兆候的な前歌 | ナノ


兆候的な前歌


「ようこそへ国立第一高校へ!」

 目の前のステージに立っている理事長が声を張り上げる。マイクを使っているにも関わらず大きな声を出した為、体育館中に声が響いて耳が痛い。
 理事長はまだ二十代の若い女性だった。茶髪の長い髪、黒のスーツの上に着ている真っ白な白衣。外見はまるで何かの研究者のよう。黙っていればおとなしそうな人で、理事長の威厳など何も感じられない。
 オレを含め、体育館に並べられた椅子に座っている新入生達は皆、頭の上に疑問符を浮かべている。あんなに若い人が理事長なのか、と目を疑った。
 そんなオレ達をよそに、ステージの中央にある大きな机をバンバン叩いている理事長。入学式を何かの演説と勘違いしてるんじゃないか、この人。

「皆さんは社会において、とても重要な役割を担っているという事を、決して忘れないで下さいね!」

 自分達が何故今ここに居るのかすらきちんと理解出来ていないのに、こんな事を言われたらこれから先がなんとなく怖い。おそらくオレだけではなく、この場に居る新入生全員がそう思っていたことだろう。
 のしかかる重圧に不快感を覚えて、オレは眉をひそめた。

「いい加減な気持ちでいると大変な事になりますよ!」

 オレはどうもこの空気に馴染めなかった。他の新入生がどう思っているかは分からないが、少なくともオレはこれからの高校生活に期待を抱くことなど出来なかった。

「後は各自生徒手帳を見ておく事! じゃあ最後に一つ言っておきます! ……よく聞いていて下さい」

 急に空気が変わった。
 さっきまであんな明るく話していた理事長から笑顔が消えた。まるで別人のようにも見える。
 ふと、理事長と目が合った気がした。たった一瞬だけ、鋭い視線から訴えられる何かを感じた。首筋に当たる冷たい空気が、喉を突き刺すような痛みを生んでいく。

「あなた達が此処に居る限り、私達は持っている技術の全てを尽くしてあなた達を護るつもりです。しかし、学校以外の場所では一切責任を取りません。あなた達自身の力で乗り切って下さい」

 この人、何を言ってるんだ?
 技術とか、護るとか、意味が分からない。

「言ってる事、わかりますね? つまりあなた達はそういう学校に入学したのです」

 その言葉からは理事長の威厳が十分に感じられた。
 体育館全体に声が響く。息遣いの一つ一つが伝わってくる。
 一分一秒でも早く、この場から立ち去りたかった。

「最後にもう一つ」

 オレはこれからの生活を想って、静かに息を呑んだ。

「命の保障はしません」





 高校生になって、もう一年以上の月日が流れた。困惑と不安を抱いていた入学式当初の気持ちを忘れた訳ではないけれど、今はただの高校生と同じ平和な毎日を送っている。
 普通、という環境を羨む事も少なくなった。命を惜しく思う事も次第に忘れていった。
 このまま忘れていればよかったとは思わない。けれど、思い出す辛さを知りたくはなかった。
 日常が崩れる時が迫っている。





「斎藤。先生もな、ホントはこんな事言いたくないんだけど」

 背の高い男の先生が言う。
 オレは今、昨年の担任と一対一で睨み合っている。しかも廊下のど真ん中という、通行人の邪魔になる所で。
 廊下を通る同級生達はオレと先生を不思議そうに見ている。「何やってんだろうね」と笑っている奴、「あいつ相変わらず小さいね」と嘲笑っている奴。余計なお世話だ。
 この間宮隆先生は、昨年からこの学校に来た新しい先生だ。生徒達と割と歳が近い事もあって、すぐに皆とも打ち解けた。明るくて面白いから、生徒にも人気がある。オレもこの先生は結構好きだ。

「お前のその背、どうにかならないのか」

 前言撤回。今少し嫌いになった。
 オレより遥かに背の高い先生が腰に手を当て、とても不思議なものを見る目でオレを見下ろした。それがどうにも居心地が悪くて、オレも負けじと先生を睨み返した。それでも先生が全く動じる様子はなく、それどころか、今度は憐れみに満ちた目でオレを見ている。

