そのくちで虚をはく
俺は雛が好きだった。雛は恭也が好きだった。恭也は佳奈が好きだった。佳奈は悠が好きだった。
――とか。どんなドロドロ恋愛話だよ、昼ドラかよって感じ。こんなややこしいドラマなんか絶対見たくないけど。しかし、俺達はある意味昼ドラよりも面倒な事になってるんだと思う。
そんな中で、内に秘めた想いを誰一人として語る事もなく、一年が過ぎて行った。そのおかげで、今もこうして「仲の良い五人」で居られてる。
それでもずっと五人一緒で、隠し事なんか一つもないってキレイな理想を信じてたけど、俺が雛を好きだと自覚した時に、ひっくり返って全部見えた。皆やっぱり人間、嘘つきだ。
おこがましくも現在進行形で片想いをしている俺が言うのもどうかと思うが、恋愛感情なんかなけりゃよかったのに。ちくしょうめ。
「やべ、進路希望調査提出してねぇや」
「明日までだから何とかなるんじゃないの。ってか、進路決めたの?」
「考え中ー」
「あんたそればっかじゃない。もう一年じゃないんだし、未定の欄にマル付けるのもいい加減やめなさいよ」
めんどくさそうに学校に向かう俺とは違って、背筋伸ばして歩いている隣のこいつが浅岸雛。癖も何もない綺麗で真っ直ぐな長い黒髪は、雛の性格そのものだ。真面目で頭も良くて生徒会所属でその上美人で。容姿端麗、才色兼備とか、まさにこいつの為にあるような言葉だよなぁ。
それに比べて、俺、在原竜二は。高校二年になった今もはっきりとした進路が決まらず、頭も特別良い訳でもなく。おまけに部活は美術部なんて地味なもんだ。
短いため息をはいて、後頭部でぴょんと跳ねている髪を摘んでから、がしがしと頭を掻いた。
「時間割も適当に決めちゃって……ちょっと、竜二聞いてる?」
「ああ、ごめん、ちょっと、」
見とれてた。とか、言えないし。
五人とも皆、面倒な恋愛感情に気付いているかなんか知らない、ってか、直接聞く事なんか絶対に出来ねぇけど。多分皆感づいてて、でも知らないふりをするってのが暗黙の了解みたいに気付いたらなってた。だって、五人の仲を壊したくねぇだろ。
自覚したって虚しいだけなら、好きになってもらう努力をするより、この片想いを諦める努力をしたいね、俺は。
気楽に生きたい。楽したい。
「雛はさ、大学とか決めてんの? 文系理系とか」
「あたしは一応、県内の文系志望してるけど、あんまり具体的には決めてないよ。オープンキャンパスとか、見て回ってるだけ」
「そっか」
やっぱオープンキャンパスとか行ってる奴は行ってんだよなあ。せめて文系か理系かだけでも決めてたら、俺も動き様があるんだろうけど。
正直俺は文系でも理系でもないんじゃねぇかって思う。国語は好きだけど英語は嫌い。理科は好きだけど数学は嫌い。どっちなんだよ、俺は結局どの分類でも中途半端な人間なのか。
「プレッシャーかける訳じゃないけど、男子は大変だよね。一生働く訳だから」
「就職難だから更に頑張らねぇとなあ」
本当に思ってる事を口に出した筈なのに、棒読みになっちまったのは、嘘だからなのか。
「でも私は結婚しても、仕事続けたいよ、きっと。バイトじゃなければの話だけどね」
そう言って微笑んだ雛が綺麗で、可愛いと思いながらも、どこか胸が痛んだ。結婚、という言葉が突き刺さる。
ちゃんと働いてて、そこそこの収入で、真面目な奴と結婚するんだろうな、雛は。美人と付き合うのは不思議と良い男なんだ、悔しいけど。
なんだよ、虚しいくらいによくわかってんじゃん、俺。痛い程よくわかってんなら、諦めるのも苦じゃねぇだろ。傷口えぐり出す前に諦めろ、雛の事を。
でも口に出すと、本当の事になりそうで。
「……諦めたくない」
「え、何か言った?」
「いや、別に」
今まで色んな事を、面倒だ何だと理由を付けてただなんとなくやってきたけど。進路とか決めて本気で頑張って、もし、もし、雛が振り向いてくれたら。俺すっげーよな。
可能性全部使ってまで雛を振り向かせたいんだと自覚してしまった俺は、五人の仲を、もしかしたら壊してしまうのかもしれない。
「ま、とにかく。明日までに進路希望調査書いときなさいよ」
「決まるかなー明日までに。やる気全然出ねえわ」
俺は、どうしたいんだろう。
「……俺と雛と恭也と佳奈と悠、五人ずっと一緒にいられたらいいのにな」
どれが本心で、どれが嘘なんだろう。
嘘吐き
う そ は き
11.04.29