そのくちで亜となす | ナノ


そのくちで亜となす


 私は恭也が好きだった。恭也は佳奈が好きだった。佳奈は悠が好きだった。
 五人の恋愛事情を、私はこれだけしか知らない。全部一方通行で、交わる事のない虚しいもので、けれどそれを知りながらも諦める事が出来ずにいる結果が、多分これだろう。
 自分の気持ちに気付いたのがつい最近だと言えば嘘になる。だってずっと目を逸らしていたんだから。でも、この気持ちよりも優先するべきものがあって、私がそれを壊したくないというのは確か。
 だって、皆大事なんだもの。

「雛、ちょっと来て」

 教室で友達と話していると、私、浅岸雛が片想いをしている、白井恭也が後方のドアから顔を出して私を呼んだ。恭也が私の名前を呼んでくれるだけで嬉しくて、思わず顔が緩みそうになるのを抑えた。私が恭也の事を好きだって、他の誰にも知られる訳にはいかないんだから。
 友達にごめんね、と断ってから恭也の元に駆けて行く。髪乱れてないかな、大丈夫かな。

「なに?」
「美術の先生知らない? ちょっと聞きたい事あって捜してるんだけど」
「んー、見てないなあ」

 そう言うと、恭也は小さく肩を落とした。なかなか見つからないのかな。
 そして恭也がお礼を言って去って行った瞬間、私の中のちょっとずる賢い部分が顔を覗かせた。やっぱり好きな人と少しでも一緒にいたいって思うのは当然だと思うんだけど、何だか悪い気がするのは、恭也が佳奈を好きだって知ってるからなのかな。
 でも少しでも振り向いて欲しくて、いてもたってもいられないんだもの。
 そうして恭也を追いかけた。

「暇だから付き合わせて」
「えっ、……悪いよ」
「気にしないで、私が付いて行きたいだけだから。それとも私邪魔?」
「邪魔じゃないけど、いつ見つかるかわかんないよ?」
「いいの」

 無理に笑って見せた。なんだか私必死。格好悪いを通り越して惨めだ。
 結果なんてわかってる、恭也は佳奈が好きなんだもの。昔から、私が恭也を好きになった時から、彼は私を見てなかったんだ。わかってるのに、わかってるのに。
 諦められればこんなに苦しむ事もないんだろう。でもそれが出来たら、今まで必死に隠してきた意味がない。第一、諦められる訳もないんだ。きっとみんな、そうだ。

「何聞きに行くの?」
「課題研究、俺美術関係の事調べてるから、それでちょっと聞きたい事があって」
「課研かあ」

 何でも真面目に取り組む恭也は、課題研究の論文制作にだって努力を惜しまない。面倒だと言いつつも真剣に調べてる。恭也ならきっと最優秀論文に選ばれるよって、思って笑った。
 思うだけじゃ駄目なのに、上手く声が出ない。沈黙も怖いし、何かを喋って変に思われる事も怖い。だから会話が長続きしないの。

「俺、論文使って大学受験したいんだ」
「そうなんだ。あんなに良い出来だもの、使わなきゃ勿体無いわよね」

 恭也は照れ臭そうに、ありがとう、と言った。謙遜しない所が好きだ。お世辞で言った訳じゃなく紛れもない本心だけど、それを素直に受け止めて礼を言ってくれる事が、私には嬉しい。
 それから職員室に着くまで、交わす言葉はなかった。沈黙を作りたくはなかったけれど、やっぱり話を続ける事は難しくて。ああ、私ってほんとつまらないなって思った。一緒にいても、気の利いた話題一つ持ち合わせていないんだから。

「すみません、柴田先生はいらっしゃいますか」

 恭也は職員室の前方から少し大きな声で美術教師の名前を呼んだ。それに気付いた教頭が、恭也に近付き教師の場所を伝えている。職員室の隣にある会議室にいる、と。
 私はその会話を、上の空で聞いている。もやもやした気持ちを壁に押し付けるようにもたれかかり、俯いてまた考える。
 いくつかの行きたい大学から、受験する大学を絞らないといけない。もうすぐ放送部の大会があるから、部活にも行かなきゃいけない。最近古典がわかりにくいから、もっと勉強しなくちゃいけない。勿論、論文だって。
 やらなきゃいけない事があり過ぎて、本当は、泣きたいくらい苦しい。友達や家族に見せる笑顔も作り物のようで、繕う事がしんどくて、一人でいるときは大抵目を伏せがち。その上片想いをして胸を締め付けられるような思いまでして、自分の首を締めている。
 何が一番優先させるべき事で、何が本当に大事なものなのかさえ、わからなくなっちゃった。

「雛、終わったから、帰ろう」
「あっ、うん」

 職員室を出てきた恭也に声をかけられて、はっと顔を上げた。俯いてちゃいけない。せめて好きな人の前だけでは、前向きでありたい。
 長い廊下に響く私と恭也の足音。それは決して揃う事はなく、ゆるりとした恭也のリズムを私が追いかけているかのように聞こえる。恭也の方が歩幅が大きいのだからそれは当たり前なんだけど、今の私には、彼よりも速い自分の足音が焦っている心を表しているようで気に入らなかった。
 苦しくて、恭也から見えないように、俯いて顔をしかめた。

(せめて言ってしまえば、楽になるかしら)

 最初から叶わないと知っているからこそ、言ってしまえば諦められそうな気がする。そう思うと途端に、今すぐにでも恭也に伝えたくて心音が速まる。今なら言える、きっと。けれどその一言が私以外にも影響を及ぼすという事を考えるとあと一歩が踏み出せない。
 五人でずっと一緒にいたい。今のままでいたい。でもその想いと同じくらい、恭也が好き。
 顔を上げて、恭也の服を掴む。大丈夫、大丈夫。私は両方の気持ちを守っても、まだ壊れたりしない。大事なもの全部、落とす訳にはいかないんだから。

「明日、五人でお弁当食べよう?」

 だから、ねえ。
 もう少しだけ。





唖成し
お  し  な  し
12.04.04

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