「お前、毎日牛乳飲んでるか?」
「勿論です」

 きっぱりと言う。飲めば背が伸びるという事で有名な牛乳を、オレが飲まない訳がない。
 しかし先生はため息をついて、オレの頭の上にぽんぽんと手を置いた。

「その背で説得力あると思ってんの」
「少しはあると思いますね」
「今、何センチ?」
「148センチです」

 どうしたんだろう。先生が肩を落として嘆いている。
 自分でも背が低いというのは自覚している。高校生、しかも男子でこの身長はさすがに異常だろうとは思う。今だに小学生に間違えられる男子高校生が、果たして日本に何人いるだろうか。
 でも努力をしてない訳じゃない。さっき言ったように毎日牛乳も飲んでるし、早寝早起きもちゃんと実践している。まあ、気休めだと言われればそれまでだけど。

「小学生じゃないんだから」

 背が低いと自覚しているものの、改めて他人に指摘されると無性に腹が立つのは何故だろうか。

「まあ人間は背だけが全てじゃないから。な?」
「おもいっきり傷をえぐってから適当に結論言うのやめてくれませんか」

 オレがふて腐れていると、先生は丁度オレの後ろを通っていた女子生徒に声をかける。

「あ、お前もちょっとこっち来いよ」

 人の気も知らないで、先生はにこにこしながら生徒に手招きしている。オレを笑い者にするつもりなら、今すぐこの場から立ち去りたいんだが。
 女子生徒を見ようともせず俯いていると、その生徒はオレの肩をぽんと叩いた。いや、慰めとかいらないですから。
 一体誰だ、と振り向いてみれば、そこには目線がオレとほぼ同じ人物。

「……何でいるの、稚早」
「今呼ばれたからな」

 眉をひそめるオレの隣でしれっと返事を返したのは、斎藤稚早。後頭部の小さなポニーテール、男っぽい口調。性格がそのまま容姿にも表れている。
 苗字が同じなのは、稚早がオレの双子の妹だからだ。
 双子とはいえ、オレ達は二卵性だ。顔は似ていると言われればそんな気もしない事はないが、そっくりという訳ではない。だから普通の兄妹と大して変わらない。

「斎藤妹、お前もこいつに何か言ってやれよ」
「その前に先生、いい加減その呼び方やめてくれませんか」
「だって面倒臭いじゃん?」
「教師辞めちまえよこの駄目人間が」

 真顔でとんでもない暴言を吐いてるんですけどこの子。表情に腹黒さが滲み出てるんですけどこの子。
 爽やかに笑っている先生とは裏腹に、いかにも機嫌が悪そうな顔をしている稚早。その間に挟まれているオレは凄く居心地が悪い。仕方なくオレは苦笑いするしかなかった。
 ふと、オレは稚早とほぼ同じ身長である事を思い出す。

「というか先生、稚早もオレとほぼ同じ身長なんですよ? オレだけに言うなんて不公平です」

 オレが稚早を指差してそう訴えると、先生は真顔で言った。

「女子はまだいいよ、全国探したら身長低い奴なんていっぱいいるから。その証拠に、この学校で稚早はあまり目立たないだろ」
「じゃあオレは?」
「校内じゃ、男子で一番背が低いって、有名人になってるぞ」
「あんまりだ!」

 隣にいる稚早を見てみると、勝ち誇った勝者の笑みを浮かべて仁王立ちしていた。「お前の負けだ」と言わんばかりに口角を吊り上げ、あげく鼻で笑われた。
 この時ばかりは、稚早がオレよりも大きく見えた。

「あ、先生用事思い出しちゃったー」

 右利きの人が右上を見ている時は、心にもない事を言っている証拠。そして更に嘘を強調するような酷い棒読み。あからさまな嘘だな。
 オレが嘘を指摘する暇も与えず、先生は一言「頑張れ!」と言い残して去って行った。好き放題して結局あの人の目的は何だったのだろうか。

「ったく、好きでこんな身長になった訳じゃないのに」
「まったくだ」

 腕組みをして稚早がぼそっと呟く。
 残されたオレと稚早は、自分達のクラスに続く廊下を早足で歩く。オレの感覚が正しければ、あと数分で授業が始まる筈だ。なるべく始業のチャイムが鳴る前に席についておきたい。
 そういえば次の授業は何だったっけ、確か現国だったな。そんな事をぼんやりと考えていたら。
 放送が流れた。

『二年次生に連絡します。今から戦闘授業を行う事になりました。直ちに武道場に移動しなさい』

 嫌な予感がした。この感覚は入学した時以来だろうか。わざわざ日程を変更してまで戦闘授業を行う時は、大体何か裏があるんだ。
 そう思ったのは稚早も同じらしく、組んでいた腕を解き、顔をしかめていた。
 間違いない、オレと稚早の勘はよく当たるんだ。





兆前
ち  ょ  う  ぜ  ん
11.04.28

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