侵入者と、そいつに向かって拳銃を構えている先生だった。





狼煙
の  ろ  し
12.10.06
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